ダルモアの180年【第3回/全4回】
文:クリストファー・コーツ
このたび発売された60年熟成のウイスキーは、ダルモアを現在の形にした一族とのつながりをリアルに感じさせるものだ。そんな意味も含めて、輝かしい蒸溜所の創業180年を祝うのにこれほど相応しい方法もないだろう。
だがこのアニバーサリーのお祝いは、決して単発の打ち上げ花火で終わらない。ダルモアは2月にロンドンのホテルカフェロイヤルでこぢんまりとしたイベントを開き、創業180周年を祝う次のハイエンド商品の発売を発表した。
黒いプラタナス材の木製箱にキルトレザーのライニングを施し、クリスタルのデキャンタにクリスタルの栓をした豪華なパッケージ。 ダルモアブランドを象徴する12個のロイヤルスタッグはスターリングシルバーで出来ている。
この「ダルモア51年」はまずアメリカンオーク材でできたバーボンバレルのリフィル樽で熟成され、3種類の樽で後熟を加えたもの。後熟に使用したのは、1938年のビンテージコレイタポートのパイプ樽、ファーストフィルのバーボンバレル、ゴンサレス・ビアスがダルモアだけに供給するマツサレムシェリー樽だ。リチャード・パターソンが説明する。
「それじゃあ木の香りが強すぎるんじゃないのかとよく聞かれますよ。いいえ、そんなことはありません。適切な樽を使って、適切なスタイルで仕上げれば、口に含んだ瞬間からシルクのように滑らかな広がりを確実に感じられるのです」
彼の表現は大げさではなかった。実際にテイスティングしてみたが、半世紀も熟成され続けてきたウイスキーとは思えないほど活力を保持している。そしてダルモア蒸溜所らしい特性を明確に表現できているのだ。ダークチョコレート、シガー、チェリーソース、バニラクリームケーキ、プラムワインなどの風味の他に、はっきりとわかるオレンジマーマレードの印象も強い。スピリッツの特徴が本当に表れた感じで、口当たりもまた素晴らしい。
リチャード・パターソンは、英国伝統のオレンジマーマレードを引き合いに出しながら、オレンジ風味がダルモア蒸溜所のスタイルを支える礎なのだと明かす。そして本当に驚きなのは、さまざまな酒精強化ワイン樽の風味を取り込んだ見事なまでの一体感。普通になら樽香が強すぎてスピリッツを圧倒してしまうものだが、神々しいまでに熟成年数を重ねたウイスキーの味わいを引き立てている。リチャード・パターソンが説明する。
「まずウイスキーは、アメリカンホワイトオーク材の樽で統一しました。4万平方マイルもの天然林が広がるミズーリ州のオザーク高地で伐採した樽材です。バーボン樽の役割といえば、ウイスキーの味わいの基盤を作ること。3年、4年、5年、10年、20年と、時間をかけて味わいを落ち着かせてくれます」
だがこのダルモアに関しては、非常に長期間の熟成コースを辿ってきたという特異性もある。何か本当に特別なものに仕上げたいという思いがリチャード・パターソンにもあったという。
「そこで1938年のコレイタ(ポート)の樽を使用することにしたんです。ほとんど戦時中の樽ということもありますが(正式な開戦は1939年9月3日)、このコレイタのポート樽も限定品でした。ボディと表現力に富み、これ自体でビンテージと呼べるくらいの代物でした」
別格の風味を加える2種類の樽
ポルトガル語でコレイタとは収穫を意味する言葉であり、収穫した年の年のブドウからオーク樽で7年以上熟成してつくるシングルビンテージのポートワインを意味する(分類はトーニーポート)。実際には7年を超えて何十年もの間にわたって樽熟成されることもしばしばある。
これは単一年のブドウのみを使用してビンテージの条件を満たす2年の熟成で樽出しされる通常のビンテージポートとは異なるカテゴリーである。このビンテージは酵母やブドウの皮と一緒にボトリングされて何年も瓶内熟成を経てから商品化されることになる。だがコレイタポートは異なり、ポート全体のわずか1%と言われるほど生産量も希少だ。すなわち1938年のコレイタ樽というのは本当に古く、希少で、極上のポート樽のフレーバーを内在した特別な樽なのだとリチャード・パターソンが語る。
「このコレイタ樽が果たした役割は、アメリカンホワイトオークで熟成されたスピリッツにボディを加え、さらにダムソンプラムやモレロチェリーの風味も授けること。これはポートワインを熟成していた樽でウイスキーを熟成すると得られるスタイル。後熟には4年の時間を費やして、目標としていたスタイルを獲得するまで待ちました」
その次に待っていたのが、ヘレスのワインメーカー、ゴンサレス・ビアスがダルモアだけに供給するマツサレムシェリー樽での熟成だ。今日のウイスキー業界で使用されている大半のシェリー樽は、アメリカンオーク材やヨーロピアンオーク材を組み上げた新樽を1年以上シーズニングして用意する。
シーズニングに使用するのは、若くてドライなオロロソシェリーであることが多い。だがダルモアのマツサレムシェリー樽は、酒精強化ワインを長期熟成するのに使用してきたソレラシステムの古樽なのだとリチャード・パターソンは説明する。
「マツサレムのシェリー樽というだけで、その極めて古い伝統が想起されるでしょう。マツサレムといえば、ノアの方舟で知られるノアの祖父であり、969年も生きたという伝説を持つメトシェラからとった名前ですから。マツサレムのシェリーはパロミノフィノ75%とペドロヒメネス25%を組み合わせ、1Lあたり127gの砂糖も加えて最低熟成年の平均が30年という超長期熟成。数年シーズニングしただけの樽とはまるで違うのです」
樽の供給元であるゴンサレス・ビアスにマツサレムシェリーの作り方を訊ねると、次のような答えが返ってきた。
「まずは品種ごとにワインを15年間熟成して、それぞれの特性と複雑さを深めていきます。15年経ったところでブレンドされ、マツサレムのソレラシステムに移してさらに15年間熟成します。ワインをブレンドしてから長期間にわたって熟成するのは、異なるフレーバーをすべて統合するために極めて重要な工程です」
パロミノフィノのナッツ風味とペドロヒメネスの甘味が、アルコールを含めてまろやかに一体化していく。ワインは注文が入ってからボトリングするので、最低熟成年の平均が30年といっても、大体はそれよりもかなり長く熟成されることになるのだという。
「それよりも重要なのは、そんな長期熟成ワインが今でもソレラシステムで熟成され、他の年に造られたワインとブレンドされながら受け継がれているという事実です。こうすることで古いワインに呼吸をさせてわずかに酸化を促し、生き生きとした風味を維持するという目的もあります」
(つづく)