取り扱いの難しさゆえに、多くの同業者が敬遠するライウイスキーづくり。だが試行錯誤の先には、誰も到達できない風味の境地があった。

文:ティス・クラバースティン

アメリカのライウイスキーは、初溜をコラム式スチルでおこなうのが一般的だ。だがパトリックは、ポットスチルのみで蒸溜されたライウイスキーにこだわっていた。しかもライ麦100%のライウイスキーは、本場アメリカでも珍しがられる存在だった(それは今でも変わらない)。つまりパトリック・ヴァン・ズイダムパトリック(ズイダム蒸溜所マスターディスティラー)は、ここオランダで世界の新境地を開拓していたのだ。

「ライ麦の風味が大好きなんです。ライ麦100%のマッシュビルにしたのは、単に風味が好きだから。ライ麦を使うのは大変ですが、その風味はとても魅力的なので、限界に挑戦したかったのです」

ズイダム蒸溜所マスターディスティラーのパトリック・ヴァン・ズイダム。ライウイスキーづくりの世界で、もっとも多様な試行錯誤を続けてきた一人である。

そしてパトリックは、その言葉通りに挑戦を続けた。最初は試行錯誤の連続だったという。製麦したライ麦50%と未製麦のライ麦50%の組み合わせは特に難しかった。ライ麦にはベータグルカンがたっぷりと含まれているため、マッシュの粘度が非常に高くなる。まるで壁紙に貼った糊のように、容器にへばりついてしまうのだ。そのため発酵を含むすべての工程で問題が発生する可能性がある。

パトリックは2種類の酵母を用いながら7〜9日もかけて麦汁を発酵させる。表面に出てくる炭酸ガスは、大麦モルトを発酵したビールのようなふわふわの白い泡にはならない。もっちりとした肉厚の泡が、ネバネバの液体から湧き上がってくるのだ。

「大麦モルトの場合は、私たちのように発酵の温度をコントロールできればウォッシュ(もろみ)が溢れる心配はありません。でもライ麦は違います。ライ麦100%のウォッシュが溢れ出して、足首まで浸かったことが何度もありますよ。そうなったら掃除も大変。ライ麦の場合は、穀物の総量を減らして、あらかじめ軽くしておくのがコツなんです」

発酵を制御して遅らせるため、酵母の量を減らしてみたこともあるが解決策にはならなかった。ライ麦のマッシュは乳酸や酪酸に汚染されやすく、それを防ぐためにも早くアルコール発酵を始める必要がある。だが早すぎると発酵槽から溢れ出すおそれもあるので、ちょうどいいタイミングを見計らう。

そして温度も上がりすぎてはいけない。高温状態になると、酪酸による汚染のリスクが高まるのだとパトリックは言う。

「赤ちゃんが吐いたミルクのような臭いの液体が、1万リットルもできてしまうんです。蒸溜してみましたが、酪酸の匂いは取り除けませんでした。温度管理された発酵容器がなければ、ライ麦の発酵は決してお勧めできませんね。そもそも楽をしたいのなら、蒸溜所なんて最初からやらないほうがいい」
 

実践を積み重ねて最高品質を目指す

 
パトリックのライウイスキーは2回蒸溜で、かつてはドイツのホルスタイン社製スチル2基で蒸溜していた。このスチルのネックに精溜器が付いているものの、ウイスキー製造で精溜器は使用しない。

現在はこのホルスタイン社製スチルが初溜専用となり、再溜はスコットランドのフォーサイス社が製造したスピリットスチルでおこなわれる。このスピリットスチルが設置されたのは3年前だが、同時に同じフォーサイス社製のウォッシュスチルも導入した。

長年やってきた蒸溜工程に、まったく新しいタイプのポットスチルを2基も導入するのは大胆だ。このような変化に慎重な蒸溜所もあるはずだが、パトリックの考えは違ったようだ。

実際のところ、パトリックはスチルの形状をあまり重要視していない。銅製のポットスチルなら、何でもいいと思っているようなふしもある。そんな姿勢はいかにも変わり者だが、パトリックには彼なりの自信があるのだ。

ライウイスキーだけでなく、大麦モルトを原料にしたシングルモルトウイスキーも生産する。ズイダム蒸溜所の「ミルストーン」は、独立心旺盛なオランダ人の気質を体現したユニークなブランドだ。

「何度か蒸溜の速度を調整したら、すべての問題は解決しました。そもそもウイスキーづくりの工程は、あらゆる細部がニューメークスピリッツに影響を与えるんです」

マーケティング担当者が、ウイスキーの香味をスチルの形状になぞらえて説明することがある。だがパトリックによると、実際のウイスキーづくりはそんな単純なものではない。もっと繊細な因果関係であるので、スチルの形状ばかりを気にしてもしようがないのだ。

「蒸溜所に生息する乳酸菌も影響があります。蒸溜所の特徴を語るときには、空気中の野生酵母やバクテリアも重要な役割を果たすというのが私の考え。つまり蒸溜所の特徴を説明できる小さな要素はたくさんあるということです。ポットスチルの形状だけでなく、糖化、発酵、酵母などのさまざまな要素があって、すべては穀物の品質から始まります」

その言葉の通り、ズイダム蒸溜所は、使用する穀物のほとんどを自給自足で栽培している。ライ麦だけでなく、大麦、小麦、トウモロコシも自前の畑で収穫する。最初に種を蒔いたのは12年前のこと。小さな畑からスタートした穀物栽培は、今や約85ヘクタール(210エーカー)にまで規模を広げた。もうパトリックが他の農家から穀物を購入する必要はほとんどない。

畑がどんどん広くなったのは、収穫量を重視した結果ではないとパトリックは言う。風味重視で穀物を栽培してきたらそうなったのだ。

「アルコール収率を上げたいなら、デンプンを多く含む大きな穀粒が必要になります。でもそのような品種は風味が良くありません。いろいろ試しましたが、小粒なライ麦の方が風味を強く感じられます。過去最高のライ麦は、雨の少ない年に栽培されたもの。穀粒は小さすぎるほどで、収穫量も1ヘクタールあたり3トンほどでした。とんでもなく低い数字なのですが、フレーバーは素晴らしかったんです」

ライ麦の品種や栽培方法など、パトリックは生産に関わるすべてを管理している。ライ麦の品種や栽培方法を自分で選べることには、非常に大きな意味がある。これもパトリックが父親から教えられた価値観の表れだ。これまでつくった中で、ベストな出来映えのウイスキーは何か。そんな質問に、パトリックはいつも用意している答えがある。

「今日、樽に詰めたばかりのウイスキーが、私のベストウイスキーです。これまでさまざまな失敗や教訓に学びながら、ウイスキーづくりを向上させてきました。ライウイスキーをつくり始めてから、20年以上の経験があるんです。だから現在がベストなのですが、学ぶべき教訓はまだまだあります。だから日々精進して、さらなる上を目指すだけです」