聖地巡礼― 余市蒸溜所を訪ねて【前半/全2回】

January 2, 2014

ウイスキーの世界に長年身を置きながら、未踏の地であった北海道余市。竹鶴氏の想いの詰まった蒸溜所を訪ね、工場長にお話を伺った。

余市へ向かう電車の中で初めて「ヨイチ」の正しい発音を知った。語尾が上がるのだ。これまでアクセントを「ヨ」に置いた「ヨイチ」が普通と信じて疑問を持ったこともなかったのでかなり驚いた。

駅に降り立つとすぐ目の前に蒸溜所が見える。これも予想外…なぜか北海道は車がなければさぞ移動が難しいであろうと思っていた記者には、「こんなに簡単に来られるのだったら、なぜ今まで来なかったんだろう」という後悔の念が湧いたほどだ。

今回急に来訪が決まり、直前のお願いとなってしまったが、幸い杉本 淳一工場長にお時間をいただくことができた。杉本工場長は19年ブレンダーとして商品開発に携わっておられたが、4年前に生産する立場である工場長に異動された。
記者が伺ったのは11月初旬だったが、その数週間前には「余市バグパイプフェスティバル」が行われたとのこと。初めての開催だったが2,450名の観客がバグパイプとウイスキーに酔いしれた。そのイベントの挨拶で、杉本工場長は「ここは日本で一番バグパイプの似合う所です!」とおっしゃったそうだが、納得である。
高すぎない山を背にした蒸溜所。近くを流れる余市川は海に注ぎ込み、潮風を運び込む。竹鶴氏がスコットランドに似ている場所をと探し求め、見つけ出した理想郷。それはやはりこの余市を置いてほかにないと訪れた誰もが思うことだろう。

今年余市蒸溜所は80周年を迎えるため、様々な計画をされているという嬉しいニュースを聞くことができた。生産の増強については言葉を濁されてしまったが(笑)、今年の正式発表を楽しみに待つとしよう。

早速蒸溜所内を見学させていただいた。入口の近くに立つキルンから、強いピートの香りがする。フロアモルティングは行っていないはずと不思議に思ったら、デモンストレーション用に焚いているのだそうだ。力強く、スモーキーな香りの煙が秋の景色と北国の空に溶け込む。このピートは石狩川流域の泥炭地から切り出した、地元のピート。ピート層までも懐に抱え込んだこの地は、本当に日本の中のスコットランドだ。

原料となるモルトはスコットランドから輸入している。
届いたモルトはこの最新のミルで粉砕される。余市蒸溜所の中では新入りの彼は、従来のミルの2.5倍の速さで作業を進める。じっくりと時間をかけるウイスキーづくりの中で、「この過程だけは早い方がいいのですよ」とでも言いたげな小さな働き者の佇まいは、誇らしげでもある。ここで手早く粉砕を終えたグリストは、マッシュタンの中へと送り込まれる。

マッシュタンは昔ながらのものを使用している。粉砕された大麦が余市の清廉な水と交わり、麦汁となる。余市のエッセンスがウイスキーに溶け込む最初の工程だ。

ここから澄んだ一番麦汁と二番麦汁が得られ、その麦汁を絞り終えた後の麦粕は、マッシュタンの中に人が入って処理用の穴に落とし込む。こういった手作業の一つ一つを守っているというのも、強いこだわりのひとつだ。「こんな古いタイプを使用しているところは少ないでしょうね」と杉本工場長。スコットランド人もまさかこれほど忠実に伝統的なウイスキーづくりがここで守られているとは思わないだろう。

ずらりと並ぶ発酵槽が、急にここは世界の余市蒸溜所だったということを思いださせる。これまでは、建物の中は驚くほど手づくり感のにじむ造りであるのに加え、外観は石造りの各棟が立ち並んでいてスコットランドの小さな蒸溜所を思わせ、およそ「工場」という名と無縁に思えていたからだ。しかしステンレスのタンクが並ぶ様は、確かに世界に名高い「ニッカウヰスキー」の蒸溜所であることを体現していた。

それぞれのタンクは時間差で様々な発酵の様子を見せてくれる。麦汁の中の糖がアルコールに代わる、ドラマチックな瞬間。ウイスキーのもととなる醪はタンクの中で健やかに育ち、活発な酵母は嬉しそうに泡をはじけさせている。

【後半に続く】

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