スモーキーなウイスキーが好きな人なら、ずっと気になっているはず。アイラと本土のピートの違いは? フェノール値とフレーバーの関連は? ピートにまつわる知識を整理する3回シリーズ。

文:フェリーペ・シュリーバーク

 

今となっては遥かな過去の話に聞こえるが、まだ蒸溜所でビジターツアーやウイスキーテイスティングが盛んにおこなわれていたとき、ピートの効いたウイスキーが登場するとさまざまな質問が飛び交っていたものだ。

「このウイスキーのフェノール値は何ppmですか?」

興味津々のファンたちが、ウイスキーの特性を数値で理解したがっている。これはフェノールの含有量をppm(パーツ・パー・ミリオン)つまり百万分率で尋ねる質問だ。1ppmは0.0001%で、10,000ppmが1%に相当する。

ブランドの代表者やウイスキー業界の識者が、フェノールの数値を答える。理論上は、その数値によってウイスキーに含まれるピートのレベルが測られることになる。この指標はウイスキー業界がみずから設けたものだ。ウイスキーファンは、スピリッツのppmが大きければ大きいほど、ピートの効いたアロマやフレーバーが多く含まれると推測する。

この論理に従うと、ピートをたくさん使ったウイスキーはフェノールの量が多くなり、グラスに注いだウイスキーの中にもスモーキーなアロマとフレーバーをたくさん抱えていることになる。 例えばベンロマックのライトなピート香は、 40ppmのラフロイグに比べると霞んで見えるかもしれない。だがそのラフロイグも、80~309ppmというスーパーヘビー級のオクトモアに比べれば軟弱だと思われているかもしれない。

だが実際は、そんなに単純な話でもない。ウイスキーの風味を決める要素は数え切れないほど多様である。またグラスから表現されるアロマやフレーバーで、ピートが果たす役割も複雑だ。実際のところ、フェノール値とスモーキーな香りの関係には、まだ未確認の要素もたくさんあるのだ。

実際にオクトモアを味わってみると、香りや味わいがラフロイグより2倍以上スモーキーだという印象はない。このことからも、ウイスキーの香りや味わいにはたくさんの異なった要素が複雑にからまっていることがわかる。ピートの効いたウイスキーの特性を官能評価するときに、他の要素からピート香だけを抜き出して語ることは極めて困難なのだ。

 

ピートからスモーキーな風味が得られるわけ

 

ピート(アイルランドでは「ターフ」、日本語では「泥炭」)は、苔や草などの植物が酸素のない環境で十分に分解されず何万年も堆積した地層だ。掘り出したときは泥と粘土に似ているが、乾かせば可燃物になる。かつてはケルト民族にとって主要な燃料源だった。現在はスコットランドのハイランド地方や島嶼部の住人が、乾燥させてレンガ状に切り分けたものを暖炉にくべている。

ウイスキーの世界におけるピートは、製麦された大麦麦芽を乾燥させるためにキルンのオーブン(炉)で焼かれる。このピートの煙はフェノールを大量に含んでおり、煙が大麦に吸着することでウイスキーにも特有の香りや味わいを授けることになる。表現するなら、スモーキー(煙たい)、ミーティー(肉っぽい)、メディカル(薬っぽい)なアロマとフレーバーである。

ここで有機化学のおさらいをしておこう。フェノール(またはフェノール類)は、芳香族炭化水素基(炭化水素から水素原子1個または2個以上を除いた残りの原子団)の上にヒドロキシ基を持つ有機化合物(酸素原子1個と水素原子1個が結合)と定義されている。フェノール類のうち最も単純なものは、フェノールC6H5OHである。

キルンで炉にくべられたピートから、フェノールたっぷりの煙が出る。この煙で大麦モルトを乾燥させることにより、湿った大麦の殻にフェノールが付着する。これがスモーキーなアロマやフレーバーの正体だ。

スコッチウイスキー研究所でシニアサイエンティストを務めるバリー・ハリソン博士が説明する・

「ウイスキーに含まれるフェノールの仲間は、大きく2つのグループに分類できます。ひとつがフェノールで、もうひとつがグアイアコール。前者のフェノールが薬っぽい香味を表現しがちなのに対して、後者のグアイアコールはスモーキーで甘い香りを表現します」

ハリソン博士が共同執筆者となった2009年の研究では、スコットランドの異なった地域から地層の深さも変えてピートを採取。それぞれのピートに含まれる化合物を細かく識別した。検出された106種類の化合物のうち、46種類がフェノール類だった。さまざまなピートに、それぞれ異なった量の化合物が含まれている。だがハリソン博士いわく、なかには同じフェノール類でもウイスキーの風味として識別されにくいものもあるのだという。

「ピートの中には、それぞれ異なった量のフェノール化合物が含まれています。でもそれを嗅覚や味覚で感知できるかどうかも、その化合物ごとに大きく異なっているのです」

ハリソン博士によると、どんなに鋭敏な嗅覚や味覚を持った人でも、それぞれのフェノール化合物を識別するのは至難の業だという。そして個々のフェノール化合物がどこまでウイスキーの風味に影響を及ぼしているのかを知るのは、基本的に不可能だと思われる。

「ピートに含まれる非フェノール系の化合物が、フレーバーのなかでどれくらい影響を及ぼしているのかはまだわかっていません。それを解明しようと取り組んでいる最中なのです」

ハリソン博士が採取したピートのサンプルには、さまざまに異なった量のフェノール化合物が含まれている。理屈からいえば、異なった地域で採掘されたピートは、それぞれ異なったフレーバーをウイスキーに与えることになる。例えばオークニー諸島にあるハイランドパーク蒸溜所は、使用するピートのなかにヒースの割合が多いことで注目されている。

ハイランドパークによると、オークニー産のピートを燃やすことで、炭水化物ベースのフェノール化合物が多く生まれる。堆積されていたヒースの木質素(植物の細胞壁間に存在する高分子重合体)が破壊されることで、より甘味の強いスモーク香が感じられるのだという。
(つづく)