WMJ的酒場放浪記・13 【札幌編その2】
北の歓楽街すすきの。碁盤の目をひとつ進めば違う表情が待っている。ウイスキーを求めて記者の足は進む…WMJ的酒場放浪記、第13回は「ショットバー ヴェッキオ」へ。
「ヴェッキオ」…イタリアを訪れたことがある方ならピンとくる名前だろう。フィレンツェにある有名な橋「ポンテ ヴェッキオ」だ。
このバーのオーナーバーテンダーである児玉太郎さんは、もともと国内外のレストランの厨房に立った料理人で、ヨーロッパ各地で修業していたという一風変わった経歴の持ち主だ。「海外はあちこち行きましたけど、フィレンツェが一番肌に合う街でしたね」と語る。
約3年前、すすきのに自身のバーをオープン。「ヴェッキオ」という店名には、「お酒と人の架け橋となりたい」という児玉さんの想いが込められている。「人が成長し未来へと進むのに、必ず通らなくてはいけないのが橋。そこがバーにも似ている」とも。
バーテンダーという職業を選んだきっかけは「人に接するのが好きだったから」とのこと。おひとりで定休日を設けず営業しているそうで、確かに好きでなければできないスタイルだ。
さて何を頼もうかと一瞬迷ったが、「竹鶴ピュアモルト シェリーウッドフィニッシュ」があるとのことで、そちらに即決。
こちらは数量限定品で、取材にお伺いした際にオーダーできたのは非常に幸運であった。
ブレンデッドモルトのしっかりとしたボディをシェリーの香りが優しく包む。ウッディさとかすかなスパイス感がアクセント。時間とともに氷がゆっくりと融け、潜んでいたフレーバーが顔を出す。蜂蜜、焼きリンゴ…ロックでもバランスの崩れない、見事なウイスキーだ。
フードもいろいろと揃っており、お勧めのレバーペーストをいただく。もちろん児玉さんが仕込んだものだ。流石は元シェフ、こっくりとしたまろやかさと滑らかな仕上がりで、ウイスキーと合わせて楽しむのにピッタリだ。
このきれいに書かれたメニューも手書きとのこと。何事も手をかけることを厭わず、大切に創り上げられている。お店にあるもの全てに愛情とこだわりがいっぱいで、それでいてちっとも押しつけがましくない。ゆったり落ち着ける空間をという心遣いが感じられる。
児玉さんとお話をしていると、なんだか昔のことをたくさん思い出す。海外生活や様々な経験を積んだ児玉さんは、人の心を巧みに解く術にも長けているのか、ついつい身の上話のようなことまで引き出されてしまう。取材そっちのけではないかと指摘されそうだが、柔らかな照明と人懐こい児玉さんの笑顔、素晴らしいウイスキーがゆるゆると心を解きほぐし、いつの間にかすっかり素の自分になっていることに気づく。
最後の1杯は、マンハッタン。「マンハッタンは、いつも悩むんです…何がベストのマンハッタンなのか、今でも試行錯誤しています」と言いながら作ってくれたマンハッタンは、ライウイスキーのスパイスが生きた、ドライですこしほろ苦い味がした。ウイスキー好きのためのマンハッタンだ。そう伝えると、「そうですね、間違いなく」と微笑む児玉さん。
試行錯誤の長い旅の途中。その旅路に終わりはあるのだろうか。いや、なくてもいい。旅自体も楽しいのだから。まっすぐ目的地に向かうよりも、寄り道しながら景色を見ながら、でも着実に目的地に辿りつく…たくさんのお土産とともに。そんな児玉さんのスタイルがマンハッタンに映し出されている。そのためだろうか、グラスの中の液体は冷たいのに、喉を通るたびに心がほわりと暖かくなる…心の中にマンハッタンと同じ色の灯が点ったような感覚だ。
カクテルを堪能し席を立つ。その頃にはカウンターはひとつまたひとつと埋まり、児玉さんは忙しく動き、笑顔とお酒をお客さんに届ける。
ここは確かに架け橋のようなバーだ。お酒と人だけではない、隣り合った人同士もお酒と児玉さんを通して繋がっていく。その橋は石造りのように強固で崩れることなく、次々に増えていくだろう。
そしてそれだけではなく、巧みな話術のおかげで思いがけなく記憶の中の点と点が結びつき、さらには、その先の未来に繋げる橋を架けるための勇気を与えてくれた…石橋を叩いて渡るタイプではない記者でも、そっと背中を押してもらった気分だ。
今もその橋は繋がっている。東京にいても、橋の向こうに北の地のバーが見える。あたたかいひと時を提供するために、今日も休まずカウンターに立つ児玉さんが「ホッと一息、のんびりどうぞ」と迎えてくれている…そんな気がしてならない。
Shot Bar Vecchio (ショットバー ヴェッキオ)
北海道札幌市中央区南5条西5丁目
メイプル通りBLD 7F
TEL: 011-513-6226
営業時間:20:00~5:00
定休日:不定休