どこがすごいの? 長濱蒸溜所の現在

June 16, 2022

開業わずか5年の間に、世界的なアワードで受賞を重ねてきた日本最小規模のウイスキー蒸溜所。その人気と実力の秘密を探るため、琵琶湖畔の長濱蒸溜所を訪ねた。

文:WMJ
写真:谷口菜穂子

 

2016年は、日本国内でたくさんの新しいウイスキーメーカーが誕生した年。その中でも、長濱蒸溜所は日本最小規模の設備でまず注目を集め、構想からわずか7カ月強で生産を開始した異例のスピード感も話題になった。当時の様子は、開業直後のレポートにも詳細されている。

スタートダッシュのスピードは、そのまま衰えることがなかった。何よりも驚くのは、操業開始から5年とは思えないほどの商品群だ。個々の品質にも確かな裏付けがあり、ニューポット、シングルモルト、ワールドブレンデッドなどの多彩な商品がWWAやIWSCなどの国際賞で高く評価されてきた(最新の受賞情報はこちらから)。

限られた2階層のスペースに、粉砕から蒸溜までの設備を集約。日本最小規模の蒸溜所は、多くの手作業によって日々運営されている。

この小さな蒸溜所は、数ある他の新興メーカーとどう違うのか。素朴な疑問をいだきながら、北陸本線の長浜駅に降り立つ。琵琶湖畔にも近い長濱蒸溜所までは、駅から歩いて5分ほどの距離だ。

長濱蒸溜所は、長濱浪漫ビールの醸造蔵にある。長濱浪漫ビールは、地元長浜市の企業や市民が株主となって1996年に開業し、近畿地方で3番目にクラフトビールの製造を始めた。醸造蔵の中にはレストランもあり、食事で訪れた人はウイスキーづくりの工程に関わる設備をすべて一望できる。

糖化と発酵は、ビール醸造用の設備と併用している。発酵後のもろみ(ウォッシュ)は、ホヤ社製アランビック型スチル(容量1,000L)で2回蒸溜する。3基のうち2基が初溜釜で、残る1基が再溜釜だ。ディスティラーの井原優哉さんによると、2018年にスチルが増設されて生産量が増えたのだという。

「同時にスタッフも増員し、シフト制で1日に2バッチをこなすようになりました。そうやって、生産効率が大幅に向上したんです。でもスペースは増やせないので、手作業に頼るスタイルはずっと健在ですよ」

スタッフはいつも設備の周辺を忙しく動き回っている。生産量は増えたが、1バッチ425kgという生産単位は依然として日本で最小クラスである。

長濱蒸溜所が掲げる「一醸一樽」というスローガンは、このバッチ単位の多様性を謳ったものだ。これまでに発売したシングルモルト商品は、すべてがカスクストレングスのシングルカスク。ラベルには蒸溜日、瓶詰め日、ボトル番号、度数、樽番号、樽種別、モルトタイプ、蒸溜者名などのデータがスタンプと手書きで表示されている。ほとんどの商品が500本以下の小ロットで、ラベル貼りは少人数のスタッフによる手作業だ。だが売れるスピードは速く、多くは発売直後に完売してしまう。
 

思いついたら即実行

 
長濱蒸溜所を率いる伊藤啓さんは、酒販店の社長でもある。長濱蒸溜所の主力商品「アマハガン」は、伊藤さんの豊富なネットワークから生まれたワールドブレンデッドモルトウイスキーだ。ちなみに一見ゲール語のような「AMAHAGAN」は、「NAGAHAMA」の文字を逆に並べたアナグラムである。

「アマハガン」の中身は、長濱蒸溜所のモルト原酒に輸入原酒をブレンドしたもの。この輸入原酒には約20種類があり、スコットランドの有名蒸溜所などから調達している。そして熟成樽のバラエティも多彩だ。バーボン樽やシェリー樽はもちろん、赤ワイン、各種酒精強化ワイン、ブランデー、日本酒、梅酒など約40種類。これは世界中の酒造メーカーと取引がある酒販店の強みでもある。

閉校した小学校には、貯蔵庫とラボの機能がある。古い理科室の棚から原酒を選ぶ伊藤啓社長。

加えて、国内唯一の洋樽メーカーである有明産業から重要な特注樽を仕入れている。これまでWWA部門最高賞に輝いた2種類のアマハガンも、おそらくミズナラやチェリーウッドの日本的な香りが海外の批評家たちを魅了した成果だろう。

造れないものは調達する。それがバイヤー人生で培った伊藤さんらしい哲学だ。これまでに三郎丸蒸留所(富山県)、江井ヶ嶋酒造ホワイトオーク蒸留所(兵庫県)との原酒交換から、ジャパニーズブレンデッドモルト「INAZUMA」が誕生。本場スコットランドでは古くから蒸溜所同士の原酒交換が盛んだが、日本では前例がなかった。長濱蒸溜所が主導する取り組みのおかげで、ジャパニーズブレンデッドモルトウイスキーは俄然面白いカテゴリーになっていくだろう。

長濱蒸溜所では、ノンピートだけでなくピーテッドの大麦モルトも原料にしている。ハウススタイルが定まらないほど多様な原酒を熟成中だが、しっかりしたモルトの風味が特徴なのだとブレンダーの屋久佑輔さんは説明する。

「長濱モルトはモルティな酒質なのですが、蒸溜時間が長めなので骨格のしっかりとした印象も加わっています。アマハガンに使用している他のスコッチ原酒も、同じようにモルト香がしっかりしたタイプなのでミスマッチがありません」

コラボレーション商品の多さで、長濱蒸溜所の商品棚はいつも賑やかだ。人気コミックや有名ミュージシャンとのコラボでは、サーバーがダウンするほどの反応も経験した。最近もウクライナ支援ボトルなどで蒸溜所の意思を表明している。

伊藤さんはスピリッツのバイヤーとして世界中を股にかけ、即断即決の取引によって業界内の信用ネットワークを広げてきた。長濱蒸溜所でも、面白いと思ったらすぐに実行する。うまく行かなかったら、計画を修正すればいい。商品企画を夕方に思いついて、翌朝にはもうラベルデザインができているほどのスピード感だ。試行錯誤の繰り返しから、前例のないイノベーションや豊かなストーリーが生まれてくる。
 

インパクト満載の蒸溜所体験

 
長濱蒸溜所の見学は、この小さな蒸溜所だけでは終わらない。車で20分ほど走ると、山麓にある小学校(2018年に閉校)に到着した。緑に囲まれた2階建ての旧校舎を、まるごと貯蔵庫に使用しているのだ。校長室、職員室、各学年の教室には、さまざまな種類の樽がダンネージ式で置かれている。閉校前の張り紙や教材がそのまま残されており、まるで時間が止まったような場所だ。中庭では、海を越えて届けられた空樽たちが出番を待っている。

極めつけは理科室だ。ここでは長濱モルトなどのさまざまな原酒が調合され、各商品の処方が決められる。つまり各商品の複雑な香味が生み出されるブレンダー室のような場所である。この部屋では「長濱ウイスキーラボ」も開催され、一般の参加者がプロさながらのブレンディングを実地で体験できる。同様のイベントは2021年に東京の新宿や渋谷でも開催され、大きな反響を呼んだ。

大人気の「蒸溜体験ツアー」などを通じて、ファンの輪を広げている長濱蒸溜所。その運営スタイルは極めてユニークだ。

旧校舎の貯蔵庫も十分にユニークだが、驚くのはまだ早い。小学校からさらに山深い道を進むと、今はもう使われていない旧道のトンネルが現れた。扉には「NAGAHAMA Aging Cellar」の文字。全長300メートルほどの横穴に入ると、ここでもたくさんの樽が熟成中だ。山塊の体内を思わせる神秘的な場所で、両端の出口に取り付けた扉を開閉しながら湿度を管理しているのだという。

小学校とトンネルでの熟成は、ただでさえ多彩な樽原酒の香味に独特な個性を授けてくれることだろう。スペースのないマイクロディスティラリーだからこそ、極めてユニークな場所との出会いがある。この2箇所の貯蔵庫の他に、琵琶湖のパワースポットと呼ばれる竹生島や沖縄で熟成中の樽もあるのだと伊藤さんは明かす。

このように極めてユニークな貯蔵庫でのブレンディングや、蒸溜所でのウイスキーづくりは1泊2日の「蒸溜体験ツアー」で満喫できる。各回定員6名で、参加費は44,000円(税込)。月にほぼ1回のペースで開催しているが、卒業生の数も300人に届きそうな勢いだ。InstagramTwitterで告知すると、全国各地からすぐに予約が入る。

少人数ならではの濃密な体験は満足度が高く、ウイスキーフェスティバルの出展ブースでは卒業生たちが同窓会のように集って盛り上がる。パーソナルな体験がオンラインの口コミで広がり、ファン層は着実に広がっていく。これは日本におけるウイスキーツーリズムのもっとも先進的な事例だ。愛好家でも初心者でも、気軽に長浜まで足を運んでほしいと伊藤さんは語る。

「長浜は東海道新幹線の米原駅からアクセスが良く、蒸溜所は長浜駅から徒歩5分なのでお酒を飲んでも楽に帰れます。琵琶湖周辺には歴史的な名蹟も多いので、ぜひ旅程に入れていただけたら嬉しいですね」

これまではシングルカスクばかりだった長濱蒸溜所だが、今年はいよいよ多彩な樽原酒をヴァッティングしたシングルモルト商品も発売される予定だ。どんなスタイルを打ち出してくるのか、国内外のウイスキーファンは楽しみに待っている。だが伊藤さんは、さらにずっと先の未来を目指して働いているようだ。

「まだまだ、これからが本番ですよ。30~40年後にどうなっているのか、それを考えるのが楽しみで働いています。その頃には、とっくに仕事を辞めているはずですから(笑)」

企業のコンソーシアムではなく、人のつながりから生まれるコミュニティ。そこに関わる人々が、パーソナルなウイスキーの物語を育てていく。ジャパニーズウイスキーのルネッサンスはまだ始まったばかりだが、その先頭集団には小さくて大きな長濱蒸溜所がいる。

 

 

100年後に喜ばれるウイスキーづくりを目指して。長濱蒸溜所の公式ウェブサイトはこちらから。

 

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