ドーノック湾からクロマーティ湾へ。美しい北ハイランドの海沿いに旅を進める。ダルモア蒸溜所では、スチュアート・ロビンソン蒸溜所長が出迎えてくれた。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

前日に訪れたバルブレアとグレンモーレンジィの余韻も冷めやらぬまま、たっぷりとスコットランド流の朝食をいただく。今日もまた南へ旅を続けよう。テインからアルネスまでは電車でわずか15分だが、いかんせん本数が少ない。それでも午前9:45にはアルネス駅に到着して、ダルモア蒸溜所へと向かう。やや殺風景な道ではあるが、駅から徒歩で10分ほどの道のりだ。そしていざ蒸溜所に入れば、ウイスキーファンにとって素晴らしい光景が待っている。ビジターセンターの開業時間までに到着できたら万事順調だ。

ダルモア蒸溜所のウォッシュバックは全部で6槽ある。製造年は異なるが、すべてがオレゴンパイン材で造られた木製だ。

ダルモアといえば、マスターブレンダーのリチャード・パターソンを思い浮かべるウイスキーファンも多いだろう。昨年、ウイスキー業界で50周年を迎えたばかりの有名人である。だが日々のウイスキーづくりを管轄しているのは、蒸溜所長のスチュアート・ロビンソンだ。出迎えてくれたスチュアートはまずビジターセンターの一角にある「カストディアンズ・ラウンジ」というVIPコーナーに招待してくれた。ダルモア蒸溜所長に至るまでの経歴についてうかがうことにする。

「最初はローズアイル蒸溜所のモルティング工場で1990年から1995年まで働いた。それから当時のユナイテッド・ディスティラーズ(現ディアジオ)で管理職コースに進んで、イアン・マクミランと一緒にリンクウッド蒸溜所で働くうち、リンクウッドとグレンエルギンの両方を担当することになった。1999年から2002年まではクラガンモア蒸溜所長を務めて、同時にグレンスペイも担当していたよ。2002年から2006年までは、インチガワー、オスロスク、ストラスミルという3つの蒸溜所の所長だった。2006年にキャンベルタウンへ引っ越して、フランク・マクハーディーと一緒にスプリングバンクとグレンガイルの仕事をした。2010年にダンカンテイラーに移ったんだけど、これは失敗だったね。新しい蒸溜所の設立に関わって、設備を再構築する予定だったんだが、よく話を聞いてみると投資家の数が足りていない。すぐに逃げ出して、運良く再びディアジオに戻って1年だけオスロスク蒸溜所で働いた。2011年にはベン・ネヴィスに移った。以前から好きな蒸溜所だったけど、ニッカの設備投資がちょっと悠長すぎたね。だから2012年にリチャード・パターソンから電話があったときには飛びついたよ。ダルモアの蒸溜所長の募集に応じて、今の仕事を得たんだ。2012年10月からここで働いている。同じ蒸溜所にいる期間としては最長記録だね」

スチュアート・ロビンソンの多彩な経歴には驚かされるが、もともと多才な人物のようである。

「ウイスキー業界に入る前は漁師だった。海上の石油掘削装置で働いていたこともある。電子機器関係の仕事もやって、ようやくウイスキーに落ち着いたんだ」

ダルモア蒸溜所は、地元の実業家であるアレグザンダー・マシソンによって1839年に創設された。当時この地方は仕事も少なく、自分自身も地域の住民たちも将来を楽観できるように、経済状況を改善したいとマシソンは考えたのである。

フォアショッツからフェインツまで、再溜時に流れ出すスピリッツの変化を体験できるのはダルモア蒸溜所だけ。ただしテイスティングではなくノージングだ(度数が高いのでテイスティングは危険でもある)。

かつての製粉所を改装した蒸溜所が完成すると、マシソンは運営者に貸し出した。最初はサザーランド家に、次はパティソン家にリースして、1965年にマッケンジー家が借り受けると本格的なウイスキーの生産がスタート。現在ダルモアがリリースしているシングルモルト(12本セットの限定商品も含む)は、ほとんどがマッケンジー家によって築かれた伝統の賜物だ。

蒸溜所にはベンジャミン・ウエストが描いた1786年の大作『牡鹿殺し』の複製画が展示されている。スコットランド王のアレグザンダー3世が牡鹿に角で突かれたとき、マッケンジー家の先祖によって救われたという1266年の史実が題材だ。本物はエディンバラのナショナル・ギャラリー・オブ・スコットランドに収蔵されている。

その後、マッケンジー家は1886年にアレグザンダー・マシソンの子孫から蒸溜所を買い取ってウイスキーの生産を続けた。ウイスキー市場の浮き沈みに合わせ、蒸溜所も多難な時代を経験している。1917年にはすべてのウイスキーの在庫が蒸溜所から運び出されて生産停止に。工場は海軍本部に接収され、地雷の組立工場になった。マッケンジー家は1920年に蒸溜所を取り戻すものの、アメリカの禁酒法時代から第2次世界大戦にかけてウイスキー市場の不況は続く。第2次世界大戦中に3年間の休止を余儀なくされた後、ようやく1945年に再稼働した。1960年に運営母体がホワイト&マッカイに吸収されると、1964年には4基だったスチルの数も8基に増強。以来ダルモアは、ホワイト&マッカイの旗艦蒸溜所として活躍している。

 

重厚な風味を生み出すための生産工程

 

蒸溜所の周辺を歩きながら、スチュアートが建物を指差して蒸溜所の歴史を教えてくれる。それぞれの建物から、さまざまな時代の記憶が呼び起こされるようだ。なかでも興味深いのは、古いモルティングフロア。発芽用のスペースが2階層あり、その上にモルティング用のフロアが2階層乗っている。各階の収容量は15トン程度というのがスチュアートの推測だ。

「ダルモア30年」のオールドボトルが展示されていた。1839年以来の長い歴史を感じさせるデザインである。

「1956年に生産量を拡大して、必要なモルトの量も増えた。そのときにフロアモルティングをやめて、3槽のサラディンボックスを用意したんだ。モルティングの処理量は増大したよ。サラディンボックスは各槽30トンの容量があったから、かなりの生産拡大だった。毎週50〜120トンの大麦モルトが蒸溜されていたけど、当時の基準としてもかなり大規模なスケールだ」

サラディンボックスは1982年まで使用されたが、その後は他の多くの蒸溜所と同じようにモルト業者から原料を購入するようになった。

蒸溜所にはモルトビンが7槽ある。スチュアートがモルト原料の詳細を教えてくれる。

「現在のところ、使用している品種はコンチェルトとクロニクル。すべてノンピートだ。最後にピーテッドモルトを使用したのは2011年だけど、ブレンデッド用だったからダルモアのシングルモルトには使用されていない」

ポーテウス社製のミルは、1バッチ(10.4トン)のモルトを3.5時間かけて粉砕する。

「標準的な4ロール式のミルで、蒸溜所が改修された1960年代の製造だろう。蒸溜所では細かく記録を残しておく習慣がなかったから、このへんの歴史は曖昧なんだ」

糖化と冷却に使用される水は、アルネスから11マイル(18km)北西に離れたモリー湖から採取する。湖を水源とするアルネス川から水路を引いて、蒸溜所に供給しているのである。ピートに富んだ大地を流れてくる水は、蒸溜所に到達する頃までにやや茶色くなっている。マッシングや樽詰め前の度数調整で加水する際にも、この水を濾過せずにそのまま使う。スチュアートによると、季節の変化によってもスピリッツの特徵に影響が現れるのだという。

「年中同じスピリッツをつくるなんて無理な話だろう? 夏は水温が18°Cで、冬は2°Cくらいまで冷え込む。時には水路が凍りつくことだってあるんだから」

生産体制は1日24時間で年中無休。生産部門の13人がシフトを組んで回している。生産管理に8人、貯蔵庫に3人、それに蒸溜所長と醸造責任者が各1人という内訳だ。現在の生産量は純アルコール換算で年間420万L。設備と人員をフル稼働すれば、毎週23回のマッシュが可能である。マッシュタンは、ステンレス製のセミロイタータンだ。

「マッシュタンの底板を2年前に取り替えた。高価だったけど、全体の効率が上がったから投資の甲斐はあったよ」

ダルモアの糖化工程では、お湯を投入する回数を伝統的な3回ではなく2回で済ませる。スチュアートが冗談めかして言う。

「ちょっとした秘密もあるんだ。10.4トンのグリストは最初のお湯(63.5~64°Cで44,000L)に入れるだけが、2回目のお湯はスプレー式で上からかけていく。その温度も72°Cから82°Cまで徐々に上げていくんだ」

2回目のお湯はウォッシュバックとお湯用のタンクに分けられる。約14,000Lのお湯をウォッシュバックに送って、ワートの総量が48,500Lになるように調整するのだ。残りはお湯用のタンクからマッシュタンにスプレーされる。「3回お湯を入れる方法に比べて、おだやかなマッシングだ」とはスチュアートの弁。糖化工程にかかる時間は1回6〜6.5時間なので、1日に3回できる計算になる。

ワートは温度を冷ましてからオレゴンパイン材でできたウォッシュバックに送られる。ウォッシュバックは8槽あり、6槽が古くて2槽が新しいものだ。

「発酵工程は、季節を考慮する必要がある。夏の間は、ワートを16〜18°Cに冷却する。でも冬は18〜20°Cなんだ」

ウォッシュバックに深さ10cmほどワートが注がれた時点で酵母が投入される。リキッドタイプの酵母が、ウォッシュバック1槽あたり200L加えられる。

「緊急時のために、ドライタイプの酵母も常備しているよ。新しいパックを注文する度に古い酵母は消費しなければならないから、ランダムにドライタイプも使っている。そのときはリチャード・パターソンに報告が必要なんだ」

現在使用している酵母の酒類は、ウイスキー酵母の「MS1」である。

「かつてはビール酵母を使用していたけど、アルコール収率への影響を考えて1990年代初頭からウイスキー酵母に切り替えた。それが吉と出ているのか、凶と出ているのかはわからない。アルコール収率に関しては上々だけど、フレーバーについては明確に検証していないから」

ダルモアの発酵時間は、約50時間と短めの部類に属する。

「発酵時間が短めなのは、重厚なタイプのウイスキーをつくりたいから。発酵時間を引き延ばすほど、酵母と酸の相互作用でウイスキーの酒質が軽やかになるんだ」

初溜の準備が整う頃までに、ウォッシュのアルコール度数は約9%になっている。

 

風変わりなスチルがダルモアの個性を形作る

 

発酵で出来上がったウォッシュは、熱交換器で42°Cから64°Cにまで温められてウォッシュスチルに入る。ウォッシュスチルは4基あり、大小2基ずつ。大きなスチルの容量は、小さなスチルの2倍ある。ウォッシュバック1槽分で、4基のウォッシュスチルすべてが満たされる。蒸溜所を訪ねる人は、すぐにウォッシュスチルの形状を見て驚くことだろう。スチルのヘッド部分が切り落とされ、ラインアームがスチルの側面から突き出しているからだ。この形状について、スチュアートは一家言ある。

クロマーティ湾を見下ろす蒸溜所の敷地内には古い樽が並んでいる。爽やかな海風を浴びる場所で、重厚な味わいのモルトウイスキーが育まれる。

「天井が低すぎてヘッドを切り落とさなければならなかったという逸話をよく聞くんだけど、ダルモア蒸溜所の場合はそんなアクシデントじゃなくて意図的だった。マシソンは自分の蒸溜所を開設する前にバルブレアとプルトニーを訪ねたはずだ。そこでヘッドが切り落とされたスチルを目にして、それが当たり前の形状だと思ったんじゃないかな」

蒸溜棟の構成はかなり複雑だ。ウォッシュスチルが4基とスピリットスチルが4基あり、どちらも大小2基ずつ。スチュアートが由来を説明する。

「大きいウォッシュスチルは、小さいウォッシュスチルを大型化したレプリカだ。大きなスピリットスチルもサイズだけ違う小さいスピリットスチルの複製なんだ」

そして前述の通り、ウォッシュスチルはヘッドがなくて平らになっている。この形状が還流を促し、蒸溜液から蒸気の分離を増やすのだという。

「蒸気の分離は、蒸気の濃度によって引き起こされる。一定の濃度条件を持つ蒸気だけが、ラインアームを通って縦型のコンデンサーに進むことができるんだ。この形状のスチルは、ローワインにある種のヘビーな酒質を加えてくれる。主にシリアル、パン生地、ナッツ、スパイス、オート麦のような風味が強まるんだ」

ダルモアはスピリットスチルの構造も風変わりである。スチュアートが説明する。

「盛大に還流を促すため、ネックにウォータージャケットを巻くことで銅の表面を冷やしている。これで蒸気の液化が促進され、液化した蒸気は釜に戻って蒸溜を続けることになる」

このウォータージャケットは、ハート(中溜)の時間だけ稼働する。その間(約3〜3.5時間、カットポイントの度数は78〜79%と61%)は蒸溜速度が減退する。フォアショッツ(最初30分の前溜)とフェインツ(最後2時間の後溜)ではジャケットを使用しないので蒸溜は速い。スチュアートによると、ウォータージャケットの果たす役割は極めて重要だ。

「ウォータージャケットがなければ、スピリットが硫黄臭くなる。スピリットセーフに流れ出したとき、マッチが燃えた匂いや焦げたゴムの匂いが蒸溜棟に立ち込めるほどだよ。ネックの周囲にウォータージャケットを機能させることで、スピリッツには完全に異なった特性が備わってくるんだ」

ウォータージャケットだけでなく、スピリットスチルに取り付けられたコンデンサーも縦に長いタイプなのが興味深い(通常は横長)。スチュアートが笑顔で解説する。

「ラインアームをなんとか通過できた蒸気は、縦型のコンデンサーと冷却器のなかで液化される。こうすることで蒸気と銅の接触時間がたっぷり確保できるので、液化中に硫黄の風味を減らすことができるんだ。ダルモアは本当に面白いことを考える蒸溜所で、そこら中に予想外の工夫が隠れているよ」

ビジター用の特別室には14本のボトルがあり、フォアショッツ(前溜)からフェインツ(後溜)に至るスピリッツの変化を実物展示している。各段階の香りを嗅ぐことで、再溜時にアロマやスピリッツの特性がどのように変化するのか体感できるのだ。このノージング体験は極めてユニークであり、私の知る限り世界でこのような機会を提供してくれる蒸溜所はダルモア以外にない。普通は蒸溜所でスチルマンにならない限り、不可能な体験である。

「ダルモア蒸溜所で生産されるスピリッツはヘビーな酒質だ。お気に入りのバーボン樽で長期熟成しても樽香に負けない力強さがあるんだ」

実際に、スピリッツはまずファーストフィルのバーボンバレルに詰められる。樽に施されたチャーのレベルうはレギュラー(アリゲーター)だ。

「こうやってベーススピリッツをつくることで、その後のアレンジがいろいろと容易になる。例えば『キングアレキサンダー3世』の場合、ベーススピリッツを別のタイプの樽に2〜3年貯蔵して2次熟成している。それをヴァッティングして、樽材の効力がなくなった古樽で最低6ヶ月間マリッジするんだ。これをやらないと風味がバラバラになってしまうからね」

セカンドフィル以降のリフィル樽でも熟成するが、あくまでブレンデッドウイスキー用なので量としては減少傾向にある。近年はダルモアのシングルモルト用により潤沢な樽の在庫が確保できているようだ。

「ブレンデッドウイスキー用の樽は、数マイル先のインバーゴードンで熟成される。ここには十分なスペースがないんだ。でもシングルモルト用の樽はすべてダルモア蒸溜所内で熟成されているよ」

蒸溜所には、9軒の貯蔵庫がある。4軒がラック式で、5軒がダンネージ式。樽のサイズもバットになるとラック式では取り扱いにくく、ダンネージ式の貯蔵庫で熟成されることになる。現在、蒸溜所内では約6万本の樽が熟成中で、その大半がバーボン樽である。この記事を執筆中の時点で、最古の樽は1966年ものだという。

ところでリチャード・パターソンは、どのくらいの頻度で蒸溜所に来るのだろう。スチュアートに尋ねてみた。

「2ヶ月に一度は来るよ。午前いっぱいか、午後いっぱいの時間を使って、貯蔵庫をくまなく探索してグラスゴーの事務所に帰る。その後、重要な樽のリストを送ってきて、それらの樽をどう料理するか指示をくれるんだ」

蒸溜所訪問も終わりに近づき、再びカストディアンズ・ラウンジに戻る。スチュアートが主要な商品をテイスティングさせてくれた。

「まず『ダルモア15年』は40%でボトリングしている。アメリカンホワイトオークのバーボン樽で12年熟成してから、アモロソ、アポストレス、マツサレムのシェリー樽で3年間後熟したウイスキーだ。『ダルモア18年』は、それより少しだけ度数の高い43%でボトリングしている。このウイスキーはバーボン樽で14年熟成した後、30年もののマツサレムのシェリー樽で4年間後熟してある。『ダルモア シガーモルト リザーブ』は44%で、ダルモアの3種類のモルトウイスキーをヴァッティングしたもの。内訳はバーボン樽、30年もののマツサレムのシェリー樽、プルミエクリュのカベルネソービニョン樽で熟成した原酒だ」

これらのウイスキーを比較しながらテイスティングすると、各々の違いがとても明確に表現されていることに驚かされる。そんな感想にうなずきながらスチュアートは言った。

「その通り。同族のウイスキーだけど、ひとつずつ完全に独特な特徴があるんだ」

次の目的地は、ここからさほど遠くない。だが次の電車やバスを待っていると、貴重な時間を無駄にしてしまう。今回の度では飛行機、バス、フェリーをうまく乗りこなしてきたが、素晴らしい蒸溜所訪問を最優先するためにタクシーを予約した。行き先はグレンオード蒸溜所。訪問の模様は、次回をお楽しみに。