ポットスチルの形状が語ること【後半/全2回】

October 25, 2017

ポットスチルの形状論は続く。形状やサイズのバリエーションは、スピリッツにどんな影響を及ぼすのか? スチルの性能を引き出しながら、一貫したフレーバーを得る方法は? ウイスキーのプロフェッショナルたちが数々の疑問に答える。

 

文・イアン・ウィズニウスキ

 

同一規格のウォッシュスチル(初溜釜)とスピリットスチル(再溜釜)で蒸溜をおこなう蒸溜所には、グレンリベット、アベラワー、グレンエルギン、グレンロセスなどがある。シーバス・ブラザーズでザ・グレンリベットのマスターディスティラーを務めるアラン・ウィンチェスター氏は語る。

「グレンリベット蒸溜所では、7基あるスピリットスチルから流れ出すニューメイクスピリッツを逐一チェックしています。目的は、すべて一貫性のあるフローラルでフルーティなグレンリベットらしさを保っているか確認するため。1823年の文献にもグレンリベットのスチルに関する詳しい記載があるので、このスチルの形状はかなり伝統的なものであると理解しています」

それではウォッシュスチルとスピリットスチルの形状に違いがあれば、大きな変化がもたらされるのだろうか。まずはインバーハウスディスティラーズで蒸溜所のゼネラルマネージャーを務めるデレク・シンクレア氏が答えてくれた。

「バルメナック蒸溜所にはウォッシュスチル3基とスピリットスチル3基があり、それぞれの違いはわずかです。少しだけネックの長いスチルもあれば、肩の形状も少しだけ異なっていますが、基本的には同じ特性のニューメイクスピリッツを生み出します。これらのニューメイクスピリッツは、すべてひとつのスピリッツセーフに移されてミックスしています」

それでは形状が同じで、サイズが異なる場合はどうだろう。ダルモア蒸溜所で蒸溜所長を務めるスチュアート・ロバートソン氏が語る。

「ダルモアのウォッシュスチルはすべて同じ形状で、みな古風なオイルランプ型ですが、そのうち2基は小さく、2基は大きく造られています。スピリットスチルもみな同じ球根型のポットと細いネックが特徴ですが、こちらも2基は小型で、2基は大型です。実は1960年代に生産量を倍増させるため、元々のスチルをそのまま大型化した名残りなのです。大きいスチルも、小さいスチルも、同じ特徴を持った蒸溜液をつくり出します。スチルに投入される蒸溜前のチャージを一定量に保っているので、スチル間で状態に差が出ないように調整できるのです」

ウォッシュスチルとスピリットスチルには、同等の影響力があるのだろうか。ブルックラディの製造責任者を務めるアラン・ローガン氏が答える。

「ローワイン(初溜液)に含まれる特徴の多くは、初溜自体ではなく製麦された大麦や発酵のスタイルによってもたらされたもの。再溜では、このような特徴を保持しながら磨き上げることが目標になります。つまりブルックラディとしては、スピリットスチルの形状のほうがウォッシュスチルの形状よりもウイスキーに大きな影響をもたらすものと捉えています」

その一方で、スチルの形状がさまざまに異なる蒸溜所が個性的なスタイルを生み出すこともある。ディアジオでプロセステクノロジーマネジャーを務めるダグラス・マレー氏は説明する。

「モートラックではスチルの形状がすべてまちまちで、サイズのバリエーションもさまざまです。これが異なったニュアンスをもたらしながら、組み合わせによってモートラックらしいニューメイクスピリッツの特徴をつくり出すことができるのです」

 

蒸溜速度を変える加熱の重要性

 

華やかな風味で知られるグレンモーレンジィ蒸溜所のスチル。長いネックと肩口のボイルボールで蒸気の還流を促している。メイン写真はグレンリベット蒸溜所のスチルとラインアーム。

スチルの形状による影響は、蒸溜速度の違いでも変わってくる。蒸溜速度は蒸溜所によってさまざまに異なる。ボイルポットを穏やかに加熱すると蒸溜速度は遅くなる。蒸気の上昇がゆっくりになるため、ネック内の蒸気密度も低く、ネック自体の温度も比較的低い。このような環境では還流が多く起こるため、スピリッツ中に軽やかなフレーバー成分の比率が高くなる。

一方、強火で一気に加熱する方法をとると蒸溜速度が上がる。蒸気の上昇も早く、蒸気密度も高まるので、ネック自体の温度も比較的熱い。このような環境では還流が起こりにくくなり、スピリッツにはよりリッチなフレーバー成分の比率が増すことになる。

蒸溜所がウォシュスチルとスピリットスチルで蒸溜速度を使い分けるのは珍しいことでもない。前述のデレク・シンクレア氏が説明する。

「バルブレアとプルトニーは、どちらもウォッシュスチルとスピリットスチルを同型にしていますが、スピリットスチルの蒸溜速度を遅めにしています。これによってスピリットスチルの形状による効果が最大に引き出されて、たくさんの還流が起こります。その結果、ニューメイクスピリッツ内のエレガントでフルーティな要素を増加させることができるのです」

蒸溜速度やスチルの形状の他に、ライパイプ(ラインアーム)の長さや角度も還流を左右する要素になる。またコンデンサーが多管式か蛇管式かによってもスピリッツの特徴は変わってくる。では結局のところ、スチルの形状にはどの程度の影響力があるのだろうか。ダグラス・マレー氏は語る。

「スチルの形状だけでフレーバーの構成を操作できるわけではありません。結局はスチルに投入する原料の調整という役割が大きく、最終的につくり出されるニューメイクスピリッツの複雑さを微調整する要素のひとつであると考えたほうがいいでしょう」

そうはいっても、やはりスチルの形状で冒険する蒸溜所が皆無であることは事実。グレンロセス蒸溜所長のアラスデア・アンダーソン氏の意見には、ほとんどのウイスキー関係者が同意するだろう。

「グレンロセスのスチルはすべて同じ玉ねぎ型で、長いネックを特徴にしています。スチルの交換が必要になったときはサイズと形状を慎重に計測して、まったく同じ形状のものと置き換えることになるでしょう。ニューメイクスピリッツの特徴に変化を及ぼすようなリスクは、一切とりたくないからです」

最後に、ポットスチルの付帯設備についても触れておきたい。スチルには、還流を促すオプションとして「ボイルボール」を加えることができる。これはスチルの肩と首を繋ぐ部分に玉ねぎのような膨らみを加えたもので、出っ張りの角度や大きさ(内部の広さ)にもさまざまな種類がある。

ポットから上昇した蒸気は、このやや広くてわずかに温度の低いエリアに広がっていく。低温環境にぶつかったリッチなフレーバー成分は、液化してポットに戻されることになる。つまりボイルボールが大きいほど、このような還流のレベルは高くなるのである。

またポットの肩と首を結ぶ形状には、ランプグラス(電球ガラス)と呼ばれるスタイルもある。ランタンやくびれた腰に例えられる形状で、あたかもスチルの一部をコルセットできつく絞ったような見かけだ。細くなった部分で密度を増した蒸気が、上方の広くて温度が低いエリアに送り出されると、そこでリッチなフレーバー成分が液化するという仕組みである。

 

 

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