東北の新星、安積蒸溜所が誕生

April 20, 2016

2016年は、日本のウイスキー業界にとって記念すべき年。開業が予定されているクラフトディスティラリーのひとつが、いよいよ東北で始動する。福島県郡山市で、正式な開業間近の安積蒸溜所を訪ねた。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

訪問時はまだビニールを被っていたラウタータンク(手前)とポットスチル(後方)。今ではすでに試運転を始め、正式な生産開始は5〜6月になるという。

「面白い時代を生きられますように」という中国の諺がある。平和な時代を凡庸に生きるより、激動の時代を人間らしく生き抜いたほうがいいという、バイタリティーあふれる人生観だ。

今や日本のウイスキーづくりは、間違いなく「面白い時代」に突入したといえるだろう。2016年中に、少なくとも5つの小規模蒸溜所がウイスキーの生産を開始する予定である。茨城県那珂市にある木内酒造など、すでにいくつかのメーカーでは生産が始まっている。そして本坊酒造の津貫蒸留所や、厚岸蒸溜所、静岡蒸溜所などが創業に向けて最終局面に入っており、いずれも年内の生産開始が期待されている。

そして安積蒸溜所でも、ついに3月中旬から試験蒸溜が始まった。正式な生産開始は5〜6月になる予定だという。安積蒸溜所? どこにあるの? そう聞かれる方がいるのも無理はない。正式名称は、笹の川酒造安積蒸溜所。福島県郡山市にある老舗酒造メーカー、笹の川酒造の新規事業なのである。

創業1765年の笹の川酒造には、長い酒づくりの歴史がある。日本酒と焼酎が中心だが、ウイスキーもまったくの新参というわけではない。

第2次世界大戦の最中から戦後にかけて、日本の多くの酒造メーカーは原料の米不足に苦しんだ。それと同時に、戦勝国による日本の占領状態が、多くのウイスキー需要を生み出すのではないかという予測もなされた。当時の笹の川酒造の人々は、さまざまな将来の可能性を勘案して、戦後間もない1946年にウイスキー製造の免許を申請。それが認可され、すぐにウイスキーづくりは始まったという。笹の川でつくられたウイスキーには2級の等級が与えられていた。輸入したモルトウイスキーの「原酒」に、自前のアルコール飲料をミックスしたブレンデッドウイスキーがここで生産され始めたのである。

戦後日本の経済成長とともに、人々の舌も肥えていった。笹の川酒造は、よりよい品質の洋酒を生産すべく、手づくりのスチルによって独自のモルトウイスキー生産を試みる。当代の山口哲司社長のおぼろげな記憶によると、ここにはスチール製のスチルがあったという。スチルの底が鋼鉄でできていて、ヘッドやライパイプなどは銅製だった。

かつては「チェリーウイスキー」で知られた笹の川酒造。創業250周年の2015年には、「山桜」ブランドでピュアモルトやブレンデッドのウイスキーを発売し、地ウイスキーファンから高い評価を受けた。

何十年もの歴史のなかで商売の浮き沈みはあったものの、独自の生産体制のおかげで、笹の川酒造はウイスキーづくりを持続できた。日本酒の生産に必要なのは年間200日ほど。残りの150日をダラダラと遊んで過ごすより、従業員が空き時間でウイスキーづくりの仕事をしたほうがいいと考えたのだ。

ところが80年代後半にさしかかる頃、日本のウイスキー市場は陰りを見せ始める。笹の川酒造は徐々にウイスキーの生産量を縮小させたが、貯蔵庫で熟成させるのに十分な量のウイスキーをすでに保有していたため、今日まで酒屋に供給できる在庫を保持することができた。そして日本のウイスキーに対する需要がかつてないほどに高まった2015年、創業250周年という大きな節目を迎えた笹の川酒造は、いよいよ本格的なモルトウイスキーの蒸溜所を設立することに決めたのである。

 

本格的なモルトウイスキーを東北から

 

笹の川酒造は、当初スコットランドのフォーサイス製のポットスチルでウイスキーをつくろうと考えた。だが納品までに4年がかかるとわかってすぐに断念。一方、日本の三宅製作所なら1年以内にできるという。フォーサイスより割安というわけではなかったものの、さまざまな利便性を考慮して三宅製作所のスチルを購入することにした。空きスペースになっていた貯蔵庫の一画には、2015年12月までに2基のポットスチルが設置され、小さな蒸溜棟に様変わりした。

モルトの粉砕から蒸溜まで、ウイスキーづくりの全工程がひとつの屋根の下で完結する。糖化槽が1つと、3,000Lの発酵槽が5つある。いずれもステンレス製だ。ポットスチルはかなり小型で、2,000Lの初溜釜(ウォッシュスチル)、1,000Lの再溜釜(スピリットスチル)という組み合わせ。蒸溜の熱源はパーコレーターである。

原料となるモルトのタイプ、イースト菌、発酵時間など、ウイスキーづくりの細部はまだ議論の最中だという。笹の川酒造のウイスキー生産チームは、似通った設備が設置されている秩父蒸溜所を4月に視察し、ウイスキーづくりの細かな工程について最終的な判断を下していく予定だ。

山桜シリーズの原酒にもなった、80年代までに蒸溜されたモルトウイスキーが貯蔵庫で眠っている。今年からは、新しいカスクが1日1樽のペースで増えていく予定だ。

笹の川酒造は、秩父蒸溜所の肥土伊知郎社長の依頼に応じて、閉鎖された羽生蒸溜所のカスクを秩父蒸溜所の開業まで預かった過去がある。つまり肥土さんは、秩父蒸溜所をゼロから設立した自身の経験を笹の川酒造のチームと共有することで、苦難の時に支えてもらった恩返しをしているのであろう。

現在のところ、安積蒸溜所は郡山がかなり暑くなる夏以外の季節に蒸溜をおこなうという基本計画を立てている。大半はノンピーテッドのウイスキーを生産するが、夏休み前の数週間はピーテッドウイスキーの蒸溜もおこなう予定だ。貯蔵はバーボン樽が主体だが、一部はシェリー樽やワイン樽でも熟成をおこなう。「1日1樽」を目安にして、年間200〜250樽のウイスキーを貯蔵するのが目標であるという。

安積蒸溜所の開業は、東北地方にとっても非常に楽しみな話題である。公式に始動してからも最新の状況をレポートしていくつもりだ。数年後、本格的なモルトウイスキーが自社内でつくれるようになった笹の川酒造安積蒸溜所から、素晴らしい品質のウイスキーが発売されることになるのは間違いない。

 

 

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