ケンタッキーの躍進(2) ウッドフォードリザーブ蒸溜所【後半/全2回】
ユニークなウッドフォードリザーブのレシピについて、包み隠さず教えてくれるマスターディスティラーのクリス・モリス氏。唯一無二のバーボンは、今でも静かに進化を続けている。
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
現場でウイスキーづくりの工程を追いながら、ウッドフォードリザーブと他のバーボンメーカーとの違いを説明してくれるクリス・モリス氏。ウッドフォードリザーブでは大半のバーボン蒸溜所と同じくサワーマッシュ工程を採用しているものの、独特な発想を加えている。発酵で残ったグレーンの一部を新たなバッチと共に発酵槽に投入する蒸溜所が多いなか、ウッドフォードリザーブではモリス氏が「サワー・イン・ザ・クック」と呼ぶ手法をとっている。つまり前回のマッシュを、酵母が投入される前段階の糖化槽(クック)に投入するのである。このマッシュの投入量をわずか6%ほどに抑えることで、発酵可能な糖分を十分に残しておくという考え方もユニークだ。
ウッドフォードリザーブの発酵槽は木製である。ジョージア州南部で何百年も塩水に浸かっていた杉の丸太を使用したものだという。かつては4槽だったが、2年前に新しく2槽を追加した。木製の発酵槽を使うとスピリッツにどんな影響があるのだろうか。モリス氏は「よくわからないけど、木製のほうが見映えはいいでしょ」と肩をすくめる。ウッドフォードリザーブのバーボンに使用される酵母の種類は1株だけだという。「ブラウン・フォーマンの研究室でいちばん古い、オールドフォレスターの酵母株をもとにしています。20,000世代以上にわたって微生物学的な変異を繰り返しながら、大切に受け継いできたのがウッドフォードリザーブの酵母。3ヶ月ごとに新しいバッチが届いて培養されます」
3基のポットスチルが置かれた蒸溜棟は、ケンタッキーでも特にユニークな光景だ。ビアウェルには発酵槽2槽分の「ビア」(ウォッシュ)が入る。固形物を含めたすべてのビアを第1のスチル(ビアスチル)に投入。ここでビアは蒸溜されてアルコール度数約40%の「ローワイン」となり、第2のスチル(ハイワインスチル)でさらに蒸溜される。この2回めの蒸溜で、アルコール度数は約55%まで上がる。カットから漏れた蒸留液はヘッドやテールと呼ばれれ、再びビアスチルに戻される。ハートと呼ばれる有効な再溜液だけが、第3のスチル(スピリットスチル)で最後の蒸溜に入るのだ。この第3の蒸溜によってアルコール度数は78%に。つまりバーボンに許された法的上限の80%ぎりぎりだ。ここでもヘッドやテールはビアスチルに戻され、ハートだけが大切に取り出される。
この3基のスチルは、スコットランドのフォーサイス社製である。この歴史ある建造物のなかに設置する際、スチルの屋根の開口部を少し切り取らなければならなかった。設置から数年後、フォーサイス社の現社長であるリチャード・フォーサイス氏が蒸溜所を訪れたとき、スチルの手入れを怠っていたモリス氏は内心でひやひやしていた。だが予想に反して「ピカピカに磨かれていないところがいいね」と叫んだフォーサイス氏に、モリス氏は嬉しい驚きを覚えたのだという。
日本でおこなったインタビューでも、クリス・モリス氏はウッドフォードリザーブの熟成に対するアプローチについて詳しく教えてくれた。なるべく低い度数で樽入れする利点や、チャー(焼き)を施す前の樽材を深くトーストする工夫についてである。今回、案内してもらったのは「貯蔵庫C」。モリス氏の説明によると、貯蔵庫では樽内のエステル化を促進するために熱循環を利用しているのだという。
「一番下の段のバレルについている温度計が30°Cを示したら、ヒーターで貯蔵庫全体を加熱してスピリッツの温度も30°Cまで上げます。そしてヒーターを切って外の冷気を入れ、ゆっくり冷ますのです。これを年に5〜6回。コストはかかりますよ。暖房代だけでなく、天使の分け前も5〜6%と通常の倍になります。でも幸いなことに、蒸発するのはアルコールではなく水分がほとんどなんです」
貯蔵庫のスペース確保が目下の課題だ。ここ数年間、ウッドフォードリザーブは貯蔵スペースが手狭になったため、樽詰めしたスピリッツをルイビルのブラウン・フォーマン蒸溜所まで輸送してきた。蒸溜所の近くでは165,000本のバレルを収納する新しい貯蔵庫を建設中で、完成すればルイビルの樽もそこに呼び戻して貯蔵することになる。古い貯蔵庫をモダンに改装した貯蔵庫で、同じウッドフォード郡にありながら蒸溜所からは少し離れているという。緊急時にすべてのストックを失わないための配慮かもしれない。
面目躍如のユニークな樽熟成
貯蔵庫Cでは、面白い実験が進行中だ。そのひとつが、大きなコニャックXO樽でのフィニッシュ。他にも「チンカピン」と記されたカスクがあった。チンカピンはアメリカ中西部にある栗の木で、土着のオーク材の一種である。「マスターズコレクション用に熟成で使用している、甘みの強いオーク材です」とモリス氏は説明する。
ウッドフォードリザーブの商品をテイスティングしながら、モリス氏の説明を聞く。スタンダード製品に加え、オリジナルのウッドフォードリザーブに変化を加えた表現も試しているのだという。
「ライウイスキーは、オリジナルのウッドフォードリザーブでも感じられるスパイスをさらにクローズアップしたウイスキー。とても古いレシピでつくられており、ストレートで飲むのがおすすめです。販売網はまだ全米50州を網羅しておらず、ヨーロッパには少し出荷しましたが日本はまだです。『ダブルオーク』は、オリジナルのウッドフォードリザーブが持つ樽由来の力強いトースト香にフォーカスしたもの。リッチで甘いウイスキーに仕上げています。1年にわたって後熟を加えますが、そこで使用されるのは通常の4倍の時間をかけてゆっくりトーストしたバレルです。また『ストレートモルトウイスキー』と『ストレートウィートウイスキー』は、共にコーンとライも使用していますが、それぞれ特定のフレーバーを強調することでオリジナルのウッドフォードリザーブに変化をもたらしているのです」
そしてさらには、マスターコレクションやディスティラーズセレクトのような限定エディションもある。
「このシリーズは、ちょうど年に一度遊びに来る家族のような存在ですね。以前はかなり大胆なものもつくりましたが、現在のリミテッドエディションはスタンダード製品にひとつだけ変化を加えたものばかりです」
第11回目のマスターズコレクションは、2016年11月にリリースされた。途中まではスタンダードなウッドフォードリザーブと同じ工程だが、最後に24年使用されたアメリカンブランデーの古樽で2年間後熟する。オリジナルのウッドフォードリザーブにも感じられるリッチなドライフルーツやナッツの風味を際立たせた「ウッドフォードリザーブ ブランデーカスクフィニッシュ」だ。
「もう一人の家族である『ディスティラーズセレクト』は、不定期にリリースされる蒸溜所限定品。発売後すぐに売り切れてしまいます。第4回のリリースは『ファイブモルト』でした。クラフトビールの逆手を取ったエンジニアリングです。近年はウイスキーの古樽で熟成されるビールがたくさんありますが、ビールが樽熟成を経ると多くの場合はビールの世界を抜け出してウイスキーの世界に近くなるもの。私がやりたかったのはそれを逆行させ、ビールみたいな味のするウイスキーをつくってみようという実験なのです」ウッドフォードリザーブのチームは、オールモルトのレシピを採用し、 通常はビール造りに使用される製麦済みのモルトを使用した。ダブルオークバレルの古樽で6ヶ月寝かせるだけなので、モルト風味が木の成分に圧倒されることはない。色はとても明るいが、スタウトやポーターを思わせるようなコーヒー風味のフィニッシュがある。そんな非常に珍しいウイスキーができあがった。
クリス・モリス氏のチームは、他にもたくさんのエキサイティングな計画を進行中だ。ただしどれもが、従来の方法をひとつだけ変更した実験なのだという。
「変えるのは、いつもひとつの要素だけ。シンプルな状態に留めておくのが好きなんです。人生でも、最良のものごとはみなシンプルですからね」