世界が評価したディスィラリーマネージャー【前半/全2回】

April 12, 2016

2016年3月17日に発表された「アイコンズ・オブ・ウイスキー2016」で、世界一のディスティラリーマネージャーとして表彰されたニッカウヰスキー北海道工場長の西川浩一さん。「マッサン」で大人気の余市蒸溜所を、工場長が直々にご案内。

文:WMJ
写真:チュ・チュンヨン

札幌から西へ、穏やかな石狩湾を横目に走る函館本線。余市駅で降りた観光客の多くが、徒歩2分ほどの余市蒸溜所を目指す。古城のような石門の背後には赤いパゴダ屋根のキルン塔がそびえ立ち、異国情緒もたっぷりだ。正式名称は「ニッカウヰスキー北海道工場余市蒸溜所」。NHKの連続テレビ小説「マッサン」の舞台となった昨年は、過去最多となる90万人以上の見学者が訪れた。

この蒸溜所のあるじが、世界的アワード「アイコンズ・オブ・ウイスキー2016」で、世界一のウイスキー工場長を意味する「ディスティラリーマネージャー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた西川浩一さんである。ここ余市蒸溜所では、生産の責任者であると同時に、訪問客へのビジターエクスペリエンスを提供する株式会社北海道ニッカサービスの社長も兼任している。余市のディスティラリーマネージャーとは、日々どんな仕事をしている人なのだろうか。

「商工会議所、地方法人会、ライオンズクラブ、観光協会など、地域の団体の会合でよく外出します。アサヒビールのお得意様から政治家まで、蒸溜所を訪問される方々のおもてなしも多く、昨年はそのようなVIPが1日4組重なった日もありました。そうした合間を縫って事務の仕事もします。製造現場の社員がのびのびと仕事ができるように、なるべく工場内をウロウロしないようにしていますよ(笑)」

ここはニッカ創業の地であり、ブランドイメージの発信地でもある。蒸溜所の顔として、対外的にさまざまな人と付き合うのも北海道工場長の役割なのだ。

糖化槽の状態をチェックする西川浩一工場長。30年以上の経験から、ウイスキーづくりの全工程を知り尽くしている。

工場長の案内で、余市蒸溜所のツアーが始まる。まずは蒸溜所のシンボルでもあるキルン塔(乾燥棟)。ここはかつて発芽させた大麦を燻して原料のモルトを作る「製麦」がおこなわれていた場所である。現在ではオーダー通りのピートで乾燥させた大麦麦芽をスコットランドから輸入しているが、蒸溜所主催のイベントなどがおこなわれる時などに炉で地元産のピートを焚くことがある。ニッカのピート畑は石狩川の河口付近にあり、定期的にピートを採取している。炉の傍らに置かれたピートからは、「マッサン」でも表現されていたスモーキーフレーバーが漂っていた。

余市蒸溜所では、ヘビーピートとノンピートのモルトを併用しながら多彩な原酒をつくっている。製麦済みのモルトは1トンごとに袋詰めされ、粉砕・糖化棟で出番を待つ。1日の仕込みに使用するモルトは6トン。現在ミルで粉砕しているのは、翌日の朝から仕込むためのモルトだ。粉砕はローラー4本で挟みながら押しつぶすスタイル。粉々にしないで、麦芽自体に濾過材の働きをさせるのだと工場長が説明する。

この粉砕されたモルトを、糖化槽で約70℃の温水と混ぜて、1時間ほど静置してから濾過する。これを2回繰り返すことで、甘い麦汁(糖化液)が得られる。3度めの濾過には90℃位の熱湯を入れ、翌日の糖化に使う仕込液に回す。これらの作業はコンピューターで制御されており、異状があれば警報が知らせるようになっている。

「昔はすべて手作業でしたが、人手に頼らずに済むことは機械に任せるようになりました。制御や計測の技術が進み、経験や勘に頼っていた作業も人工知能が担うようになるかもしれません。人間はそれを越えられるように努力することで、ウイスキーもまだまだ進化していきます」

 

あらゆる細部に宿る余市のアイデンティティ

 

同じ棟では、ニッカ独自の酵母も培養されている。ほとんどのウイスキー蒸溜所が固形のプレス酵母を使用するなか、ニッカは昔ながらの酵母液を使用している。平面培地上の酵母を、3段階に分けて徐々に培養液の量を増やして増殖させ、発酵に用いるのだという。手間がかかる方法だが、この選びぬかれた余市蒸溜所のオリジナル酵母は、ここで生産されるウイスキーの特性を形作る重要なDNAのひとつである。

その酵母が糖化液に投入されるステンレス製の発酵槽は、隣の発酵棟にある。扉を開けると、もろみの匂いが漂っていた。発酵初期の槽を覗き窓から見ると、炭酸ガスの泡が勢いよく噴き出している。泡の吹き出しも3日ほどで収まって発酵は落ち着く。この時点でのアルコール度数は8%程度。「ビール」とも通称されるもろみである。

濃厚なフレーバーを生み出すストレート型のスチル。すべての細部が余市らしさを守るために設計されているのだと西川工場長は語る。

さあ、いよいよ余市蒸溜所見学のハイライトでもある蒸溜棟だ。いまやスコットランドでも姿を消し、筆者が知るかぎり世界唯一となった石炭直火蒸溜は、生きた産業遺産と呼んでもいいだろう。銅製のポットスチル(蒸溜器)はどっしりとしたストレート型。交換したばかりの新しい部位が、きれいな光沢を放っている。直火による焦げ付きを防ぐため、蒸溜器の底を掃除する「ラメジャー」という機械がキュルキュルという摩擦音をたてる。ネックに巻かれたしめ縄が神々しい。竹鶴政孝の実家である竹鶴酒造(広島県竹原市)の伝統を援用しているのだという。

「よく見ると、同じストレート型でも、スチルごとに形と大きさが違うでしょう? この違いで出来上がるウイスキーの風味も異なり、多彩な特徴の原酒が得られるんです」

スチルからコンデンサー(冷却装置)へ向かうラインアームは下向きだ。コンデンサーは、今では珍しい昔ながらの蛇管式。蛇のようにとぐろを巻いた1本の長い管を水で冷やしてアルコール度数の高いスピリッツを取り出す。

「どれも余市らしい濃厚なフレーバーを生み出すための設備です。効率を上げるために近代化を議論したこともありましたが、結局は伝統のフレーバーを維持するために温存しました」

蒸溜棟の担当者は、7~8分ごとに石炭を釜にくべている。8時半から5時まで、蒸溜工程をたった1人で管理していることに驚いた。

「余市蒸溜所は製造部と総務部の2部門しかなく、部長の他に管理職は5人。合計25人ほどで生産をまかなっています」

石炭の投入は7~8分おき。竹鶴政孝がこだわった本物のフレーバーを未来へ伝える守るため、手間のかかる石炭直火蒸溜を今でも守っている。

初溜釜、再溜釜と2種類のポットスチルで蒸溜されたもろみは、無色透明な度数65%程度のスピリッツになる。これを樽の中で長期間熟成することでウイスキーの原酒ができる。工場長が、貯蔵庫の鍵を開けてくれる。余市蒸溜所では、現在26棟の貯蔵庫でウイスキーが熟成中だ。樽はアメリカのホワイトオークが主体だが、オロロソやアモンティリャードなどのシェリー樽もある。スペインのシェリー樽に至っては樽1本ごとの香りを確かめて購入している。また、樽空けされた樽は再利用するため、必要があれば余市蒸溜所内の樽工房でも修理と整備をおこなう。

「ご覧のとおり、貯蔵庫に空調はありません。密閉しているわけでもなく、樽は常にまわりの空気を呼吸しています。水や気候はもちろん、竹鶴政孝がこの地を選んだ理由のひとつは、ウイスキーづくりに欠かせない澄んだ空気なのです」

(後半につづく)

 

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