ウイスキーオークションの未来【後半/全2回】
文:ライザ・ワイスタック
前回は主にスコッチウイスキーの話題だったが、バーボンなどのアメリカンウイスキーにはまた別のコレクター市場がある。サザビーズのスピリッツ部門でグローバルな取引を統括するジョニー・ファウルによると、やはりウイスキーのジャンルによってコレクターのタイプも大きく違うのだという。
「スコッチの場合は、長い歴史を持つコレクションが多いので、特定の対象ボトルを意図的かつ具体的に収集する人が大半です。でもアメリカでは無名のウイスキーを掘り出し物として珍重する人がいたり、とにかく集められるものは全部集めてしまおうという貪欲なコレクターもいたりします。このようなボトルの割当を考える仕組みが、英国のサザビーズにもあります」
サザビーズは2021年にアメリカ初のコレクションのひとつである「サラブレッドコレクション」を落札し、8月17日には巨大な「カモフラージュコレクション」を構成する3ロットのうち第2弾の入札を完了した。この第2弾には、ミクターズ、ヴァンウィンクル、バッファロートレース(アンティークコレクション)などの有名な希少ボトルが並ぶ。いずれも人気の高いバーボンやライウイスキーだ。
その一方で、何十年も前のアンティークなウイスキーは、値付けが控えめであることも多い。そのため価値の高いボトルであっても、オークションで目当ての銘柄を見つけるのは意外に簡単な場合もあるとファウルは言う。
「カモフラージュコレクションは、最高の価値があるコレクションとまでは言えません。しかも量が多いので、いくつかのロットに分割せざるを得ませんでした。でもこれがアメリカンウイスキーの収集スタイルに影響を与えています。良質なアメリカンウイスキーを手に入れるには、希少なウイスキーを大量に購入する必要があるのです」
小売業者との良好な関係を通じて、じっくりと長期戦でウイスキーを集めてきたコレクターもいる。だが非常に古いウイスキーには、大きなリスクも伴うのだとファウルは注意を促す。
「よほど几帳面なコレクターでない限り、戸棚に置きっぱなしのボトルが良いコンディションを保っているのは極めて稀なこと。中身の品質は、開封して飲んでみるまでわかりません」
棚の肥やしか、記念日の振る舞い酒か
シカゴでオンラインの「ユニコーンオークション」を共同設立したA・J・ハインデルとコディ・モーデアによれば、アメリカンウイスキーの購入者には2つの流派がある。まずはウイスキーを投資対象として厳しく値踏みするタイプ。もうひとつは、特別な日にボトルを開封してみんなと分かちあうため、さまざまなお宝を入手したいタイプだ。
そして開封を前提にした購入者の中も、実際に開封するタイプと骨董品のように取っておくだけのタイプに分かれるのだとハインデルは言う。
「転売目的で買う人もたくさんいますが、本当に古いバーボンを投資価値以上に歴史的な遺産として認識する人もたくさんいます。単なる投資用ではなく、ほとんど博物館の収蔵品のように扱って長期的に保有したがる人たちです。異なる時代に、異なる条件で作られたウイスキーという希少性に注目しているのです」
だが時代の流れもあって、禁酒法時代をはじめとする古い時代のウイスキーは絶滅の危機に直面している。
禁酒法時代に薬用として処方されたオールドウイスキーの市場は、もう風前の灯のような状態だ。ケンタッキー州に住む作家のフレッド・ミニックは、1900年代初期のライウイスキーがパピーヴァンウィンクルの半分の値段で売られているのを見たことがあると言う。
「禁酒法や禁酒法以前の時代のウイスキーは、もう永遠に失われつつありますよ。そのような過去のボトルがなくなり、現物が存在しない時代に向かっているのです」
このように超希少なヴィンテージボトルを保持するメリットはたくさんあるが、飲むために保有するのか、飲まないために保有するのかという判断は悩ましい。この12月に開業10周年を迎える「ウイスキーオークショニア」のジョー・ウィルソンは語る。
「もしみんなで古いウイスキーをすぐに飲み尽くしたら、いずれ手に入るものは現行品だけという状態になりますよね。古い60年代や70年代のウイスキーには、心躍るような興味深い品もあります。このようなウイスキーも、飲み尽くさないで取っておいた人がいたからまだこの世に存在するんです」
もともとは日用品として販売されていた廉価版のウイスキーでも、特定のボトルが取引価値のために開封されなくなるという現象はありがたい。それがコレクター市場からの願いでもあるとウィルソンは言う。
「将来のために取っておくことにも、それなりの意味がありますからね」
それとは正反対の考えの持ち主が、ヴィンテージスピリッツのキュレーターとして知られるブラッド・ボンズだ。彼はシャノン・スミスと一緒に、ケンタッキー州コヴィントンの酒屋「リバイバル・ヴィンテージ・スピリッツ&ボトル・ショップ」を経営している。ボンズの考えは「飲んでなんぼ」。ウイスキーを未来のために保管することが正しい選択だとは思っていない。
ケンタッキー州独自のヴィンテージスピリッツ法のおかげで、州内のバーや小売店は通常の卸売りルートでは入手できない商品もオーナーから直接買い取れる。そのためボンズは、主に不動産売買の過程で見出されたオールドボトルがよく手に入る。亡くなった親戚のウイスキーコレクションを見つけた人が、ボンズに連絡して買い取ってもらうケースもあるという。
ボンズの酒屋にはバーが併設されており、ヴィンテージスピリッツを手頃な価格で量り売りしている。あなたのおじいさんが飲んでいたかもしれない1オンスのオールドグランダッドが、ナイツブリッジのホテルバーで出されるマティーニ1杯よりも安い値段で飲めるのだ。だがその味わいについては、シャノン・スミスが釘を刺す。
「当時のウイスキーは、率直に言って現在の蒸溜所がつくっているような高い品質ではありません。とにかく手探りでやっていた頃のウイスキーで、熟成も新樽ではなく古樽を使っていた時代ですから」
ブラッド・ボンズも言う。
「50年代には、ボトル入りの酒を収集する人がいたら麻薬で頭がいかれていると思われたでしょうね。当時のコレクターズアイテムといえば、デキャンタ入りのウイスキーです。蒸溜所から限定発売される陶器入りのウイスキーです。でも今となっては、デキャンタの中身が本当に当時のウイスキーなのかは保証できません。ここにもそんなデキャンタ入りウイスキーがたくさんあります。在庫の量は十分で、これだけの量があればしばらくこの酒屋とバーも存続できるでしょう」
オールドボトルを販売する仕事にゴールはないとボンズは言う。サザビーズやクリスティーズなどの華やかさはないが、人を夢中にさせる何かがあるのだ。
「普通の人が、一生に一度見るか見ないかのレアなウイスキーの数々。そんなお宝が四六時中どこからか舞い込んできて、大量のボトルに囲まれて生きています。眠りながらオールドボトルの夢を見て、朝起きたら小売店の棚で埃をかぶった古いボトルを探しに行くような毎日。もう1日27時間くらいヴィンテージスピリッツのことを考えていますよ。古いウイスキーと共に生き、眠り、呼吸しているような人生です」