コニャック地方のウイスキーづくり【第3回/全3回】
文:ヤーコポ・マッツェオ
地元の水、シャラント式の蒸溜器、コニャック伝統の蒸溜技術。そしてこの地域ならではの樽が、ウイスキーの個性をさらに際立たせている。スピリッツ業界のコンサルタント、アレクサンドル・ヴァンティエがコニャック地方の樽事情について教えてくれた。
「コニャックでは何百万本もの樽が貯蔵されており、貯蔵庫のスペースも十分にあります。ウイスキーを熟成させるためには樽が必要で、熟成プロセスの知識も必要になりますが、ここにはそのすべてがすでにあるのです。実際にフランスのワインやスピリッツに使用される樽は、全体の30~40%がここシャラント県で生産されています」
コニャック樽は、ウイスキー業界にとって目新しいものでもない。グレンファークラス、グレンモーレンジィ、アラン、キルホーマン、バルヴェニー、グレンリベット、シーバスリーガルなど、熟成やフィニッシュにコニャック樽を使用しているブランドはたくさんある。
これをコニャック地方から見ると、コニャック樽を地元産ウイスキーの熟成樽として使用するのは当然の流れだ。コニャック地方のウイスキーメーカーは、コニャック樽を潤沢に入手できる。それだけでなく、特別に希少な樽が手に入れられる立場でもある。アルフレッド・ジローには、60年以上コニャックを貯蔵していた樽も使用されているのだとARスピリッツのアーノルドは明かす。
「私たちが使用する樽材の多くはリムーザンオーク。リムーザンの森は、コニャックからわずか数キロという近さです。オーク材で組み上げたばかりの新樽は買いません」
使用するのは、5〜10年コニャックを熟成した樽。これがARスピリッツのウイスキー『プラネタイ』のニューメイクスピリッツに完璧なほどマッチするのだとアーノルドは言う。
「別の商品『ムッシュ・サルノフスキー』用には、15年もののコニャック樽を使用しています。この樽でウイスキーを熟成すると、砂糖漬けのフルーツや、ジャスミン、シナモンのようなスパイシーな香りも授けてくれます」
クラフトビールと一緒に成長
シャラント県のウイスキーづくりを舞台裏から見ると、その活気や将来性に驚かされる。フランスのクラフトビール業界で屈指の知名度を誇るラ・デボーシュ醸造所は、最近になって成長著しいシャラントのウイスキー業界にウォッシュ(もろみ)を供給するため、新しい醸造所を立ち上げて事業を拡大した。
セーラム・ブルーイング社(ラ・デボーシュのウイスキー部門)で、技術部門の営業を担当するマイ・ダオが事業について説明してくれた。
「ラ・デボーシュは、2013年に創業したクラフトビール醸造所です。コニャック地方では蒸溜や樽熟成のノウハウが豊富な反面、ビール造りの経験がほとんどありませんでした。それがフレンチウイスキーに巨大な市場があることがわかると、各社からレシピ開発や醸造の依頼が届くようになったのです」
ラ・デボーシュは当初、創業地でそのようなリクエストに応じたウォッシュを醸造していた。しかしビールファンとウイスキーファンが増えるにつれて、両方の顧客から寄せられる需要に追いつかなくなった。
「ラ・デボーシュは、本拠地の醸造所でいろんな注文を受けていました。でも巨大なコニャック蒸溜所のためにウォッシュを造るほどの設備はなかったんです。そこで昨年、200HLのタンクを設置しました。それ以前は10HLと50HLのタンクだけだったので、かなり大きな投資です。そしてウイスキー用のセーラム・ブルーイング社を別の場所に設立し、より大きな醸造ユニットを導入することにしました」
設立からまだ2年のセーラム社だが、すでに10社以上のフレンチウイスキー銘柄にウォッシュを供給している。その大半はスピリッツバレーにあり、それもコニャック地方に集中している。そして最近では、さらに南のアルマニャック地方へも進出しているのだとダオは明かす。
「最初は、蒸溜所がコニャックをつくれない夏の間だけ忙しくなると思っていました。でも今では一年中とても忙しい状態が続いています」
長年にわたるウイスキー製造の伝統がないことで、規制や技術の制約がない。そのためフランスの蒸溜所は、革新的で実験的なニューワールドウイスキーの道を自由に歩めるのだとダオは言う。そしてウォッシュ製造にビール醸造家の意見を求めることは、ますます過当競争が進んでいく市場の必要性からも来ているのだという。
「フランス人は自国や故郷の文化を愛しているので、フランスのものなら何でも大好き。だからこそ、フレンチウイスキーはこれほどまでに成長しているのです」
穀物や酵母の種類を変えてみたり、注文に応じたアドホックなウォッシュのレシピを開発することにも余念がない。これは革新を追求する手段でもあるが、それ以上に各社がユニークなセールスポイントを獲得する鍵にもなる。
「セーラムでは、大麦モルト以外にも特別な穀物原料を使っています。例えば、小麦とライ麦で独自のマッシュビルを組んでみたり。発酵の温度を下げて、発酵時間を伸ばしたりする試みも実践しています」
個性的で実験的なウォッシュのレシピが求められている。そんな需要の高まりに応えるように、新しい製麦業者も登場しはじめた。マルテリー・ド・ウエスト社は、2017年に創業された職人的な製麦業者である。従来型の栽培と有機栽培を両立しながら地元産の穀物にこだわり、地元のビール業界やスピリッツ業界のニーズに応えて高品質な麦芽を提供している。
華々しい蒸溜酒産業の伝統を基盤に、シャラント県のウイスキーづくりは短期間で目覚ましい発展を遂げている。穀物栽培からボトリングまでが地元で完結できるため、あらゆる側面で理にかなったウイスキー生産地でもある。まだまだ新興ながら、自立したウイスキー産業へと変貌していく様子からは目が離せない。