天使の休む場所
2011年6月21日。ケンタッキー州ローレンスバーグに5,000万ドルを投じて建設された新ワイルドターキー蒸溜所。そのオープニングを祝うブルーグラス・ミュージックとバーベキューのピクニックは終盤に差し掛かっていた。
現代的な新しい蒸溜所は光り輝く効率的な複合施設だが、400mほど道を下ったところにある旧蒸溜所にはやはり魔法のような魅力がある。蒸溜所スタッフの案内で、入口の「ジミー・ラッセル・ウェイ」という道路標識を通り越してオニユリが満開の貯蔵庫を過ぎ、ドアを抜けると、ケンタッキー川の土手に位置する旧蒸溜室の中だった。
明かりは窓から射し込む太陽光のみ。電気が止められて久しく、再利用できそうなものはすっかり運び去られていた。床に残っている物には目もくれずに光線とアングルを調べていると、案内してくれた蒸溜所創立一族リピー家の子孫から、足下に気を付けるように注意された。
それもそうだろう、私は別の何かに耳を傾けていたのだ。天使の声に。
永遠に続くものなど何もない。古い蒸溜室にはすでに無秩序が忍び寄っている。それでも、衰退には美があり、ほんのしばらくの間、1869年にリピー兄弟がすべてを始めたときの様子を思い描くことができた。
夢想は案内役の携帯電話で打ち砕かれた。
「今は蒸溜室にいます・・・」
相手の応答がはっきり聞こえるような気がした。
「彼を中に入れたのか!?」
確か古い諺があったと思うが・・・許可をもらうより後で謝る方がいつだって簡単だという意味の。
(タイトル写真)
オールドテイラー蒸溜所はマックラッケン・パイクに沿ってウッドフォードリザーブ蒸溜所を数キロメートル過ぎた位置にあり、E・H・テイラーが生涯にわたり所有あるいは権益を保持したいくつかの蒸溜所のひとつだった。1887年のオープン後、ケンタッキー最大の観光名所に数えられるようになった。1972年閉鎖。
(上部左写真)
オールドクロウ蒸溜所はビーム・グローバル社バーボン部門の熟成庫としてまだ稼働しているが、蒸溜所自体は1987年の同社による買収後直ぐに閉鎖された。マックラッケン・パイクがグレンズ・クリーク沿いに曲がりくねる途中、オールドテイラー蒸溜所から800mほどのところだ。
オールドクロウ蒸溜所はビジターを受け入れていないが、道路から施設の写真を撮ることはできる。地元の保安官代理がオールドクロウとオールドテイラーの両蒸溜所を定期的に車で巡回し、不法侵入を見張っている。
違反すると250ドルの罰金と50時間の地域奉仕。
オールドテイラー蒸溜所で巡回に遭遇したが、警告だけで済んだ…保安官代理は非番だった。
オールドテイラー蒸溜所のB貯蔵庫は、米国で現存する最も古いウイスキー貯蔵庫と言われている。1972年にジム・ビームが同蒸溜所を閉鎖した後も、この貯蔵庫は1994年までウイスキーの熟成に使われ続けた。
これはワイルドターキー蒸溜所のボンド(貯蔵庫)#1。表玄関から蒸溜室に続くジミー・ラッセル・ウェイ沿いにある。南北に向いているため、貯蔵庫の東側にたっぷり陽が当たる。オニユリなどの花々にはもってこいの条件だ。リピー家は1952年に同蒸溜所が売却されるまで、この貯蔵庫の側面に沿って花々を育て、現所有者のグルッポ・カンパリに引き継がれた。
蒸溜所で働いていた誰かが「形態は機能に従う」という設計哲学を採り入れたに違いない。旧ワイルドターキー蒸溜室の上部を見ると、素人目には何の規制もない混沌のようだ。
蒸溜業者にとっては、完璧に理に適っている。
永遠に続くものは何もない。古い蒸溜室にはすでに無秩序が忍び寄っている。それでも、衰退には美がある・・・。