WMJ的酒場放浪記・10 【神戸編その1】
第10回目を迎えたウイスキーマガジン・ジャパン記者による酒場放浪記。ウイスキー+αの特別な空間を求めて南へ北へ…。今回は神戸、三宮でゆったりと。
三宮の路地をひとつふたつと曲がって進んでいくと、不思議なバーに出会う。
神戸ロバアタ商會というちょっとバーとは思えない名前だが、中は正真正銘、正統派のバーである。いや正統派というだけではない。ここは神戸スタイルの「音バー」と言われるお店なのだ。
「音バー」とは、その名の通り、「音」つまり「音楽も楽しめるバー」だ。音楽なんてどこのバーでも流れていると思われるだろうが、そうではない。非常に幅広いジャンルの音楽…ジャズやロックから昭和歌謡や最新のヒット曲まで、お客さんが聴きたいと思った曲をすっと流してくれる。そしてJBLのスピーカーから流れる音自体もとても良く、店内の全ての席に座っている人のことを考えられた音響と分かる。この心地良さは体感していただければよく分かると思う。
BGMはオーナーの小村建介さん自ら担当する。6~7万曲の中から、お客さんのリクエストだけでなくそれをさらに膨らませた曲を選ぶ。期待通りの曲がかかる喜びと、予想外の展開になる面白さ。その場によって全く違う空間が出来上がるのだ。何度訪れてもこのお店の魅力が薄れることはないだろう。
しかしもちろん音楽ばかりがウリではない、出てくるお酒も極上だ。
カウンターを守るのはジェームスさんこと森下純一さん。こちらはお客さんにつけられたニックネームとのこと。神戸では英語名のニックネームを何気なくつけることがあるという。「70年代遊んでいた人がよくやるんですけどね」と小村さんが説明してくれた。港町のお洒落な遊び心が感じられる。
一杯目には、竹鶴17年を使った贅沢なハイボールをいただく。そこにかるくピールで香りづけをする。季節によって青柚子であったり、黄柚子やスダチであったり、旬の香りが彩を添える。そのピールの仕方も絶妙だ。
柑橘類の皮は実は諸刃の剣であって、下手をすると渋味やウイスキーの良さを損なう苦い香りが出てしまう。しかしジェームスさんの指先は、見事な力加減で柑橘の香味だけを吹きかける。ほんの10円玉ほどの大きさのピールが、グラスのかなり上の位置でひらりと舞うだけで、最後の一滴まで心地よい柚子の香りが残るのだ。
竹鶴のフレーバーを引き出しさらに楽しませてくれるハイボール。ちょっと感動である。
次はゴードン&マクファイルのグレンリベットをストレートで。
軽やかながらも層の厚いスペイサイドの銘酒は、音楽とともに饒舌に語りかけてくる。ハイボールでクリアになった舌の上にスイカズラのような花の香り、蜂蜜の甘さが優しく膨らむ。すっきりと迷いのないウイスキーだ。
お酒と音楽に心を満たされるだけでなく、お2人のテンポの良い会話がまた面白い。初めてでも打ち解けられるような親しみやすさは、大阪や京都ともまた違う空気感。
実はこのお店を訪れるのは2度目だ。前回地元の友人に連れられてきて、すっかり魅了されてしまったのである。前述したように居心地が良いだけでなく、開店して10年になるという店内には「くたびれた」感じが一切ない。決してモノの少ないお店ではないのに、その全てに手入れが行き届いているからだろう。このあたりも、デザイン畑出身の小村さんの美学がうかがえる。
そして見事な季節の花や緑がお店のあちこちで存在感を示しながら目を癒す。殊に驚いたのはお手洗い。花の香りがするのは芳香剤ではなく、生花…たっぷりと生けられた百合であった。男性2人のバーでここまで華やかに細かく気遣いされているというのは驚きである。程よく暗い照明でもどこまでも見通せるような透明感は、本物の心配りゆえに作りだされた雰囲気なのだ
最後の一杯はマンハッタン。こちらではオールド・オーバーホルトとアンティカフォーミュラを使う。
バーテンダーの所作の美しさはステアに表れる、と記者は思っている。
ジェームスさんのステアは芯のブレない真っ直ぐなステアで、ミキシンググラスから注がれたマンハッタンはキリリと背筋の伸びる仕上がりだった。
世の中には「遊ばない遊び」もあると、たくさんの遊び心を詰め込んだお店の中で気付かされる。そしてそれが出来るのは、遊びの上手な人なのだ。
BGMにはリクエストした大好きな関西弁のブルースが流れ、アウェイのようなホームのような不思議な感覚に陥る。こんなお店が近くにあったら、夜な夜な立ち寄ってしまうだろう。ひとりでも、友人と一緒でも、お酒の飲めない人とでも。ふと仕事に疲れた手を止めて「今日行こうかな」と思うだけで、笑顔になれるはずだ。ああ、神戸っ子が羨ましい。
神戸ロバアタ商會
兵庫県神戸市中央区中山手通2-12-7
TEL:078-251-6819
営業時間:19:00~04:00
定休日:第1・第3・第5日曜日 第3は日・月連休