WMJ的酒場放浪記・6 【浜松編】
第6回目となった酒場放浪記。今回は東京を離れて、静岡県浜松市の「Bar Triangle」へ。
夕暮れ時でもまだ暑さが厳しい8月、浜松駅からのわずかな距離でも吹き出す汗を抑えつつ辿りついた「Bar Triangle」。ビルの1階でガラス張りで中が見通せるので、初めてでも入りやすい造りだ。入口からテーブル席の横の通路を通りカウンターへ向かうと、見事なボトルのセレクションが迎えてくれた。
「まず、さっぱりしたカクテルはいかがですか」とオーナーの知久 伴也さんが作ってくれたのは、オリジナルカクテル「ジャックスパロウ」。
ジャックダニエルをベースにレッドベア、クランベリージュースを使い、クラッシュアイスでサーブする涼しげなカクテルだ。ジャックのスムースさとクランベリーのほどよい酸味、エナジーリキュール独特の風味が、暑さで失われた元気をチャージしてくれた。
このお店ではカクテルをオーダーされることが多いとのことで、ウイスキーをベースにしたオリジナルカクテルも多い。続いていただいたのは、お客様のアイデアを基に創作したカクテル「デスペラード」。驚いたことに、コーンウイスキーのプラットバレー、ワイルドターキー・ライ、スカイウォッカと3つのスピリッツをステアで仕上げたショートカクテルである。
「アメリカのお酒を3種類使ってみたんです。コーンとライでバーボンみたいになるかなと思いましたが、全く違う味ですよね」
それぞれアタックの強いイメージはあるがステアでうまくまとまっている。度数は高いはずなのにマティーニのような刺激がなく、それぞれのスピリッツが手を取り合ってのびのびと自己主張をしているようだ。
「ターキー・ライが変わって度数が下がったので、その穏やかになった味わいを生かしたカクテルが作れないかな、と思いまして」
仕様変更したアイテムのアルコール度数に注目して、その良さを生かすカクテルを作る。面白い発想だ。
あわせていただいたお勧めのフードは、アンチョビトースト。
こちらではバゲットではなく、厚めにスライスしたホワイトローフを使う。ふんわりとした食感とそれを引き締めるアンチョビの塩気が絶妙で、これはウイスキーだけでなくカクテルにもぴったりだ。
それにしても、と改めてバックバーに目をやると、非常に興味深いウイスキーが並ぶ。オフィシャルでもスタンダードから限定品まで揃い、ボトラーズにしてもオールドに近いものから最新リリースまで幅広い。
浜松ではウイスキーはどのように飲まれているのだろうと尋ねると、
「ストレート、ロック、ハイボール…水割りはほとんどないですね、皆さんハイボールに変わられて。やっぱりシングルモルトが人気ですよ。ジャパニーズもどんどん知名度が上がってきていますよね、頼まれることは多いです」と知久さん。
こちらではハーフショットも対応してくれるので、少しずつ試せる気軽さで高額なボトルも選択範囲に入ってくる。月替わりでお勧めのウイスキー3種類をハーフショットでセットにしたものもあり、モルト入門者にもテイスティングの楽しさを教えてくれる。もちろん、知久さんをはじめフレンドリーなスタッフの説明つきである。
知久さんご自身は、グレンリベットやスプリングバンクなどのスタンダードなものがお好みだと言う。記者も以前はピーティでクセの強いものばかりを好んでいたが、今では比較的大人しく優しいモルトを選ぶことが多い。そんなときは大抵「ローランドはありますか」と訊くのだが、ここではローランドモルトだけで5種類も登場した。モルト専門バー並みではないか!
嬉しくなってじっくりボトルを眺めると、ひときわ心を惹かれたのがUD(ユナイテッド・ディスティラーズ社)花と動物シリーズのブラドノック10年だ。試したことのないボトラーズもある中であえて「花動」を選んでしまった。ウイスキーを覚え始めた頃にはボトラーズはまだ少なく、このラベルを見ると心が弾んだものだ。自分のなかで原点回帰に拍車がかかっていると苦笑してしまう。
このボトルから注がれたウイスキーは柔らかで、フリージアの花を思わせる華やかさとブラドノックらしいシトラス感を備えて、ラベルから連想されるとおりのホッとする優しさだ。青々とした草、蜂蜜。幼い頃の夏の日のかき氷を思い出させるほのかな甘み。ブラドノックは夏のモルトなのだな、と感じた。
喧騒を離れているせいもあるのだろうか、なんだか急速に肩の力が抜けて、じっくりとウイスキーの世界に引き込まれていく。懐かしいシリーズ、初めて見るラベル。暗い店内のボトルを小さなハンディライトで照らしながら見せてくれる知久さんは、まさに水先案内人だ。
一杯の満足度が高ければ高いほど、そのお店に長居したくなる気持ちは強まっていく。
名残惜しく席を立ち、「またゆっくり遊びに来てください」と言う知久さんの穏やかな笑顔に見送られ、扉を開ける。そうか、ここは東京ではなかったのだと思い起こさせるような、広々とした空が広がる。今まで知らなかった浜松の夜。秋に来ることがあれば、何を飲もうか。冬にはどんなカクテルを作ってくれるだろうか。浜松を訪れる楽しみが、ひとつ増えた。
Bar Triangle (バー トライアングル)
静岡県浜松市中区板屋町626 ワオン浜松1F
TEL:053-456-5111
営業時間:月~土曜日 PM7:00~AM3:00(L.O.AM2:30)
日曜日 PM7:00~AM1:00(L.O.AM0:30)
定休日:無休