ブレンデッドウイスキーには、驚くほど古い原酒を調合した特別な商品もある。シングルモルトとも一味違うブレンディング技術など、オールドブレンデッドの名匠たちと語り合う2回シリーズ。

文:アレックス・メニー

 

貯蔵庫で眠っていた長期熟成の原酒を樽出しするとき、ブレンダーはどんな重圧を感じるのだろうか。デュワーズのステファニー・マクラウドは、偉大な作曲家の言葉を引用しながらこう答えた。

「伝統とは灰を崇拝することではなく、火を絶やさずに守ること。グスタフ・マーラーの言葉です。マスターブレンダーである私にも、175年以上存続してきたデュワーズブランドの名声を守る責任があります」

老舗ブランドを背負うマクラウドの立場は、クラシックの伝統を守ろうと苦心するマーラーに通じるものがあるのだろう。だが現在のウイスキー市場を眺めてみると、マーラーが危惧した「灰の崇拝」を思わせる長期熟成のウイスキーが散見されるのも事実だ。

デュワーズのブレンディングを統括するステファニー・マクラウドは、長期熟成原酒を用いたブレンデッドウイスキーでスコッチの伝統を継承する。メイン写真はウィリアム・グラント&サンズで「ハウス・オブ・ヘーゼルウッド」のブレンディングを担当するエイリー・ミュア(右)とウイスキー評論家のデイヴ・ブルーム(左)。

人間の年齢と同じように、酒齢は単なる数字に過ぎないと主張する人もいるだろう。だがブレンデットウイスキーの中にも、シングルモルトと同等(あるいはそれ以上)に優れたウイスキーがあると考える消費者は増えている。そのような新しいファン層のニーズに応えるため、熟成年数を売りにするブレンデッドウイスキーがもてはやされているのは間違いない。

オールドブレンデッドと呼ばれるウイスキーの中には、オークションで高値で取引されるものもある。熟成年は短いがボトリングから何十年も経っているという「古さ」が売りのウイスキーもあれば、長期熟成の原酒を最近になってボトリングした商品もある。後者のウイスキーは、ハウス・オブ・ヘーゼルウッドやラスト・ドロップ・ディスティラーズといった銘柄で市場に送り出され、その種類も分量も増えるばかりだ。

このような現象が起こる背景には、ウイスキー業界の事情もある。コンパスボックスのウイスキー製造部長に就任したばかりのジェームズ・サクソンが次のように説明してくれた。

「スコッチウイスキーのボトルはタイムカプセルです。そしてブレンデッドウイスキーは、シングルモルト以上に時代を映す存在。原酒が蒸溜された当時に、スコットランドの蒸溜所で主流だった製造方法やアプローチが反映されているからです」

このような古いブレンデッドウイスキーに出会える幸運な人は、閉鎖された蒸溜所やほとんど原酒が残っていない 「ゴースト」と呼ばれる蒸溜所のウイスキーをブレンドの中で体験できたりする。フロアモルティング、直火式蒸溜所、酵母や大麦の古い品種など、今となっては特殊な原料や工程でつくられた最後の1滴が含まれている可能性もあるのだ。
 

長期熟成原酒のさまざまな魅力

 
製造技術だけではない。デュワーズのマスターブレンダーを務めるステファニー・マクラウドは、オールドブレンデッドの哲学的な魅力についても指摘する。

「50年前のウイスキーを人生の時間になぞらえてみると、そこには感動的な宿命を感じます。当時ウイスキーを蒸溜し、樽に詰めた人々は、そのウイスキーがどんな完成品としてボトルに詰めらるのか知る由もなかったはず。それでも全員が持てる知識と矜持のすべてを注いでつくったスピリッツは、当時の最高品質を追求していたことに変わりありません」

長期間の熟成を経たブレンデッドウイスキーは、さまざまな理由から羨望の対象になる。そこにはウイスキーづくりの歴史や、時を超えた職人芸といった要素もあるだろう。だがもちろんウイスキーそのものの味わいも、消費者を満足させるような品質を備えていなければならない。ジョニーウォーカーのマスターブレンダーを務めるエマ・ウォーカーにとって、古い貯蔵原酒の主な魅力はテクスチャーであるという。

ジョニーウォーカーで、7代目のマスターブレンダーを務めるエマ・ウォーカー。潤沢な在庫から長期熟成の原酒を使用した高級ブレンデッドウイスキーを次々に送り出している。

「私の経験では、モルト原酒もグレーン原酒も、ある一定の熟成年を超えるとクセがなくなってまろやかになります。深みが出て、風味が豊かになり、贅沢な味わいに変わってくるのです。若くて元気な原酒にはない、うっとりするほどの美味しさを表現する側面があるのです」

しかし長期熟成の原酒には、扱いにくい面もある。望んだ熟成年数に達するまで寝かせた樽内の原酒が、必ず期待通りの味わいを発揮してくれる保証はないからだ。ウィリアム・グラント&サンズ社のブレンダーとして、プレミアムシリーズ「ハウス・オブ・ヘーゼルウッド」のコアコレクションを手がけるエイリー・ミュアは次のように説明している。

「古い原酒のストックには、常に予測不可能な要素があります。このような意外性は、出自である蒸溜所の特徴に予想外の特徴を加えたりするもの。おかげで宝石を発掘したような感動もあれば、その反対もあるのです。ブレンデッドウイスキーの処方で規定の風味プロフィールを構築する際に、良くも悪くも未体験の振る舞いをするスピリッツがあるということです」

つまり古い原酒ストックが、ブレンダーの期待を翻弄したり覆したりすることもある。この点については、エマ・ウォーカーも同じ意見だ。その好例が、ブローラ蒸溜所の長期熟成原酒であるという。

「ブローラを長期熟成すると、ややカビっぽいランシオ香が生まれてきます。ブローラらしい畑のような匂いはまだ残っていますが、そこに心地よいブルーチーズのような力強い特徴も加わるのです。他には、タリスカー蒸溜所でも驚くような変化が起こります。ドライな塩気、黒胡椒、海水のような香味で知られるタリスカーですが、予期しない蝋のような香りが加わったりします」
(つづく)