WMJ的酒場放浪記・2 【浅草編】
この古民家を改装したバー「FOS」へ向かうときは、情緒を感じながらふらふらと歩いてほしい。浅草寺を背に路地を入っていくと、懐かしいような心細いような空気とともに、浅草のよさがじっくりと感じられるはずだ。そして突如現れる落ち着いた佇まいの一軒家。そっと格子戸を開くと、「和モダン」という言葉が浅く感じられるほどの雰囲気を実感できるだろう。
オーナーの森 崇浩さんは、ご本人は否定するが若くして3店舗を経営する浅草の実業家バーテンダーだ。浅草の老舗バーや赤坂の名店に勤め、アメリカでの武者修行を経て26歳で言問通りにカウンターだけのバー「FOS」を開店。それから築50年ほどの古民家を改装した現在の店舗に移転して7年になる。カクテルの腕も確かだが、スコットランドやケンタッキーへウイスキーの聖地めぐりをしている、花も実もあるバーテンダーなのである。
このお店では、どんなウイスキーが好まれるのだろう。雰囲気からしてジャパニーズウイスキーを頼みたくなりそうだが、
「いえ、やっぱりスコッチ。モルトですね」と森さんは言う。
カクテルとウイスキー、オーダーされる比率は半々くらい。そのなかでもやはりスコッチが強い。しかし「ジャパニーズも人気がありますよ。特に震災の後は、宮城峡を頼まれることが多くなりました」とのこと。ウイスキーでも東北を支えたくなるという浅草の人情が伺えるような話を聞き、心が和む。
お客さんはハイボールから入ったウイスキー初心者から、マニアックな方まで。シングルモルト入門であれば、グレンキンチーやクライヌリッシュなどの香りが高くクセの少ないものをお勧めするのだそうだ。ボトラーズも幅広く取り揃えており、いろんな好みに対応できるようにしている。
では一杯目に「ウイスキーをそこそこ飲んでいるお客さんには、お勧めをと言われたら何を出します?」とやや意地悪な質問をしてみると、森さんは少し悩んで「面白いものと言えばやはり小規模蒸溜所のもので…バーボンでも良ければこれなんかどうでしょう」
とウィレットを出してくれた。アメリカのマイクロディスティラリーとしては老舗で、数少ないシングルバレルバーボンをリリースしている。
そしてこのバーボンに合う一品ということで、自家製のリエットをいただいた。上品ながらもコクのある味わいで、確かにこのどっしりとしたバーボンによく合う。添えられているのはこちらも自家製の梅ジャム。甘さは抑えてあり、ほどよい酸味がリエットの脂になじむ。ウイスキー好きのツボをよくおさえていると感心する。
森さんは「隠し味にバーボンを使っているので、合うかなと思って」とあくまで控えめ。料理の仕込みも森さんが担当しており、酒飲みらしいフードが揃っているのも嬉しい。いろんなお酒を使った料理を試行錯誤しているそうだ。
次に何か面白いウイスキーを、と尋ねてみると、
「うーん、こんなのはどうですか? 洞窟で寝かせたっていう」と中国酒造の戸河内18年を出された。思いがけないウイスキーの登場に驚いて聞くと「一度国産モノを全部集めてみようと思ったんですよね」と探究心を覗かせた。お店の雰囲気だけで勝負しているわけではない、心地よい緊張感が伝わってくる
(※本サイトの蒸溜所情報ページには中国酒造は掲載されていない。というのも、こちらでは熟成とブレンドのみを行っているため)。
「日本のウイスキーもいろいろありますからね。大手のものだけじゃなくて、こんなのもあるよとお客さんに紹介するのもこちらの役目ですから」
こう言われては、つい通い詰めてアレコレと試したくなってしまうではないか。
暗めのしっとりとした雰囲気の店内に、言葉を飾らず柔和に応対をしてくれるバーテンダー。バックバーにはたくさんのサプライズを秘め、懐深く受け入れてくれる。数々の老舗や観光客でにぎわう通りもありながら、こんなバーがそっと佇んでいるというのが、この町の面白いところだ。
浅草の夜は早い。しかし、深い。ゆったりとその空気に身を任せてみると、いつまでもここにいたいような、離れがたい気持ちになる。カウンターから立ち上がるには、かなりの決意が必要だ。
でも、大丈夫。数年ぶりに訪れても、まるでおとといも来たような気軽さで、浅草はいつでも迎えてくれるのだから。路地裏散歩も楽しみながら、知り合いの家を訪ねるような気持ちでまた来よう。
BAR FOS(フォス)
東京都台東区浅草3-37-3
Tel: 03-3872-8804
19:00~4:00
火曜日定休