人里離れたニュージーランド南島の山間部で、女性だけの蒸溜チームが新しいウイスキーをつくる。徹底した品質へのこだわりは、貯蔵庫で着実な深化を見せている。

文:タッシュ・ギル

 

カードローナのスピリッツには、リッチで穏やかな甘さがある。その特徴はスペイサイドのモルトウイスキーにも似通っており、舌の上で究極の洗練を表現するようなタイプだ。熟成年がまだ若いスピリッツでも、熟成している樽の香りとうまくスピリッツの香味が融合している。

女性だけの蒸溜チームを率いるマスターディスティラーのサラ・エルソム。フォーサイス社製のポットスチル以外に、精溜用のコラムスチルやジン用のポットスチルも操る。

使用している樽は、米国コロラド州のブレッケンリッジ蒸溜所から取り寄せたバーボン樽や、ニュージーランド産のピノノワール赤ワイン樽、 ティオペペで知られるゴンサレス・ビアスのオロロソシェリー樽などだ。

現在までにカードローナが発売したウイスキーは、すべてがカスクストレングス商品である。この方針はまったくもって正しい。なぜなら樽熟成で起きているさまざまな変化を本当に理解するチャンスがあるから。これまでの蒸溜所の歩みをウイスキー自体が表現してくれる。そこには創業者デジレ・ウィテカーによる決然とした方針の一貫性が見て取れるのだ。

カードローナへと向かう道には、近道やバイパスのようなものは何もない。周囲にあるピサ山、カードローナ山、クラウン山脈などから湧き出る雪解け水が谷底を流れ、すぐ北にあるクルーサ川やワナカ湖からの沢と合流する。

良質な山水には事欠かない土地柄ではあるが、蒸溜所に水を引く作業は骨が折れた。工事にあたったのは、デジレの父アルビン・リードと夫アッシュ・ウィテカーだ。地下水を汲み上げるため、幅15メートル、深さ7メートルの井戸を掘らなければならなかった。この井戸は、現在「アルビンの井戸」という名で親しまれている。

清浄な水と空気や人里離れた周囲の雰囲気が、デジレをカードローナ渓谷に引きつけた要因だ。リード家はデジレが幼い頃から禁酒主義を貫いてきた家族だが、カードローナ蒸溜所は今や家族経営のビジネスになった。デジレがアッシュ・ウィテカーと出会って間もなく、アッシュは自分の事業を売却した。そしてデジレ・リード(当時)、アルビン・リード、ジュディス・リードとともに、パートナーとしてウイスキー事業に参画したのである。
 

10年熟成にこだわる方針を転換

 

このパートナーシップは、新型コロナウイルスによって真価が試されることになった。事業本来の狙いはそのままに、少しだけ方針を変えなければならない状況が生まれたのだ。

シングルモルトウォッカ商品とジン商品「ザ・ソース」のおかげで、市場にブランドの認知度を築き上げるチャンスはできた。だがウイスキーは、当初より10年熟成の原酒ができるまで発売せずに待とうという意図があった。

バーボン樽は、同じように女性が活躍する米国コロラド州のブレッケンリッジ蒸溜所から取り寄せ。他にもニュージーランド産のピノノワール赤ワイン樽、ゴンサレス・ビアスのオロロソシェリー樽などにこだわっている。

何人かの識者からアドバイスを受けた、ニューメイクスピリッツ商品「ジャスト・ハッチト」を発売しようという決断がなされた。このニューメイクを公開することで、これからカードローナが発売する未来の商品への期待はますます高まった。2018年の第1回リリースは3日間で売り切れたが、品質への評価は高まっていく。ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)でベスト・ニュージーランド・ウイスキー(熟成年12年未満)に選ばれるなど、国際的なアワードでさまざまな賞に輝いた。

2017年に初めてカードローナ蒸溜所を訪問した時、臨月のデジレがシングルモルトづくりの喜びを知るに至ったいきさつを説明してくれた。ロンドンのノッティングヒルにあるパブ「ラドブローク・アームズ」で働きながら、オーナーがコレクションしていたシングルモルトの色や風味やアロマに魅了されたのだ。

当時は貯蔵庫はまだガランとしていたが、現在では個人が買い取ったプライベートカスクの原酒が所狭しと並べられている。総面積3.5ヘクタールもある貯蔵庫が、ウイスキー原酒の香りで満ち溢れている。

現在のデジレは二児の母となり、蒸溜所で働く大勢の人々をまとめる役目もある。依然としてウイスキービジネスを推進する原動力であり、ニュージーランドと英国を行き来しながら日々の蒸溜所運営をみずから現場で指揮している。蒸溜所の仕事が終わると、たくさんの原酒サンプルを家に持ち帰ってテイスティングし、熟成の状況を事細かにノートに書き留めるのが日課だ。

 

女性だけの蒸溜チーム

 

今回の訪問では蒸溜所をめぐるツアーに案内され、ウイスキーづくりについて詳細な説明を受けた。付き添ってくれたのは、マスターディスティラーのサラ・エルソムとオペレーションズマネージャーのケニー・ボーだ。ツアーでは論理的で探究心に富んだテイスティングもおこなわれ、ワイン樽、シェリー樽、バーボン樽がそれぞれどのような影響をスピリッツに与えるのかを実地で体験した。

『グローイング・ウィングズ」の名で限定発売(1248本)された5年熟成のシングルモルト。単一のオロロソシェリー樽からボトリングされている。

発酵の工程に関する説明や、新型コロナウイルスが収束した後に生産量を取り戻すためのスケジュールなども教えてくれた。蒸溜チームがすべて女性で構成されていることについては、それほど特別なことだと考えていないようだ。大切なのはメンバーひとりひとりの情熱と努力であり、誰もが細部にまで注意を払いながら最善を期している。

おそらく蒸溜所ツアーで一番楽しいのは、スピリットセーフの前に立った瞬間だ。両側にある美しいフォーサイス社のスチルは、それぞれ「大声メグ」「おっとりアニー」のあだ名で呼ばれている。そして眼前に広がるのは、大窓から見下ろす見事な渓谷の眺め。サラいわく、カードローナではスピリットセーフを開けてテイスティングしても問題ない。

そして南半球の深い夕闇が迫る頃、テーブルにはいくつかのテイスティング用サンプルが並べられる。樽の中で熟成されているスピリッツの現状を確かめるのだ。プライベートカスクのオーナー一人ひとりのために、プログレスノートと呼ばれるレポートを定期的に書く。これはデジレが特に楽しんでいる仕事のひとつだ。それでも頻繁に現状を把握するのは楽な仕事でもないと告白する。

ゆっくりと順番にサンプルをテイスティングしていくと、ウイスキーが進化した末にたどり着くであろう理想も垣間見えてくる。岩に囲まれた建物はグレンリベットを思い起こさせるし、ポットスチルの形状はグレンファークラスの小型版といっていい。

ここにはウイスキーづくりの伝統に対する賛美があり、長年にわたって先人たちが証明してきた知恵の継承がある。そして一切の手抜きをしないというのがカードローナの哲学である。このような精神は、樽の中にあるスピリッツにもしっかりと息づいており、その将来の品質は保証されている。

これからは原酒の熟成期間が10年に達する時を目指して、小さな企画商品のリリースを続けていくことになるのだろう。これは世界のウイスキーファンたちの期待に応え、熟成を待つ喜びを分かち合うためのステップだ。

本当のゴールまで、まだ半分を走り切ったばかり。貯蔵庫には熟成中の原酒が溢れんばかりに増えてきたので、語るべきストーリーもどんどん広がっていくだろう。ここでは前例のない挑戦を楽しむ勇気がみなぎっており、美しいポットスチルと揺るぎない献身を続ける蒸溜所チームがいる。

プライベートカスクをテイスティングしながら、さまざまな感想が語られた。だがその感想の中で、もっとも正確にウイスキーを描写したのはデジレの言葉だったと思う。いつも言葉を慎重に選び、誤解のないように語る人だ。ウイスキーづくりと同様に、細部まで考え抜かれた意見を持っている。そんな重みのある言葉を信じない人はいない。そのデジレが、ウイスキーを味わいながらこう言ったのだ。

「良いですね。とても良くできていますよ」