優れたブレンデッドウイスキーの処方には、並外れた知識と技術が必要だ。熟成年数が長い原酒ほど、ブレンダーの作業は繊細と複雑を極めてくる。

文:アレックス・メニー

 

長期熟成原酒の予測不可能性は、ブレンダー室の仕事を複雑にしている。その難しさを語るのは、シーバス・ブラザーズのブレンディング&インベントリー担当ディレクターを務めるサンディ・ヒスロップだ。

「一度混ぜたら、元には戻せません。この大原則を何度も思い返してブレンドに臨みます。綿密な事前のテイスティングと原酒の品質チェックが、ブレンドのプロセスには不可欠です」

例えば「バランタイン 30年」(2024年のワールド・ウイスキー・アワードでワールドベスト・ブレンデッドウイスキーに選出)では、まずテスト容器でヴァッティングする前にそれぞれの樽原酒を試飲する。その後、ミニチュアのビーカーでブレンドが調合されて風味を構成。ボトリングの許可を出す前に、過去のバッチと比べて香味を照合する。

バランタインやシーバスリーガルなどのブレンドを手がけるマスターブレンダーのサンディ・ヒスロップ。メイン写真は「ジョニーウォーカー ブルーラベル エルーシブ ウマミ」を開発したマスターブレンダーのエマ・ウォーカー(左)と小林圭シェフ(右)。

このレシピに合意がなされた後でも、予想外の変化がないことをダブルチェックするため、それぞれの樽原酒を再びノージングしてからようやく本番のヴァッティングに向けて樽から原酒が取り出される。

デュワーズのマスターブレンダーを務めるステファニー・マクラウドも、原料の予測不可能性については率直だ。

「長期熟成の樽原酒を扱うプロセスは、90%が楽しくてウキウキ。でも残りの10%はムカつく体験もあります。チーム内のテイスティングで感動した原酒が、樽を調べてみたらほとんど蒸発して空だったなんてこともありました。古い樽ほど、こんなことが起こるんです。毎年2%ずつ蒸発していくので、特に酒齢25年以上の原酒は要注意ですね」

この問題に対処するため、デュワーズでは新しいレシピ構築プロセスを導入した。最初の選定を通過したすべての樽について、ブレンド前に再び樽の状態をチェックするのだ。アルコールが徐々に揮発している原酒でも、アルコール度数が40%以上を維持していなければ使えない。商品化の際に、一体何リットルの原酒が使えるのかを把握しておく必要もある。

このようなプロセスには、ブレンダーという仕事の職人的な側面が色濃く現れる。だがレシピを設定する際には、マーケティングと一体化した21世紀のウイスキーづくりも忘れてはならない。ジョニーウォーカーのマスターブレンダーを務めるエマ・ウォーカーは語る。

「どんなウイスキーをつくるときでも、必ずブランドチームの仲間たちと協力しあいます。ウイスキーを商品化するときは、誰が飲んでくれるのかを全員でイメージしているからです」

オールドブレンデッドのウイスキーと出会ったとき、まず頭に浮かぶ疑問のひとつは持続性だ。このウイスキーは定番のポートフォリオの一角を占めるのか。それとも一度きりの限定版なのか。前者の場合、ブレンダーはこの先10年以上にわたって確実に同じ香味を再現できる在庫を確保していなければならない。

だが限定発売商品の場合は、珍しいプロフィールを持った古いウイスキーを探し出して自由に使える利点がある。エマ・ウォーカーがそんな例を教えてくれた。

「ジョニーウォーカー ブルーラベル エルーシブ ウマミがいい例です。チームが『旨み』を連想させる香味の原酒を選び出して、消費者がウイスキーを料理とペアリングするきっかけになるような味わいにしました」
 

ブレンドを成功させる秘訣

 
各蒸溜所ならではの個性も不変ではなく、長い熟成期間を経て変化していく可能性がある。ステファニー・マクラウドは、古いブレンデッドウイスキーをさらに樽内で寝かせることで、より大胆かつ複雑な風味を実現している。デュワーズの「ダブルダブル」シリーズでは、4段階の熟成プロセスの一環に3種類のシェリー樽熟成を組み込み、まろやかに一体化した素晴らしいブレンデッドウイスキーを生み出した。

またオールドブレンデッドを処方する際には、シングルモルトやシングルグレーンなどのウイスキーと同様に、複数のタイプの熟成樽をうまく組み合わせることが重要になる。これはサンディ・ヒスロップによる説明だ。

デュワーズのステファニー・マクラウドは、ダブルエイジングをさらに進化させた「ダブルダブル」シリーズでファンの賞賛を浴びている。

「私にとって複雑さとは、長い熟成期間に樽材の影響を管理し続け、スピリッツに備わった香味を補完し、それらの特性が邪魔し合わないようにすること。セカンドフィルの古樽でバランスをとったり、ファーストフィルの樽でトップノートを表現したりするような細かい香味設計が必要になります」

長期熟成の原酒を扱う際は、もちろんブレンダーにも重圧がかかる。だがこのような原酒は創造力を掻き立て、素材に対する尊敬の念も想起する。そこには歴史と伝統の威光も大きく立ち上がるが、怖気付くよりもむしろ勇気を与えてくれるものだとエマ・ウォーカーは言う。

「今後も二度とつくられることのないウイスキーに、みずから携わって手を下せるのは名誉なことです」

ウィリアム・グラント&サンズ社で「ハウス・オブ・ヘーゼルウッド」の担当ブレンダーを務めるエイリー・ミュアも、長期熟成の原酒をブレンドするときには必ず先人たちへの想いが脳裏に浮かぶようだ。

「スピリッツ製造、熟成、ブレンド、樽製造など、あらゆる作業に携わった先人たちへの尊敬の念が浮かびます。これがオールドブレンデッドを処方する喜びですね」

そしてサンディ・ヒスロップは、もっと率直に伝統の重圧について語ってくれた。

「歴代のマスターブレンダーは、みんな本当に素晴らしい仕事をしてくれました。だから自分の代で失敗する訳にいかない。ウイスキー業界で40年目を迎えますが、私の仕事はこの伝統の炎を絶やさずに守り続けることです」

ウイスキーファンの中には、希少な長期熟成のグレーンウイスキーやシングルモルトウイスキーを崇める人たちがいる。長い熟成年数こそが、最大の価値だと考えるのも無理はない。しかしブレンダーたちは、貯蔵庫の在庫を管理し、テイスティングし、計量し、実際に味わってもらために希少な原酒を樽出しする。それは熟成年数が単なる数字ではないことを証明するためでもある。