木と共に歩む秩父蒸溜所【後半/全2回】
2008年の設立から5年後、秩父蒸溜所は施設内に自前の樽工房を完備した。希少なミズナラをはじめ多彩な樽材を調達し、オリジナルの樽をつくる能力を手に入れたことから、熟成のバリエーションが飛躍的に広がっている。その長期的な目標を探るロングインタビューの後半。
文:ステファン・ヴァン・エイケン
【←前半】
ステファン:
ジャパニーズウイスキーのファンにとって、関心の高いトピックのひとつがミズナラです。2009年から毎年、ミズナラ材を買い付けに北海道まで足を運ばれていますね。どのような成果を生んでいますか?
肥土伊知郎:
入手元はオークションです。3日くらい前から番号の付いた丸太がたくさん並んで、欲しい木の番号を入札します。良さそうな木に見えても、立木だと中に病気があったりするので、やはり丸太の状態でなければわかりません。築地でマグロを買い付けるイメージにも似ていますね。年輪を見て、同心円で綺麗な年輪か、赤ぐされや白ぐされなどの病気がないかをチェックします。枝分かれの直前で切ると、二重芯という樽に不向きの材木になります。そのへんの細部は実際の原木を見ないとわかりません。ミズナラは高級家具にも使用され競争相手も多いので、非常にタフな競売が繰り広げられます。
ステファン:
首尾よく手に入れたミズナラ材は、そのまま北海道で空気乾燥されるのでしょうか?
肥土伊知郎:
その通りです。数ヶ月は丸太のまま置いて、そのあと柾目で板取りします。4つ割にして製材し、そのあとさらに3年くらい自然乾燥したものを、今度は樽用のベーシックな角材に変えてもらって樽工場で加工します。樽作りもなかなか気の長い行程ですよ。
ステファン:
北海道で買い付けたミズナラ材は、秩父蒸溜所で熟成に使用されていますか?
肥土伊知郎:
現在のところチビ樽の鏡板だけです。ホールのミズナラ樽はまだ使用していません。
ステファン:
海外のウイスキーメーカーの多くも、話題のミズナラ材を手に入れようと躍起になっているようです。そのような海外業者との競争もありますか?
肥土伊知郎:
競争というより、売ってほしいという問い合わせがありますね。でも簡単に売れるようなものではないし、コスト計算をしたらすごい金額になってしまうので、計算もしません。前提として販売はしませんので。
ステファン:
ミズナラ材のコストは、バーボン樽やシェリー樽との比較においてどれくらい高価なものなのでしょうか?
肥土伊知郎:
バーボン樽とシェリー樽を比べると、シェリー樽はバーボンの5倍くらい。ミズナラは安く見積もってもバーボンの10〜20倍はするでしょう。オークションの落札価格は変動するし、まだホールの樽も安定的につくってはいないので、正確な値段については計算できません。
ステファン:
熟成に使用したミズナラ樽は、新しい原酒をリフィルして再度使用できますか?
肥土伊知郎:
何度も使えます。ミズナラのリフィルはいい熟成に繋がると言われています。海外の方からも使用済みの樽を譲ってほしいといわれますが、とてもじゃないけどお譲りできる樽はありません。
ステファン:
ミズナラの熟成は時間がかかるので、フィニッシュには使用できないという話をサントリー関係者から聞いたことがあります。ミズナラでフィニッシュや短期熟成をおこなう人もいますが、この点についてはどのようにお考えですか?
肥土伊知郎:
サントリーさんのミズナラ熟成も、はじめはうまくいかないと思っていたものの、長期熟成で美味しくなっているのに気づいたという逸話があります。長期熟成済みの原酒を持たない自分は、一からのスタートでした。10〜20年待つのも覚悟の上ですが、やはりいろいろ試してみたい。6ヶ月から数年の熟成で確認してみましたが、実際にはミズナラの味がちゃんと出ています。私自身も膨大な時間が必要だと聞かされていましたが、十分に乾燥させるなど材の処理がしっかりできていれば、短期間でもミズナラの長所は引き出せるのではないかという気がしています。
ステファン:
この秩父近辺でもミズナラの木はあるのですか?
肥土伊知郎:
標高約1000m以上の秩父の山域には、ミズナラの群生林があります。現在はまだ調査の段階ですが、林業関係の方々も協力的なので、将来は秩父で伐り出した材から樽作りができればとても面白いと思います。大量のウイスキーはつくれませんが、アイコニックなものにはなるでしょう。
樽工房のフル稼働で蒸溜所の未来を切り開く
ステファン:
2年前、秩父蒸溜所は施設内に樽工房を完備しました。小規模の蒸溜所にはかなり珍しいことだと思いますが、当初からの目標だったのですか?
肥土伊知郎:
ステファン:
樽工房では日々どんな作業がおこなわれていますか? どのようなサイズの樽がつくれますか?
肥土伊知郎:
いつも何かしらの作業はおこなっている状況です。ホッグスヘッドとパンチョンが削り出せるので、新樽のバリエーションは2種類。チビ樽は手作業で加工できます。
ステファン:
チャー(樽の内側を焦がす工程)は、色々なレベルを試していますか? それとも一定のレベルでおこなっていますか?
肥土伊知郎:
今のところは強めの焼き加減でコンスタントにつくっています。これから少し焼き方を変えていけば、将来的にその影響の違いがわかってくるでしょう。貯蔵庫には他所から購入したさまざまなチャーレベルの樽が揃っています。ライト、ミディアム、ヘビーと、チャーやトーストのレベルを変えた樽や鏡板をいろいろ試しています。
ステファン:
秩父蒸溜所の貯蔵庫は3棟ともダンネージ(輪木積み)タイプですが、1棟にいくつの樽が貯蔵できますか? また貯蔵庫内の樽は、地域別に区分けされているのですか?
肥土伊知郎:
収納力は1棟にだいたい1,500樽くらいで、無理をすればもう少し置けます。第1貯蔵庫はもういっぱいですが、第2貯蔵庫は樽の置き方次第でまだ少し余裕があります。ダンネージでは同じタイプの樽を並べなければならないので、シェリー樽のエリアとそれ以外に分けるなど、少なくとも一列は同じ樽を並べています。
ステファン:
スピリッツの熟成は、上の段と下の段で異なりますか?
肥土伊知郎:
上の段の熟成が早いような気がしますが、ただし樽にも個体差があるので、下でも意外に早く熟成が進んでいるものもあります。厳密に確かめるには、同タイプの樽で実験する必要があるでしょう。第1貯蔵庫と第2貯蔵庫は建物が白く、第3貯蔵庫だけ黒いので、それだけで熟成に違いがあるのではないかと楽しみにしています。ただし最終的には樽の置き場所は意識せず、すべてテイスティングで決めています。
ステファン:
原酒の状態は、実際どのようにモニタリングしていますか? 業務の少ない夏など、ストックをまとめてチェックする時期は決まっていますか?
肥土伊知郎:
以前なら夏の間に集中して、主要な樽をテイスティングしていました。しかし現在は樽の数が増えたので、毎日のようにテイスティングしなければ追いつきません。他の仕事もあるので、1日数十アイテムに絞って毎日こなす状況になっています。コンスタントにテイスティングを続けていくため、ブレンダー室も設けました。若い原酒はロットから代表的な樽を選んでサンプリングしますが、3年以上になると基本的には全部の樽をサンプリングします。
ステファン:
年間にどのくらいの量のウイスキーを樽に仕込みますか?
肥土伊知郎:
秩父のシングルモルト用は、バーボンバレル換算でおそらく450樽分くらい。ブレンデッドウイスキー用で450樽くらい。合計で年間約900樽ほどです。
ステファン:
ブレンデッドウイスキーは、ベンチャーウイスキーにとって重要な部門になってきていますか?
肥土伊知郎:
ブレンデッドウイスキーの長所は、モルトの消費量が少なくて済むので、将来のストックを確保できること。あとはブレンデッドをつくることで、さまざまな場所を訪問したり、つくり方や味について普段から学べる喜びもあります。自分の蒸溜所のウイスキーと、他社のウイスキーをブレンドして、さらにいいものを生み出していく仕事も楽しい。いろいろな味わいをつくり出せることが、とても重要になっていく気がします。
ステファン:
将来、秩父蒸溜所からどんな年数表示のウイスキーを発売したいですか?
肥土伊知郎:
中間目標としては、2020年のオリンピックイヤーに10年ものを出したいと思っています。最終的には30年ものをつくって味わえたら、自分のウイスキー人生は幸せだったなと思えるでしょう。その時は、ぜひみなさんと乾杯したいですね。