新しい大麦品種ができるまで【後半/全2回】
文:ティス・クラバースティン
新しい品種の分析作業は、その大半をMBC傘下のマイクロモルティング・グループが請け負っている。マイクロモルティングの会長は、クリスプ・モルト社のデービッド・グリッグス博士だ。実際の蒸溜所で規模を広げた商業規模のテストを実施するにあたり、テストに相応しい品種を選んでいる。
マイクロモルティングのテストは、まず民間の麦芽製造業者が保有する研究施設でおこなわれる。特別な試験場で栽培した大麦を500グラムごとの小袋に分けて入れ、研究所内の均一な環境で小規模に製麦するのだとグリッグス博士は説明する。
「その後は同様にモルトの量を増やして、蒸溜した成果の分析もおこないます。ここで確認したい主な情報が、予想されるスピリッツ収率(PSY値)です」
スピリッツ収率に優れた品種は、スピリッツ蒸溜業者が高く評価する。だから他の業種でも大半の人々が新しい品種のスピリッツ収率を気にすることになる。スピリッツ収率がほんのわずかに向上しただけでも、年間数百万リットルのアルコールを生産する蒸溜所にとっては、長期的に大きなコスト上の違いをもたらしてくれる。
例えばグリッグス博士は、最新の試験から得られたマイクロモルティングのデータについて議論した。そのミーティングの様子もよく憶えているという。認証プロセスを通過するかもしれない新しい品種のひとつが、ローリエト種よりも1トンあたり5リットル多いスピリッツ収率を記録していた。
ほんのわずかな違いに聞こえるかもしれないが、純アルコール換算で2100万リットルものスピリッツを製造するグレンリベットのような蒸溜所に当てはめると、結果的に大きな生産効率の向上が見込めるのだとグリッグス博士は説明する。
「その品種に関するミーティングでは、収率の向上がかなり興奮気味に受け止められていましたよ」
新しいフレーバーへの注目
フレーバーが常に中心的な要件となる訳ではない。だが現行の育種システムの強みは、何年もかけてひとつの品種から次の品種へ、かなりスムーズに移行できる大麦を提供できる点にある。そのため収穫や製麦で発揮される性質を改良しながら、フレーバー特性には影響を与えないという条件が求められる。スピリッツ業界の人々に話を聞くと、新しいフレーバーの創出に期待している人よりも、既存のフレーバーを安定的に維持することを重視する人のほうが多い。
シンジェンタ社のトレイシー・クリーシーいわく、新しいフレーバーの創出を目的とした育種は極めて難しい。だが、これまでシンジェンタ社の品種が、フレーバーの問題で認定を拒否されたことは一度もないという。またフレーバーは、その良し悪しを説明するのが難しい分野でもある。小規模な大麦の量で、フレーバーについて簡単に検証できる方法はほとんど存在しないからだ。
SWRIのリサーチ・サイエンティストを務めるニック・ピッツによると、農家、農業団体、麦芽製造業者、研究者、分析者など、すべての関係者を集めて全員の利害を調整するのは途方もなく面倒な仕事だ。そもそも原料である大麦のフレーバーの違いは、単一の蒸溜所内での比較を経て初めて明らかになるもの。フルサイズのキットでマクロな試験をおこなわない限り、フレーバーの特性について確かなことは言えないのだという。
「でも同時に、そんなフレーバーのデータも、すべて集めて蓄積はしてあるんです。だから、仮にリリースされてたばかりの新しい品種にフレーバーの違いがあっても、すぐに気づくことはできるでしょう。スピリッツ蒸溜業者も、このような違いには真っ先に気づいてくれるはずです」
品種の違いによるフレーバーへの影響は、さほどの懸念事項ではないということだ。しかし、だからといって、そんな違いが存在しない訳でもない。グリッグス博士によると、大麦品種によるフレーバーの違いは、以前よりも注目を集めるようになってきた。もっとも、そのような関心があるのは、もっぱらクラフトスピリッツの蒸溜業者に限られているのではないかと博士は考えている。
「ニューメイクスピリッツを比較すると、異なった品種ごとに香味が違っていることはわかります。私たちの顧客には、ビール用の大麦として有名なマリスオッター種でウイスキーをつくっている人もいます。このマリスオッター種のスピリッツと、ローリエト種のスピリッツを比較すると、明確な違いが感じ取れるのです。 このようなフレーバーの違いは、将来的にもっと関心を集めてくるのかもしれません。でも品種選びの主たる条件になるかどうかは、まだわかりませんね」
サステナビリティも重要な条件
スピリッツ蒸溜業者にとって、今後さらに重要度を増していくであろう問題が、二酸化炭素排出量を減らすための方法である。ウイスキー業界でも、サステナビリティは大きなテーマのひとつだ。そのため農家、麦芽製造業者、インターナショナル・バーリー・ハブ(育種研究と市場をつなげるイニシアチブ)と共同で、2045年までにネットゼロの大麦栽培を実現しようと誓いを立てている。環境にやさしいことはもちろん重要だが、これはビジネスの観点からも理にかなっているのだ。
この取り組みには、直接的な気候変動への対応も含まれている。2018年には「ビースト・フロム・ザ・イースト」(東から来た野獣)と呼ばれた大寒波があり、その翌年は春の降雨量が多すぎた。かと思えば、2020年の春は日照りが続いて水不足になった。新しい品種は、このように目まぐるしく変化する環境下でも堅実に栽培できなければならない。これからの品種には、もっと干ばつに強い性質か、少なくとも干ばつで全滅しないくらいの耐性が必要になる。さらには根が湿ったり、雪が降ったりする環境にも耐えられる品種が望ましい。
育種家とMBCが、いつも新しい品種を探している理由はここにある。これからの品種は、畑での生育に優れ、農薬や殺菌剤といった大地への添加物も少ないほうがいい。数十年前と比較すれば、現在の大麦はずっと精麦しやすくもなった。つまり製麦時に使用するエネルギーや水の量も少なくて済むようになったということだ。
同じように、なるべく少量の大麦で同じ量のスピリッツを製造したいので、スピリッツ収率も高い品種へと進化している。結局のところ、畑や蒸溜所でのパフォーマンスが高い大麦品種が望まれているのだ。パフォーマンスが高いということは、つまり効率に優れているという意味でもあり、二酸化炭素排出量の削減にもつながる。
このような条件を満たした品種の開発が、どこまで可能なのかは未知数の部分もある。だがMBC会長のマーク・アイネソンは、まだまだ未知のステージがあると確信もしている。
「私たちはすでに優れた品種の開発に成功しており、この水準を崩すことなく持続していけることでしょう。でも間違いなく、いつか次のレベルに到達できる日がやってきて、そこからまた新しい時代が続いていくはずです」