ウイスキーの香味には、生産地のテロワールが表現されるという。ならば地球上でも特に極端な気候でつくられるウイスキーに注目してみたい。世界を股にかけた2回シリーズ。

文:ティス・クラバースティン

 

オランダが生んだ偉大なサッカー選手、ヨハン・クライフにはさまざまな伝説がある。ピッチ上で残した伝説はもちろんだが、その世界観や人生観も人々に大きな影響を与えた。 「どんな欠点のなかにも長所がある」という至言もそのひとつであり、これはある種の普遍的な真理を言い当てている。

世の中には、あえて辺鄙な場所や極端な気候の場所でウイスキーづくりを始める人達がいる。トラックが雪でよく立ち往生したり、大麦をはじめとする原材料がうまく届けられなかったりするほど辺鄙な立地だ。そんな場所は、白夜がかなり長期にわたって続いたり、ほとんど雨が降らないほど乾燥した気候だったり、天使の分け前(熟成中の揮発)が年間25%にも上るような環境だったりする。

極北の地でウイスキーをつくることは、あらゆる不便を意味する。だがオーロラ・スピリット蒸溜所は、さまざまな知恵で問題を乗り越えていく(メイン写真もオーロラ・スピリット蒸溜所)。

こんな環境でウイスキーをつくるのは、ほとんど無謀ではないのか。そのとおり。しかしヨハン・クライフの言葉を信じるなら、どんな欠点のなかにも長所は隠されている。つまり逆境ゆえのチャンスもあるはずなのだ。世界中の驚くべき場所で営まれるウイスキーづくりを探訪してみよう。

まずは赤道から遠く離れた北緯69度の地。オーロラ・スピリット蒸溜所の所在地は、ノルウェーの北極圏内にすっぽりと収まっている。リンゲンアルプスの山々に囲まれ、すぐそばには雄大なリンゲン氷河もある。どこを見ても北極圏の絶景が広がり、幸運なビジターは夜空を駆けるオーロラの光に酔いしれるだろう。

オーロラ・スピリット蒸溜所は、地元の農家からの協力を得ながら、北極大麦と呼ばれる品種の大麦でウイスキーをつくっている。この大麦品種は、第2次世界大戦までノルウェー北部でもっとも重要な穀物だった。

この地域で栽培された大麦は、いったん製麦のために南へ船で輸送されるのがならわしだった。だが実は、自力で製麦しようと試みた農家が1人だけいた。だが寒冷地での製麦は予想をはるかに超えて難しく、思ったような収量が効率的に得られなかったのだという。

そんな先人の経験も踏まえて、オーロラ・スピリット蒸溜所はドラム式の製麦機を蒸溜所内に導入した。製麦を自前でやるもうひとつの大きな理由は、カーボンフットプリントの問題だ。わざわざ大麦を南に送って輸送時に二酸化炭素の排出量を増やしてしまうのは、サスティナブルなウイスキーづくりを目指す蒸溜所の方針にふさわしくない。オーロラ・スピリット蒸溜所でヘッドディスティラーを務めるアレハンドロ・アイスピュロは説明する。

「地球上で最北の蒸溜所というキャッチフレーズは、確かにインパクトがありますよね。でも実際には原料の輸送も大変だし、あらゆるコストがかさむ。欲しい物もぜんぜん手に入らないといった問題だらけなのです。他の蒸溜所では考えられないような不便がありますよ」

真冬の気温はマイナス20˚Cを下回り、真夏は20˚Cにまで上がる。だが海に近いこのエリアは、北極圏の中で見ると比較的穏やかな気候なのだという。すぐそばを流れるメキシコ湾流の影響もあって、ノルウェー北部には一年中海が凍らない不凍港もある。

開業して数年の間、オーロラ・スピリット蒸溜所の樽はNATOの旧燃料庫で貯蔵されていた。だが現在は自前で建設したヴァイキング貯蔵庫がある。この蒸溜所も大きな建物とはいえず、樽を高く積み上げることはできない。
 

意外なほどにマイルドな極地の環境

 
蒸溜所内の気温の変化は穏やかで、昼夜の違いはせいぜい2〜3˚Cといったところ。季節による変動もそれほどではなく、12月の平均室温は5˚Cで、7月もせいぜい16˚Cだ。その反面、やはり北極圏ならではの特徴もある。それは夏季の3カ月間は太陽がまったく沈まない白夜となり、貯蔵庫のどこかに必ず日光が当たっている状態が続くのだ。

北極圏の大自然は美しい。極限環境のテロワールを活かしたウイスキーづくりは、ロマンチックな冒険の象徴でもある。

このように特異な環境は、どんな熟成効果をスピリッツにもたらすのだろうか。いわゆる天使の分け前はどれくらいになるのだろう。オーロラ・スピリット蒸溜所はまだ研究を続けている途中だが、近い将来には詳細なデータが明らかになるはずだ。

北極圏は寒すぎるので、ウイスキーの熟成に途方もない時間がかかるのではないか。開業前からそんな否定的な意見も聞こえてきたが、アレハンドロ・アイスピュロは気にしなかった。熟成の効率は、あくまでカスクマネジメントで調整できると考えたのだ。

使用する樽は、かなり大きなソレラ樽(シェリーバット)から容量40リッターの小さな樽までを併用している。小さな樽を使えば、スピリッツの量に対する樽材の接地面積が非常に多いため熟成が早く進む。そしてオーロラ・スピリット蒸溜所は、チーク材を始めとする変わり種の樽でも熟成を試みている。

アレハンドロ・アイスピュロが主張するところによると、このチーク樽は最初の数ヶ月で驚くべき熟成効果を発展させたのだという。

「多くの人は、寒い土地でウイスキーをつくるのが難しいと考えています。その理由は、熟成のスピードがゆっくりになるから。でも考えてみてください。私たちがつくっているのはウイスキーなんです。ウイスキーづくりは、そもそも時間がかかるもの。そんなに急いで結果が欲しい人は、最初からウイスキーづくりには向いていないんじゃないですか?」
(つづく)