ケンタッキーの躍進(2) ウッドフォードリザーブ蒸溜所【前半/全2回】

January 3, 2017

マスターブレンダーの来日から1年、今度はウイスキーマガジン・ジャパンがケンタッキーへ。異彩を放つ高品質バーボン、ウッドフォードリザーブの本拠地をステファン・ヴァン・エイケンが訪ねる。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
 

2015年8月、ウッドフォードリザーブのマスターディスティラーであるクリス・モリス氏が来日して、他のバーボンとは一線を画すウッドフォードリザーブの特長について解説してくれた(リンクはこちら)。あれから1年後、私はケンタッキー州ウッドフォード郡に来ている。今度はモリス氏の本拠地で再会を果たすためである。

ウッドフォードリザーブ蒸溜所の歴史は長い。異なる様式の建築物が混在する様子から、スナップショットのように時代の変遷が垣間見られる。1812年よりこの地に定住した創業者エライジャ・ペッパーの旧邸は、今でも丘の上から蒸溜所を見下ろしている。蒸溜所自体の建物の歴史は、1838年にさかのぼる。石造りの貯蔵庫は1890年の建築。連続式蒸溜機を格納する高い建物は、禁酒法以後のものだ。そこらじゅうにある歴史の名残りが示唆する通り、蒸溜所の辿った歴史は実に興味深い。

1812年にこの地にたどり着いたペッパー家は、小さなファームディスティラリー(農場蒸溜所)としてウッドフォードリザーブを創設した。2代目のオスカー・ペッパーになって、商業的な蒸溜が始まる。3代目が1878年に蒸溜所施設をラブロット&グラハム社に売却し、同社が禁酒法時代まで断続的に操業した後、1941年にブラウン・フォーマン社に買収された。

ケンタッキー州では珍しい、3基の銅製ポットスチルがウッドフォードリザーブのシンボル。スコットランドのフォーサイス社製である。

ところが1959年に、ブラウン・フォーマン社は蒸溜所を閉鎖してしまう。当時のブラウン・フォーマン社は、ルイビルに大規模な蒸溜所を2つ保有していた。ひとつが最先端の設備を擁するアーリータイムズ蒸溜所で、もうひとつがブラウン・フォーマン蒸溜所。さらにはテネシー州でジャックダニエルを買収した直後ということもあり、もはやウッドフォード郡で蒸溜所を運営する必要もなかったのである。

すべての設備とバレルは運び去られ、蒸溜所の敷地は牛たちが草を食む500エーカー(約2平方キロ)の農場になった。1971年に蒸溜所の敷地は近所の農家に売却されたが、その農家は蒸溜所の建物を処分せずに放置した。この運命の分かれ道が、のちに蒸溜所を救うことになる。1993年にブラウン・フォーマン社が蒸溜所を買い戻したとき、建物はすべて売却した20年前と同じ状態だった。

 

歴史を抜け出し、新しいバーボンを切り拓く

 

誰もが憧れるような、長くて豊かな歴史である。ウッドフォードリザーブは、この歴史を前面にアピールしたこともあった。だが2016年からは、それもやめることにしたのだという。マスターディスティラーのクリス・モリス氏は語る。

「同じなのは、土地と建物と水ぐらいのもの。生産プロセス、酵母、設備などはすべて最新で、現代の私たちが選んだやり方です。だから2016年の秋から使用する新しいパッケージに、今までボトルと箱に記載していた『ラブロット&グラハム』の文字はありません。ウッドフォードリザーブが、現代のブランドなのだということを強調したい。私たちの存在意義はウイスキーの風味にこそあるので、その点を強調する代わり、ことさらに歴史をアピールすることはやめました」

1980年代半ばから、アメリカ国内のバーボン市場は完全に冷え込んでいた。当時ブラウン・フォーマン社を率いていたオウズリー・ブラウン2世が切望したのは、グローバルブランドを手に入れることだった。古いウッドフォードリザーブの蒸溜所を買い戻したとき、将来のことを考えながら2つの結論に行き着いたのだという。そのひとつは、世界中の人々の味覚を満足させる複雑なフレーバーを持ったバーボンをつくることだった。

ウッド‐フォードリザーブのクリス・モリス氏が提唱する5つのフレーバー要因。もともとはスコッチウイスキーの評論家に触発されて、独自の理論を磨き上げた。

当時のクリス・モリス氏は、ウイスキーマガジンでマイケル・ジャクソンの記事を読み漁り、ゲイリー・リーガンのコメントにも目を通していた。フレーバーのさまざまな側面について論じる彼らの批評スタイルに魅了されていたのである。だが同時に、まだウイスキー全体のフレーバーについて網羅的に語る人がいないことにも気づいていた。そこでモリス氏は、マイケル・ジャクソンとゲイリー・リーガンのスタイルを援用して、独自に「フレーバーの5要素」からなる理論を考案。個々の要素を追求しながら、複雑でバランスのとれたバーボンをつくろうと考えたのである。

リッチなライムストーンウォーターが、フローラルな特性を生み出す。グレーンにおいてはライ比率を増やし、コーン72%、ライ18%、モルト10%のマッシュビルによってスパイス、ナッツ香、モルト香を高める。スタンダードなバーボン製品でも、発酵時間を6日間にまで延ばしてエステル香を作り上げる。ポットスチルの3回蒸溜によって、リッチかつ優美で複雑なフレーバーを引き出す。熟成については、ナチュラルなオークの甘味が多くもたらすよう練り直す。それらすべてが、新しいウッドフォードリザーブの方針になった。

グローバルブランドを築き上げたいのなら、人々が訪問したいと思う蒸溜所にしなければならない。オウズリー・ブラウン2世はそう感じていた。訪問客を拒絶する蒸溜所がほとんどない現在からは想像できないが、当時の蒸溜所はどこも閉ざされた場所だった。ケンタッキー州で訪問客を受け入れていたのは、メーカーズマークだけだったのである。

(つづく)

 

 

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