聖地巡礼― 余市蒸溜所を訪ねて【後半/全2回】

January 9, 2014

古き良き伝統を守り、今年80周年を迎えた余市蒸溜所。製造工程見学の後半をお届けする。

聖地巡礼― 余市蒸溜所を訪ねて【前半/全2回】

マッシュタンで麦汁となった液体は、酵母の力でアルコールを含む発酵液、「醪(もろみ)」となる。
発酵を終えた醪は、ついにこの蒸溜釜の中に送り込まれる。余市蒸溜所の最大の特徴は石炭による直火蒸溜だ。以前は国内(北海道産)の石炭を使用していたが現在は国外から輸入している。

目の前で見る石炭の炎は、これまで訪れたどの蒸溜所とも違った迫力がある。「蒸溜」本来の姿を見せてくれるようだ。
その昔錬金術師は淡い黄金色に輝く白ワインを蒸溜して、中から金を取り出そうと思ったのだそうだ。その試みは失敗したが、代わりに命の水と呼ばれる蒸溜酒ができた。その原点…炎が醪からアルコールを抽出している様は、神秘的ですらある。温度管理は非常に難しく、職人による石炭数個の火加減がこの段階での風味を決めてしまうのだ。直火でも間接でも風味に差はないという専門家もいるが、この光景を見たらその意見をひっこめるに違いない。

樽に詰められた出来たてのスピリッツは、土間の貯蔵庫でゆったりと眠りにつく。
2段組みのダンネージ式で、澄んだ空気をたっぷりと吸い込みながら数年、ことによっては数十年をここで過ごすのだ。なんと贅沢な寝室であることか。

ここで熟成する樽は、2人の職人によって管理されているそうだ。
新たな樽の製作は栃木工場で行われている。ここでは樽をばらし、リチャーして組みなおす工程、修理のみを行っている。

樽職人としてはまだ数年という若いスタッフが、一連の作業をてきぱきとこなす。帯鉄と鏡板を外し、リチャーを行う機械へ運び込む。炎を噴き上げた樽は手早くホースの水で冷やされ、流れるような動作で再び樽の姿に組み上げられる。まさに職人技だ。
接着剤もクギも使わずに、液体を漏出させることなく長期間保存する木の器…考えてみれば、なんと不思議な容れ物だろう。大切なウイスキーを失うことなく、最高の状態で熟成するように細やかに心を配る姿は感動的であった。

蒸溜所の真ん中に、すべてを見守るように竹鶴氏の銅像がある。色づく紅葉の中、静かに、移りゆく時代の中でも変わらないこの蒸溜所を誇っているかのようだ。

深く深くお辞儀をした。この国にウイスキーを運んで下さったことへの感謝の気持ち、そしてやっとここに来られたという感無量の想い。また、来ます。ただその言葉だけを噛みしめた。

今年、NHKで竹鶴氏とリタ夫人を題材にしたドラマが始まる。きっとたくさんの「ウイスキーというものを知っていても、それがどのようにして生まれるかを知らなかった」人たちがここを訪れるだろう。日本のウイスキーの父は、今なお日本人にウイスキーを教えてくれるのだ。彼を偉人と呼ばずして、何と呼ぶべきだろうか?

80年。長くも、あっという間でもあったであろうこの年月を、竹鶴氏はどのように見守ってきたのだろう。余市蒸溜所の歴史に2014年という記念すべき年が今刻まれた。新たな時代が始まる…80年前と変わらない情熱とともに。

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