未来を切り開くデンマーク産ウイスキー【前半/全2回】
1999年にスウェーデンでマクミラ蒸溜所が誕生して以来、個性的な生産拠点が増えているスカンジナビア。ウイスキー新興国のデンマークでも、ベンチャー精神に溢れたブランドが立ち上がっている。旅する2人組のウイスキージャーナリスト、ハンス・オフリンガによるレポート。
文:ハンス・オフリンガ
デンマークは面積が日本の1割強、総人口が東京の半分以下の約550万人という小さな国。だがここで生産されるウイスキーは、急速にニッチ市場を拡大させている。業界大手もこの動きを重要視しており、近頃ディアジオがデンマーク西岸にあるスタウニング蒸溜所に1000万英ポンド(約16億円)の 投資をおこなって話題になった。
スタウニング蒸溜所は、デンマーク北西海岸のユトランド地方にあるスタウニング村でウイスキーづくりを始めてもう10年ほどになる。最初のスピリッツがスペイン製のポットスチルから流れだしたのは2006年8月のこと。現在はアンピーテッドシングルモルト、ピーテッドシングルモルト、そしてヨーロッパでは珍しいモルテッドライの3種類を生産している。
スタウニングは、それぞれ職業も異なる30代前半から50代後半までの9人が仲間同士で設立した。エンジニアが4人、医者、肉屋、教師、調理人、パイロットが各1人という構成である。みなデンマークの伝統に誇りを持っており、地元産の大麦、ライ、ピート以外の原料は使用しない。
スタウニング蒸溜所は特別な公開日を除けば、予約なしでの訪問には対応していない。現在のところ、蒸溜所ツアーはデンマーク語とドイツ語で実施されている。詳しくは同社のウェブサイトをご参照のこと。www.stauningwhisky.dk
デンマークはバイキングの国である。11世紀初頭に、デンマーク王でありながらイングランド王とノルウェー王を兼ねたクヌート1世が有名だ。彼の祖父にあたるハーラル1世の英語名はハロルド・ブルートゥースで、通称「青歯王」。いまやIT製品のワイヤレス接続に欠かせない技術として世界的に有名な名前でもある。
ハーラル1世の父親は初代デンマーク王とされるゴーム老王で、その威光を示すためにハーラル1世が世界遺産のイェリング墳墓群を造った。イェリング墳墓群はユトランド半島中部にあり、1世の偉業がルーン文字で刻まれている。10世紀の石碑は保存状態もよく、文字を解読するとこんなことが書いてある。
「ハーラル王は、父ゴームと母チューラを記念して碑を建てる。ハーラル王はデンマークとノルウェーを統一し、デーン人をキリスト教へ改宗させた」
古きバイキングたちがヨーロッパを去って久しいが、今やウイスキーによる攻勢が平和裏に進められている。スタウニングの他にも注目すべきバイキングウイスキーの生産者をご紹介しよう。
現代の農場蒸溜所、ファリーロカン
イェリングからもさほど遠くないファー村に、イェンス・エリック・ヨルゲンセンが設立したファリーロカン蒸溜所がある。スコットランドのエドラダワー蒸溜所を訪ねたとき、イェンスは自分が理想とするスタイルに出会ったのだという。そのスタイルとは、田舎町での小さなファームディスティラリー(農場蒸溜所)だった。2009年に建設を開始し、同年12月31日に初めてのスピリッツを蒸溜。その後2013年まで待ってから公式にファリーロカンをオープンし、同時に3年熟成のシングルモルトを発売した。
ファリーロカンは、製麦されたモルトをスコットランドから輸入している。その一部は蒸溜所内でスモークされ、ノンスモーキーモルトとスモーキーモルトの2種類が用意される。ピートの代わりに、イラクサを燃料に使うのが特徴だ。これはイラクサでスモークしたチーズなどの伝統食材を作るイェンスの母親からヒントを得たのだという。
ファリーロカンの施設は、すべてが小ぶりだ。木の床でできたモルティングフロアは防水シートで半分だけ覆われている。家畜の餌を粉砕するために使用されていたという小さなモルトミルもある。ウォッシュスチルとスピリットスチルは、エドラダワーのモデルを参考にしてフォーサイス社が製造した。
理論上、この小さな蒸溜所が生産できるのは年間14,000本ほどのウイスキーである。イェンスと同社のクルーは敷地内で設備を拡張中。現在の生産規模では国外に販売するネットワークを持てないため、すべてのボトルは国内で消費されている。
ファリーロカンが生産するウイスキーは4種類。サマー(ノンスモーク)、フォール(ピートレベル1 ppmの原酒をシェリー樽で6カ月フィニッシュ)、ウインター(ピートレベル15 ppm)、スプリング(ピートレベル7.5 ppm)と、四季をテーマにした構成だ。4年熟成の「サマー」(度数46%)と3.5年熟成のウインター(度数54%)を試飲してみた。どちらも豊かな味わいがあるが、やや若く、刺々しさが残っている。だがあと数年もすれば、ファリーロカンのウイスキーは間違いなく熟成の恩恵を受け始めることになるだろう。