アルコール収率の最大化
文:イアン・ウィズニウスキ
ウイスキーをはじめとするお酒づくりの要がアルコール発酵である。その原料となるデンプン質は、2段階で糖分に転化される。最初の第1転化はマッシュタンのなかで起こり、糖化プロセス全体の75~80%を占める。第2転化はウォッシュバックのなかで起こり、残りの20〜25%を完成させる。
効率よくウイスキーを生産するために重要なのは、このアルコール収率を極大化させることだ。そのために転化を間違いなく成功させる要件は、大麦のなかに存在する3種類の主要酵素の活動に左右されている。
この3つの酵素にはそれぞれ固有の役割や働きがあり、見事なチームワークによって糖化を完成させる。3つのうち「アルファ・アミラーゼ」と「ベータ・アミラーゼ」はマッシュタンで作用しはじめ、ウォッシュバックでも働き続ける。3つめの主要酵素である「限界デキストリナーゼ」はウォッシュバックが主戦場だ。
糖化の工程は、グリスト(大麦モルトを挽いた原料)に63.5℃のお湯を加えることで始まる。酵素は温度に敏感なため、活動が活発化する温度帯が個々の酵素によって異なってくる。63.5℃という温度は、アルファ・アミラーゼとベータ・アミラーゼの両方がうまく働ける妥協点である。実はアルファ・アミラーゼは63.5℃よりも高温の環境で活発になるのだが、ベータ・アミラーゼにはもっと低温の環境が好ましい。
お湯の熱もグリストに含まれるデンプン質の可溶化に寄与し、2つの酵素はすぐに効力を発揮し始める。グリストにはデンプン質の「ポケット」がたくさん含まれており、各ポケットにはデンプン質群の連鎖が含まれている。個々の鎖は数千ユニットにまで広がりを見せることもあり、単一の糸巻きで完結する小さなモデルとは大きく異なる。
2つのアミラーゼによる共闘
アルファ・アミラーゼは剣士のような酵素として知られ、その働きは山刀にも例えられる。糸巻きのようなグルコシド結合を2つ、4つ、8つと2分割に切断していく性質があるからだ。
ベータ・アミラーゼが切断できるデンプン質のユニットは、連鎖の末端にあるグルコシド結合に限られ、長い連鎖を真ん中から分断することはできない。だがアルファ・アミラーゼが切断活動をおこなうたびに新たな連鎖の「末端」が生じるため、この末端に対してベータ・アミラーゼが切断活動をおこなえるようになる。
両者の酵素を比べると、ベータ・アミラーゼの働きのほうが遥かに正確で効率がよく、あたかもハサミでグルコシド結合を切断するように連鎖を分断していく。
2つの酵素がグルコシド結合を切断すると、同時にデンプン質はさまざまな糖分へと変換される。
糖分の種類は、結合されたグルコースの数によって変わってくる。糖化工程で生じるのは、主に2分子が結合した二糖類のマルトース(麦芽糖)である。ベータ・アミラーゼがすべてのデンプン質を切断し尽くすことはできないことから、単糖のグルコースや三糖のマルトトリオースも混合している。
アルファ・アミラーゼとベータ・アミラーゼは、長い1本の鎖のようなデンプン質の連鎖を極めて効率的に処理する。だが中にはさらに鎖が枝分かれしたような別種のデンプン質の連鎖もあり、アルファ・アミラーゼとベータ・アミラーゼがこのような鎖の連結部に作用できない場合もある。
ここで頼りになるのが、枝分かれした鎖を切り離してくれる限界デキストリナーゼだ。このように分解された枝葉のグルコースなら、アルファ・アミラーゼがより短鎖に切り離すことができる。そして短鎖のグルコースが増えることで、その末端をベータ・アミラーゼが切断しやすくなるのだ。
ウォッシュバックで働く限界デキストリナーゼ
限界デキストリナーゼは、温度が高すぎるマッシングの工程では活動できないため、より温度の低いウォッシュバックの中だけが活躍の場となる。温度が下がるのは、ワート(糖分を含んだ液体)をマッシュタンから取り出し、熱交換器に通して冷却した結果である。熱交換器はワートの熱を利用して、蒸溜直前のチャージ(発酵後の液体)の温度を高める。ダルモア蒸溜所長のスチュアート・ロバートソン氏が語る。
「ワートは約61℃で熱交換器に入りますが、出てくるときは16〜20℃にまで冷やされ、ウォッシュバックへと送られていきます」
その後、3種類の酵素がすべて協力しあって第2転化がおこなわれる。このときそれぞれの酵素がデンプン質の連鎖を切り離すメカニズムについて、ウイリアム・グラント&サンズの技術部門責任者を務めるジョン・ロス氏が説明する。
「ひとつひとつの酵素は、羊毛が絡み合った毛玉のような姿をしています。でもこの毛玉のなかには特別な形をした空洞があり、この空洞にデンプン質の鎖をジグソーパズルのようにぴったりとはめ込むことができます。このような物理的な接触によってデンプン質の鎖が十分に切り離され、デンプン質が糖分に変質されることになるのです」
ウォッシュバックに酵母が加えられると発酵が始まる。蒸溜所の方法にもよるが、発酵時間は48〜100時間かけておこなわれ、第2転化は発酵開始から24時間で完了するのが一般的だ。これは発酵が進むにつれて徐々に液体の酸が強まり、酸化と引き換えに酵素の活動が徐々に低下するためである。だがその働きが完全に終了する前に、酵母には新たな糖分が与えられる。シーバスブラザーズの生産管理部長を務めるジム・シンプソン氏は語る。
「発酵の終盤になると、もともとあったデンプン質の85〜87%はアルコールに変換されます。これがほぼ到達可能な変換率の上限です。残りの13〜15%には酵素が変換できなかったデンプン質や他の物質も含まれています」
転化のパラメーター
ダルモア蒸溜所長のスチュアート・ロバートソン氏が転化のパラメーターについて語ってくれた。
「マッシュの温度が理想の63.5~64℃よりも高かったり低かったりすると、発酵の効率が落ちてアルコール収率にも負の影響を与えることになります。そんなときはワートのサンプルを取って転化の度合いを計測しますが、大抵の場合はそんな必要もなくスムーズに工程が進みます」
それでは計画通りに事が運ばなかったときは、どのような結果になるのだろうか。グレンモーレンジィでウイスキー熟成の管理部門を率いるブレンダン・マキャロン氏が語る。
「例えば通常のアルコール収率は大麦1トンにつき410~420Lですが、マッシュの水温が少しずれただけで15〜20Lのアルコールを取り逃すことになります。このような条件だと、ウォッシュのアルコール度数が普段より少し低めになってしまうこともあります。このような変化に対応して、蒸溜時に何かを調整するということはありません。出来上がるスピリッツの特性には、ほとんど変化がないのです」