銀座と氷の半世紀【後半】

August 28, 2012

5月に開催されたTokyoインターナショナル・バーショーでも来場者にウイスキーやカクテルの風味を楽しんでもらうために使用されたのは中央冷凍産業の氷だった。バーや、飲料、お酒に欠かせない氷を提供し続ける「中冷」代表取締役の伊藤敏郎さんが語る。
写真:ウィル・ロブ

進化する純氷

氷屋の氷は、空気をほとんど含まず、純度が高い。そのため透明で、美しく、堅く、溶けにくいのが特徴である。この氷を作るには、まず数種類の濾過装置で不純物を取り除き、化学実験にも使用できる水準の「純水」を作る。この純水をゆっくりと冷却しながら対流させ、さらに不純物を取り除いて完成させる。「純氷」を作るための所要時間は、およそ48時間だ

寒冷地の天然氷しかなかった日本に、英国製の製氷機が伝えられたのは明治時代のこと。必然的に、日本の純氷も英国の規格に従っている。氷柱1本のサイズは、300ポンド(135kg)。尺貫法に直すと36貫目であることから、飲食店などに納入するときには氷柱1本を36等分した1貫目のブロックに切り出される。そのブロックを注文の数だけビニール袋に入れて納品するのが基本スタイルだ。 「お酒にこだわっているバーほど、氷をブロックで買います。グラスのサイズやメニューに合わせて、自分たちで大きさを加工して使うのでしょう。その一方で、かち割り、丸氷、キューブなど、あらかじめ形状を加工した氷も多く求められるようになりました」と、中央冷凍産業(中冷)代表取締役、伊藤敏郎さんが説明してくれる。

中冷では、大振りなロックアイスから細かいクラッシュアイスまで7種類の大きさで純氷を納入できる。
「不景気なので、バーテンダーを雇わずに、ママさんがひとりで様々な飲み物を出すお店も増えています。丸い氷は表面積がいちばん少ないので溶け出しにくく、お酒を割る氷として理想的です」
その丸い氷も、ただ丸いだけではない。わざわざ表面にでこぼこを作り、光を反射させる美的な工夫も施している。

便利な自動製氷機が普及している現代、わざわざ氷屋の氷を使う飲食店には、みなこだわりや目的意識がある。旧式の木製冷蔵庫を使う天ぷら屋や、電気を使わない昔ながらの寿司ネタケースを使う寿司屋が銀座にはある。かき氷も、純氷を使うと口当たりがまるで違う。そのようなこだわりに、氷屋の氷は必要不可欠なものなのである。

「バブル崩壊でいくつかの一流店も閉店して、銀座の事情も変わってきました。それでもここ15年、顧客の数に大きな変動はありません。自動製氷機はもはやライバルではなく、この銀座で新規に出店する人たちは、うるさい顧客のために上質な氷を求めてくれます。これはきっと土地柄ですね」

極地に近い地域の天然氷は別にすれば、都会に供給する製氷の品質は日本が世界一だと伊藤さんは断言する。

「戦前の水はほとんど天然水でしたが、戦後になると水質汚染などの問題があって浄水場で殺菌した水しか使えないようになった。そんな状況に向き合いながら、日本の氷屋は極めて純度の高い水を使用するようになったのです」

 

 氷には未来がある

大企業の経営陣が接待などで使うクラブは、昔から銀座と相場が決まっている。そのため日本の景気は、銀座の氷屋に聞けばわかるという通説があった。

「1997年4月に橋本政権が消費税を5%に上げてしばらくの間、政府発表では景気が好調を維持しているということになっていました。でもおしぼりの受注数から来客数が半減したことは一目瞭然だし、配達時間がやけに短くなったので交通量の激減もすぐわかる。4月から不況が始まったのは明らかでしたね」

政府は9月になってようやく景気判断を下方修正。経済活動の不調で税収は減り、日本経済は長い低迷期に入って現在に至る。銀座の氷屋は、この経済政策の失敗を誰よりも早く見抜いていたのである。

近年の需要で面白いのは、「空気を冷やすため」の氷が再び売れ始めていることだ。特に節電が呼びかけられた夏には、オフィスや公共の場所などに立てる氷柱の注文が相次いだ。氷屋の氷は溶けにくいので、室内ならば真夏でも丸1日持つ。オフィス用の氷柱は美しいインテリアにもなるので、来年以降も需要を見込めるのではないかと期待している。

「水を零度以下に冷やすと氷になる。単純なものだからこそ、こだわればこだわるほど上があります。さまざまな商売の方々のニーズに見合った品質の氷を提供することで、私たちも成長します。製氷の技術は複雑なので、進歩の余地はまだまだありますよ

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