嘉之助蒸溜所でメローなウイスキーづくりが始動【後半/全2回】
ジャパニーズウイスキーの未来を切り拓く嘉之助蒸溜所(小正醸造)のビジョンは明確だ。バラエティ豊かなスピリッツを生み出すユニークな生産体制は、これまでにない革新的なウイスキーづくりの可能性にあふれている。
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
落成した嘉之助蒸溜所は、上から見るとU字型をした1棟の建築だ。向かって左側に製造エリアがあり、右側が貯蔵庫となっている。2つの機能を奥でつないでいるのが、レセプションと蒸溜所ショップだ。
蒸溜所で使用する大麦モルトはイングランドのマントン社から輸入しており、鹿児島県北部の川内港まで船で運ばれてくる。現在のところ使用品種はコンチェルト種だが、2018年6月からはピーテッドモルト(50ppm)を同じイングランドのシンプソン社から輸入することになっている。
以上のモルトは日本のウイスキーメーカーが輸入している標準的な原料だが、嘉之助蒸溜所はこれだけで満足するつもりはない。ピーテッドモルトのシーズンが終わったらチョコレートモルトなどの特別な原料を使用する計画もあり、将来的には地元産の大麦モルトを使用したいと考えている。
小正醸造は、焼酎の蒸溜に鹿児島県産の大麦を使用している。現地のサツマイモ農家は、収穫量や品質が衰えるのを防ぐために転作をおこなうのが通例だ。土壌を再活性化するため、サツマイモの代わりに植えられるのが大麦である。小正醸造はこのような大麦を農家から入手して麦焼酎をつくってきた。ただし原料はウイスキーのようにモルティング(製麦)をしていない未発芽の大麦である。
この既存の焼酎づくりを一歩前進させ、製麦した大麦モルトでウイスキーを蒸溜しようという計画を嘉之助蒸溜所は思い描いている。だが実現するには、鹿児島県産の大麦をはるばる栃木県の製麦会社まで運んで、仕上がった大麦モルトを再び鹿児島まで送り返す行程が必要になる。いかにも効率は悪いが、嘉之助蒸溜所のスタッフたちは試してみる価値があると思っているようだ。手間と経費を投じた成果が実を結ぶか否かは、実際にウイスキーをつくって何年も検証してみないとわからないだろう。
床が板張りの糖化発酵室は開放的な空間で、ここにマッシュタン(糖化槽)1槽とウォッシュバック(発酵槽)5槽が収められている。6,000Lのマッシュタンは、近所の津貫蒸溜所で使用されているものと同型。ウイスキーの糖化は伝統的に水を3回投入する方法が主流だが、小正醸造では2回のみ。1回目は65°C、2回目は80°Cのお湯を入れて原料から糖分を引き出す。
1トンの大麦モルトから約5,500Lのワート(糖液)が取り出されると、ステンレス製ウォッシュバックのひとつに移される。ウォッシュバックには発酵時の温度を一定に保つカバーが付属している。ウォッシュバックの蓋が、床と同じ高さにある光景は珍しい。どこか焼酎を甕熟成している貯蔵庫を思わせる光景だ。
発酵を促すイースト(酵母)には、ウイスキー用酵母を使用している。標準的な発酵時間は72時間だが、日曜日が定休なので週末をはさむと96時間になる。発酵行程が終了する頃には、ウォッシュ(もろみ)のアルコール度数が約7%になっている。嘉之助蒸溜所の人々は、イーストの実験にも意欲的だ。ピーテッドモルトの樽入れに先立って、この5月には小正醸造が使用している焼酎用酵母も試験的に使用する予定だ。
糖化発酵室の隣には蒸溜室がある。ずらりと並んでいるのは、形状もサイズも異なる3種類の銅製ポットスチル。珍しい体制だが、これがバラエティ豊かなスピリッツを蒸溜して明確な独自性を打ち出す意欲の表れなのである。
蒸溜と熟成で多彩なバリエーションを確保
小正醸造の焼酎蒸溜所では大小7基のスチルが使用されており、素材もステンレス製と木製が混在している。だが1回蒸溜の焼酎とは異なり、ウイスキーは2回蒸溜だ。そのためスチルの数が少なくても、組み合わせによって多くのバラエティを得ることができる。
左側にあるスチルは容量6,000Lで、ラインアームは水平だ。真ん中のスチルは容量3,000Lで、ラインアームが下向き(角度は80°)なので還流は少なめである。右側のスチルは3つのなかでは最小の容量1,600Lで、唯一のランタン型。ラインアームが上向き(角度は100°)なので蒸溜中に還流が起こりやすい。スチルはすべて蛇管式のコンデンサーに繋がっている。
左側のスチルは初溜専用で、右側のスチルは再溜専用だ。真ん中のスチルはどちらにも使用できる。すなわち2回蒸溜のパターンとしては、左+中、中+右、左+右という3種類の組み合わせが可能だ。現在のところ、もっとも頻繁に使用されているのは左+中のパターン。右側の小さなスチルはそれほど出番が多くない。左+中のニューメイクと左+右のニューメイクをテイスティングしたが、その違いは歴然としていた。後者は際立ってすっきりと軽やかな味わいである。
異なった3種類のスピリッツを組み合わせることで、樽入れ前から豊かなバリエーションが得られるのは嘉之助蒸溜所の強みだ。3回蒸溜した訳でもないのに、3種類のスチルを使用したスピリッツがひとつの樽で熟成できる。嘉之助蒸溜所のリリース第1弾は、3種類のスチルすべての特徴をブレンドしたニューメイクである。
2回の蒸溜を経て取り出されたスピリッツは、アルコール度数59.8%で樽入れされる。まだ初年度の数カ月を終えたばかりだが、樽の使用計画を見てみると、第1にシェリーバット、続いて焼酎樽、そしてバーボン樽という順番で樽入れされることになっている。
所有するシェリー樽のなかには、シェリー業界で80年にわたって使用されてきた本物のソレラ樽が5本ある。このシェリー樽に一定量を貯蔵した後で、蒸溜所チームは次の焼酎樽へと移行した。この焼酎樽の実体は、「メローコヅル」の熟成に使用していた容量450Lの樽である。
小正醸造では、度数44%の米焼酎を約半年間かけて樽熟成している。熟成後、焼酎はタンクに移されるが、樽には新しい米焼酎が詰められて、さらに半年間の熟成に使用される。このプロセスは、樽に疲れが見えてくるまで約10年にわたって繰り返される。焼酎樽としての役割を終えた樽は、洋樽の有明産業に送られて再びチャーが施される。これが嘉之助蒸溜所のウイスキー貯蔵に使用される焼酎樽という訳だ。現在のところ、嘉之助蒸溜所にはウイスキー用の焼酎樽が100本ほどある。この空樽にスピリッツを詰めたら、次は標準的なバーボンバレル約90本の樽入れが待っている。
製造棟と並行に建てられた貯蔵庫には、約130本のバレルが収納できるスペースがある。シャッターを開ければ、海風も招き入れられる環境だ。だがここはすでに手狭になりつつあり、長期的にはもっと広い貯蔵スペースが必要となる。
嘉之助蒸溜所の隣には、「メローコヅル」の熟成用に建造された3棟の大きな貯蔵庫がある。2棟は1985年、残りの1棟は1993年の建設だ。これらのスペースを合わせると、全部で約2,000本の樽が収容できる。地面よりも低い場所に置かれた樽が、腰ぐらいの高さに並んでいる。貯蔵庫は湿気があって夏でも涼しく、熟成に理想的な環境である。現在のところ3棟すべてに熟成中の焼酎樽があるが、第3貯蔵庫をウイスキー専用にする計画が持ち上がっている。収容力は約600本なので、満室になったら嘉之助蒸溜所の反対側に新しい貯蔵庫用の土地がある。すべては用意周到に計画されているようだ。
広がる無数の可能性
嘉之助蒸溜所の開業は、小正醸造にも活気と期待をもたらしている。面白い可能性のひとつが、ウイスキーを熟成した樽で焼酎を熟成するプロセスの導入である。最近発売された「蔵の師魂 The Smoke」は、ピーテッドウイスキーを熟成した樽をスコットランドから取り寄せて焼酎を熟成したもの。このような商品が企画されるのは、市場が革新的な酒づくりを求めているからだ、事実、限定発売された600本は瞬く間に完売した。
また焼酎づくりのノウハウを活かし、ライスウイスキーを生産するアイデアもある。これは鹿児島産の米に少々の大麦を加え、自社の酵母で発酵させてから銅製ポットスチルで蒸溜するというもの。さらにはモルトベースのジンをつくるといった路線にも実現の可能性はある。
嘉之助蒸溜所の輝かしい未来について、しばし思いを巡らす。そんなひとときに最高の場所が、レセプションの2階にある「メローバー」だ。アメリカンチェリー材で作った全長11mのカウンターが美しい。椅子に腰を下ろすと、吹上浜と東シナ海の絶景が見渡せる。
レコードでバリー・ホワイトの歌を聴きながら、この完璧なバーを創り上げた見識の高さに感銘を受けていた。嘉之助蒸溜所には、このように物事の核心を突いた要素がまだたくさんある。
物語は始まったばかりだ。「KANOSUKE SATSUMA SINGLE MALT JAPANESE WHISKY」と書かれたダミーボトルの中には、色を付けた水が入っているだけ。だがこの日に味わったニューメイクの味わいは素晴らしかった。蒸溜所の至る場所に、本物の品質を生みだす意欲と期待が満ち溢れている。
ウイスキーづくりの進捗を確かめるため、再びここに戻ってくる日が待ち遠しい。2018年11月からは2年目のシーズンが始まるが、それさえ待ちきれないかもしれない。なぜならこのメローバーから眺める夕陽が、創造を絶する美しさであると教えてもらったからだ。