開業直前レポート(1):厚岸蒸溜所【後半/全2回】

July 13, 2016

壮大にして緻密なビジョンを必要とする蒸溜所計画。厚岸蒸溜所がこれから生産するウイスキーを、設備や計画から分析してみる。北海道の気候は、ウイスキーの熟成にどのような効果をもたらすのか。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

貯蔵庫には、熟成プロセスを知るために購入された国産ウイスキーの樽が並ぶ。寒暖差の激しい厚岸では、熟成のスピードが増すようだ。

厚岸蒸溜所の設備を列挙してみよう。マッシュタンは、セミラウター式で容量1,000kg。ウォッシュバックはクローズタイプのステンレス製が6槽(温度調整なし)。水は蒸溜所のすぐ背後を流れる尾幌川から採る。ポットスチルは、5,000L
3,600Lのセットだ。洋ナシのような形状で、ちょうどアイラ島のラガブーリン蒸溜所と似たようなタイプなのだという。付属するコンデンサーはシェル&チューブ式(多管式)だ。厚岸蒸溜所のスピリッツが、どのような味わいになるのか興味は尽きない。もちろん蒸溜の速度やラインアームの形状など、他の要素もスピリッツの特性を決める要因になるだろう。

フォーサイス社にスチルを注文したのは2年前のことで、当初は納品までに4年かかるとのことだった。だが運良く厚岸蒸溜所の注文が先に回されたため、今年から蒸溜ができることになったという。事業の成否は、こんな運命のいたずらが握っていることもある。

樽のマネージメントについていえば、現在のところバーボン樽、シェリー樽、ミズナラ材の樽で貯蔵する計画だ。いずれはこの構成も幅を広げ、赤ワイン樽(フランスやオーストラリアから調達)、ラム樽、ソーテルヌ樽、その他さほど一般的に使用されないタイプの木材も使用するという。蒸溜所内には、400樽を収納できる小さな貯蔵庫が1棟できる。貯蔵は4段のダンネージ型だが、床は土間ではなくコンクリートになるという。さらに厚岸蒸溜所チームは熟成過程におけるマイクロクライメートでさまざまな実験をおこなうため、山の中に1軒、海のそばに1軒の新しい貯蔵庫も建設しようと計画中。どれもダンネージ型の貯蔵庫になる。

2013年10月より、蒸溜所の敷地には試験用の小さな貯蔵庫が建っている。国内の蒸溜所で生産して樽詰めされた2種類のニューメイク「江井ヶ島」と「アラサイド」を購入し、厚岸に運んで貯蔵しながら、どのような熟成プロセスへの影響が見られるのかを見極めようというわけである。年間を通した寒暖差は、厚岸蒸溜所が日本にあるどの蒸溜所よりも大きい。ここでは夏でもめったに25°Cを超えないが、冬には−20°Cにまで下がることもある。これは余市蒸溜所の冬の平均的な最低気温より10°Cも低い。この年間の寒暖差が、熟成のプロセスを速めてくれるのではないかという期待がある。この試験熟成に参加したいちばん新しい樽(おそらく最後の実験)は、2015年の「アラサイド」のスピリッツをミズナラのパンチョン樽に貯蔵したものである。

 

激しい寒暖差による熟成のスピードを実感

 

すぐ近くには、原始的な自然の姿を残す湿原もある。ピートも豊富で、地元原料を使用したウイスキーづくりも期待されている。

この試験用貯蔵庫で、現在熟成中のカスクをいくつか試飲してみた。はっきり言えるのは、熟成のスピードが予想よりも確かに速いということだ。ブラインドテイスティングをすると、ここで熟成中のスピリッツのほとんどがまだ貯蔵期間3年未満のものだとは信じられないだろう。試験用貯蔵庫で熟成中のウイスキーは現在15樽あるが、これらがボトリングできる状態に仕上がったとき、どのように扱われるのかは定かではない。ひとつの案は、これらのウイスキーをブレンドしたピュアモルト(ヴァッテドモルト)のウイスキーをつくることである。

そうなると気になってくるのが、ウイスキーを商品化するビジネスの展望だ。厚岸のウイスキーが消費者の手に届くまで、あと数年かかることは明らかである。厚岸蒸溜所のチームに、ニューメイクや未熟なウイスキーを積極的に販売するつもりはなさそうだ。蒸溜所のプロジェクトは100%堅展実業の資金で運営され、銀行やクラウドファンディングなどによる資金繰りはおこなっていない。支援者がいないということは、もちろんプレッシャーもないということだ。他の蒸溜所ではキャッシュフローの必要に応じて製品や販売時期が決められてしまう場合もあるが、厚岸蒸溜所の場合は他のスピリッツ(ジンなど)の売上に頼って運営する必要もない。また商品を早く市場に出せというプレッシャーに負けて、不完全なウイスキーを商品化することもないのである。

短期的な目標は、高品質なシングルモルトウイスキーとしての厚岸ブランドを確立させること。だが厚岸蒸溜所の関係者たちには、さらに大きな夢もある。それはすべて自社製のブレンデッドウイスキーをつくることだ。日本の小規模な蒸溜所は、ほとんどがグレーンウイスキーを海外からの輸入に頼っている。だがモルトウイスキーと同じくらいこだわったグレーンウイスキーを小規模生産できたらどうだろう。もちろんこの夢を実現するには、グレーン蒸溜所を別途で建設しなければならない。場所はやはり北海道のどこかになるのだろうか。

蒸溜所の周辺には、タンチョウヅルの繁殖地がある。厚岸蒸溜所のロゴには、このタンチョウの図案があしらわれている。タンチョウヅルは、忠誠、幸運、長寿などのシンボルとしても知られる鳥。その3つの要素は、ウイスキー蒸溜所にも不可欠な資質である。事業の成功に必要な他の条件は、チームが努力して整えていくだろう。厚岸蒸溜所の成功を祈り、今後の動向を楽しみに待ちたい。

 

 

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