ウイスキーの聖地タスマニアでも、大きな変化が起きている。高品質なウイスキーの量産によって、ウイスキーの世界地図は急速に書き換えられるだろう。

文:ルーク・マッカーシー

 

オーストラリアンウイスキーの中心地として、世界的に知られているのはタスマニアだ。そしてウイスキー蒸溜所の大型化は、本拠地タスマニアでも始まっているという。グリーンバンクス・ディスティリング社は、ウイスキーのメッカでもある首都ホバートの北で、2023年初頭から契約蒸溜所を稼働させる予定だ。

新しいビジネスを支える創業者は、ジョン・スラッタリー、ヒュー・ロクスバーグ、ティム・ソルトの3人。このうちソルトは、ディアジオ・オーストラリアの元マネージングディレクターである。蒸溜業と金融業で豊富な経験を積んできた3人は、新事業によってタスマニアのウイスキーづくりにまったく新しい風を吹き込むに違いない。蒸溜業務を管轄するスラッタリーが語る。

メウラ社(ベルギー)のマッシュフィルターを導入し、多様な原料の使用も可能にしたシドニーのアーチーローズ・ディステリング。同様の設備を採用したグリーンバンクス・ディスティリング社(メイン写真)も、フレキシブルなスピリッツ生産でオーストラリアンウイスキー全体の世界市場進出に貢献する。

「グリーンバンクスを設立した主な目的のひとつは、タスマニアンウイスキーを世界市場へ売り出すこと。そのためには、2つの大きな問題を解決しなければなりません。ひとつは、タスマニア産ウイスキーの価格が世界的に見ても高額であること。もうひとつは、オーストラリア国外ではタスマニア産ウイスキーをほとんど入手できない状況が続いていることです」

グリーンバンクスの特徴は、まず規模の大きさだ。だがそれにも増して、汎用性の高い設備を駆使したフレキシブルな生産スタイルが期待されている。ベルギーのメウラ社が導入したマッシュフィルターのおかげで、あらゆる穀物を原料にして効率的にウイスキーがつくれる蒸溜所なのだ。

このユニークなデザインの装置を導入している蒸溜所は、世界を見渡すと以外なほどに多い。数々の受賞歴を誇るシドニーのアーチーローズ・ディステリングもそのひとつ。スコットランドではティーニニック蒸溜所とインチデアニー蒸溜所、アイルランドではミドルトン蒸溜所とウォーターフォード蒸溜所も同じ設備を使用している。

グリーンバンクスでは、大麦などの伝統的なスピリッツ用穀物はもちろん、小麦を原料にした蒸溜酒もまとまった量で製造する予定だ。小麦はオーストラリアを代表する輸出農産物である。スラッタリーが、今後の展望を語ってくれた。

「タスマニアンウイスキーは、サリヴァンズコーヴなどのブランドのおかげで2014年から国際的な賞を次々に獲得し、今や世界中にファン層を広げてきました。そのせっかくのファン層に、ウイスキーを供給できていなかったのが大きな課題。私たちが始めるスピリッツ生産によって、タスマニアウイスキーを世界に発信できるチャンスが広がるものと期待しています」
 

老舗メーカーにも大きな変化

 
タスマニアンウィスキーの代表銘柄であるサリヴァンズコーヴは、蒸溜所の移転が決まっている。新しい場所はまさにホバート中心部の入り江に近い場所で(ブランド名の「コーヴ」は入り江の意味)、1994年の創業地からも目と鼻の先だ。

サリヴァンズコーヴの共同経営者と蒸溜責任者を務めたパトリック・マグワイアは、タスマニアンウイスキー業界の基礎を築いた人物の一人。ウイスキーマガジンのホール・オブ・フェイムにも輝いたマグワイアだが、独自のビッグプロジェクトを始動する予定があるという。

オーストラリアのシングルモルトウイスキーを世界レベルに押し上げてきたサリヴァンズコーヴ。確かな品質への評価を獲得することで、量産化への道が現実的になった。

数年前にサリヴァンズコーヴでの仕事に一区切りをつけたマグワイアは、しばらくウイスキー業界から離れて休暇をとっていた。だが近頃、新しいウイスキー会社「マグワイア&カンパニー」の事業「ボトラーズ&ディスティラーズ」をスタート。マグワイアが先頭に立ったビジネスには多くの投資家から支援が集まり、有名なサリヴァンズコーヴ蒸溜所やラーク蒸溜所があるケンブリッジから同じ道沿いで新しい蒸溜所を建設する。

マグワイア&カンパニーがまず注力するのは、タスマニアとオーストラリア本土のウイスキーを中心とした強力な独立系ボトリング商品の開発だ。事業の中核となる蒸溜所では、年間最大35万リットルのシングルモルトスピリッツを生産する予定。その一部には隣接する農場で栽培された大麦が使用され、関連するホスピタリティ事業も展開される。

いつも謙虚で控えめなマグワイアだが、新しい蒸溜所は2024年初頭までに稼働させたいと意気込みを語る。

「蒸溜所の建設が、次の重要なステップになります。自分たちには高品質なウイスキーがつくれるとわかっているので、ビジネスの目処は立っています。でも私たちの使命は、まず十分な量のウイスキーを生産できるようになることです」

以前からずっと、オーストラリアンウイスキーというカテゴリーを確立しなければならないと感じていたマグワイア。新しい事業も、自社のみならず国内ウイスキー産業全体の浮揚を見据えたものなのだ。

「単一でスターワードなどの優れたブランドがあっても、孤独な戦いを強いられているのが各メーカーの現状です。でもオーストラリアンウイスキーがひとつのカテゴリーとして認知され、海外の酒販店で棚の一角を占めるようになれば、オーストラリア全体のウイスキー産業がうまくいくと思っています」
(つづく)