ウイスキーの香味をデザインするには、樽材へのこだわりが不可欠。木目と熟成の関係は、魔法のような香味芸術への入り口だ。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

オーク材に含まれるタンニンなどの香味成分は、オークの品種によってその含有量や特性も異なってくる。そのためウイスキーの熟成用としては、その狙いに合致した品種が樽材として選ばれてきた歴史がある。

例えばアメリカンホワイトオーク(学名クエルクスアルバ)は比較的タンニンが少ないといわれているが、これは産地の気候によっても変化することがある。またイングリッシュオークやヨーロピアンオーク(学名クエルクスロブール)は比較的タンニンが多いといわれ、フユナラ(学名クエルクスペトラエア)はアメリカンホワイトオークとヨーロピアンオークの中間ぐらいであると説明されている。

トースト処理の準備中。トーストとチャーは、オーク材の香味成分を活性化させてスピリッツに染み出させるために不可欠の工程だ。

ただしこのフユナラは、ヨーロピアンオークよりもタンニン以外のアロマ成分が多いようだ。最近の研究によると、このようなオークの分類は厳密なものといえない。だが樹木に含まれる特定の成分量を比較することによって、かなりの精度でオークの品種が特定できる。

オークの品種意外にも、タンニンの濃度に影響を与える要因はある。そのひとつが日照時間だ。晴天が続くと、樹木には大きなエネルギーが与えられる。このエネルギーが多かった年はドングリがたくさん実り、その代わりに樹木内のタンニン濃度が低くなる。逆に日照のエネルギーが少ないと、ドングリがほとんど実らずに樹木内のタンニン濃度は高くなる。

一般的にいえば、樹木の成長が遅いと樽材のタンニンはソフトになり、樹木の成長が早いと樽材のタンニンがより強く押し出されてくる。これはどちらが良い悪いという問題でもない。重要なのは、蒸溜所ごとのハウススタイルに最も適した影響を与えるオーク材が選べるかどうかという判断だ。

タンニンのレベルが高くなると、独特のドライな味わいが強まってくる。これは蒸溜所にとって一種のリスクもはらんでいるが、スピリッツに十分な甘さがあればバランスが取れる。ドライな感触とスピリッツの甘さが一体となり、それがリッチな味わいとして評価されることにもつながるのだ。

つまりタンニンの量にまつわる良し悪しは、簡単に決められるものでもない。タンニン以外の香味成分についても同様だ。同じ森で育ったオーク同士でも、同じ木の異なる部分でも、ある種の成分の濃度は異なってくることもある。

 

トーストとチャーで熟成の速度をコントロール

 

どのようなタイプのオーク材であっても、風味成分を活性化する方法は同じ。そのひとつが材のトースト(加熱)だ。トーストのレベルにはライト、ミディアム、ヘビーと段階があり、特定の時間内に特定の温度で焼き付けることによってトーストのレベルを調整する。

熱源から樽材を離した状態で、遠赤外線によって加熱するのがトースト。これに対してチャーは直火を樽材にあてて炭化させる。

同じ品種のオーク材を使用し、木目の密度も同じような木材を使用している場合は、樽材から香味が移るプロセスも似ている。トーストのレベルを変えるだけで熟成後のスピリッツにおける香味の表現は異なってくるため、厳密な管理が求められるところだ。

例えばブラウン・フォーマン社では、どこの産地のオーク材であっても、トーストは10分、チャー(焼き付け)は36秒と決まっている。時間を揃えているのに樽材ごとの特徴が現れるのは、木目の密度のせいだという。同じ熱を加えた場合、クローズドな木目よりもオープンな木目の方がより深くまで熱が浸透する。これはトーストでもチャーでも同じことだ。

ブラウン・フォーマンのウイスキーイノベーション部門でバイスプレジデントとマスターディスティラーを兼任するクリス・モリス氏によると、木目がクローズドな樽材よりも、木目がオープンな樽材の方がバニリンやキャラメルの香りが強くなるという。

だがこの木目による比較には、さらなる問題がある。グレンモーレンジィでウイスキーの蒸溜、熟成、ブレンドを管轄するビル・ラムズデン博士は次のように指摘する。

「クローズドな木目でも樽材に内在している風味のポテンシャルは高く、むしろより濃縮されています。でもオープンな木目の方がスピリッツの浸透度が高いため、風味の抽出がより早く、しかも顕著になるのです」

 

木目の違いで熟成をデザイン

 

熟成期間中のどの時期に注目するかによって、樽材の効果はさまざまな変化を見せる。ASCバレルズ創設者のアレクサンドル・サコン氏によると、オープンな木目の樽材は最初の4ヶ月で大きな影響をスピリッツに与える。だがその後の抽出のスピードは遅くなるのだという。サコン氏は次のように説明する。

「クローズドな木目の樽材は、4〜8ヶ月で影響が現れて、その後徐々に影響を増加させていきます。オープンな木目の樽材よりも、幅広いフレーバーを提供するのが特徴です。孔が小さいことで酸化作用が促進されるため、フルーツのような香りも加えてくれるのです」

熟成用の樽は、もちろんオープンな木目の木材だけで組み上げることはできるし、クローズドな木目の木材だけで組み上げることもできる。だが大半の樽は、オープンな木目とクローズドな木目のミックスで組み上げられている。コストを考えると、そこまで細かい注文はできないのが現状なのだとモリス氏は言う。

革新的なウイスキーの香味を提案し続けてきたビル・ラムズデン博士。デザイナーカスクというコンセプトを推進する際も、木目の密度にはこだわっている。

「本当は木目の状態で樽材を選別し、同じようなタイプの樽材だけで組み上げられた樽を注文したい、でもそこまでこだわると、時間もコストも膨大にかかってきます。日常的に使うウイスキーでは現実的じゃありません」

さまざまな木目のオーク材が同じ樽に使われているということは、それぞれの樽材から異なったタイミングで香味成分が引き出されることになる。

だが近年は、多くの蒸溜所が樽の木目の密度にもこだわるようになってきている。そのまた樽工房としても、そのような細かい注文に応えることをビジネスチャンスと見なす向きもあるようだ。サコン氏によると、2〜3年前から木目について要望を伝えてくる蒸溜所が増えてきた。たが顧客の70%は、依然として木目よりもオークの品種についてこだわっている。

そのようなオークの品種や木目の状態まで、事細かに指定したがる人物の一人がビル・ラムズデン博士である。トーストやチャーのレベルはもちろん、木目の密度まで指定することで「デザイナーカスク」の戦略が可能になるからだ。

「デザイナーカスクを使用することにより、スムーズでクリーミーな熟成効果が増大します。さらには甘味も加わって、フルボディの仕上がりになるのです。デザイナーカスクの年間購入量はどんどん増えています。理想をいえば、使用するすべての樽がデザイナーカスクであってほしい。でもコストや供給スピードを考えると、現実的でもないので妥協も必要です」

樽熟成を重視するウイスキーメーカーは、これからも木目への関心を高めていくに違いない。オーク材が香味に及ぼす神秘的な影響については、まだまだ研究の余地がある。