ウイスキーづくりの喜び ビル・ラムズデン博士に訊く【後半/全2回】
何でも気さくに答えてくれるビル・ラムズデン博士に、あえて厳しい質問を投げかけてみる。ウイスキー業界の現状や未来の展望、さらには業界内の不都合な真実や、極秘で進行中のプロジェクトまで。天才的なクリエイティビティの舞台裏がのぞける貴重なインタビュー。
聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン
取材協力:MHDディアジオモエヘネシー
酒精強化ワインでフィニッシュしたウイスキーが各種ありますが、風味でそれぞれの特徴を識別するのが難しいと感じているウイスキーファンがいます。オロロソシェリー、ペドロヒメネスシェリー、ポート、マデイラでそれぞれフィニッシュした4種類のグレンモーレンジィがここにあるとして、どんな風味がそれぞれの特徴を示しているのかを教えていただけますか?
目隠しをして香りを嗅いだり味わったりすれば、簡単に違いがわかるようになりますよ。ドライオロロソシェリーは非常にわかりやすいナッツ風味があって、ときには糖蜜やモラスのような風味も感じられます。ペドロヒメネスは日干ししたレーズンの風味がたっぷりとあり、チョコレートジンジャーの感触もあります。私は古い黄褐色のポートではなく、オポルトで造られるルビーポートを使用していますが、ポート熟成からはプルーン、プラム、チョコレート、ミントのような風味がふんだんに得られます。そしてマデイラはやや複雑で、めぐり合わせによって特徴もさまざまです。他の酒精強化ワインよりも識別が難しく、もともと熟成されていたマデイラ酒のスタイルによっても違いが生まれます。
面白い逸話を紹介しましょう。実は今日、東京のオフィスで「キンタルバン」のボトルを手にとって眺めていました。個人的に、新しい黒のラベルは好きじゃないんです。以前の白いラベルのほうがウイスキーの色を強調していると思うので。あのほとんどピンクのような深いルビー色を眺めて、今日も満足していました。
でも8〜9年前、ポート熟成の原酒をヴァッティングしているとき、色に異変が起こっているのに気づきうたことがあるんです。「キンタルバン」ではなく「ポートウッド フィニッシュ」用の原酒でしたが、あの鮮やかなピンクっぽい色が出ていない。 いったいどうしたことかと心配になり、ポルトガルのディアスクーパレッジに行って原因を突き止めました。
真相は、もう故人となったマリオ・ディアスが、よかれと思ってより上質なポート酒の樽を回してくれていたのです。熟成年も長い黄褐色のタウニーポートの樽でした。でもこれは私が欲しいものとはまったく異なります。必要なのは、若々しくて溌剌としたフルーティーなルビーポートの樽なのですから。
現地のポート業者は、ポートパイプからバリックへと使用する樽のタイプを変えてきています。ポートパイプは取り扱いが簡単なのですが、バリックのほうが熟成の潜在力に恵まれています。内容量に対して樽内部の表面積が大きいので、私たちのキンタルバンもどんどんあの赤みがかった色が深くなっているのです。
他のグレンモーレンジィのプライベートエディションと同様に、「バカルタ」もノンチルフィルターでボトリングされています。最近では主力製品にもチルフィルターを施さないウイスキーメーカーが増えてきました。この動きをどうご覧になりますか?
そもそもチルフィルターはあまり好きじゃありません。やはりウイスキーから何らかの成分を取り除くことになると思うからです。でも実際には「オリジナル」や「18年」や「ラサンタ」にはチルフィルターを施しています。その際は、多くのメーカーのようにすぐ2°Cに冷やさず、フィルターも粗めのものを使用することで、あまり多くの成分を取り除かないようにしています。
この成果を示す逸話があります。2〜3年前にワールド・デューティー・フリーの研修をヒースロー空港でおこなったとき、観客によく知った顔が何人かいました。ウイスキーショップを何軒か経営している本物のウイスキーファンたちです。彼らは「グレンモーレンジィ オリジナルで好きなのは、素晴らしいテクスチャーが残っているところだ」と言ってくれました。オリジナルを冷凍庫に入れると、少しだけ色はくすみますが、オイリーな滑らかさが生まれます。生産量が多い銘柄にはチルフィルターを使いますが、通常よりもずっとマイルドな方法でおこなうのです。
名前は言えませんが、このあいだ超有名なウイスキーブランドの新作を味わったら、あまりにもしっかりとチルフィルターをかけているので口当たりがやせ細っていました。舌触りはウイスキー体験のひとつです。そこには驚きを感じさせるものが必要だし、フィルターをかけすぎると魅力も減るのです。だからまったくチルフィルターをほどこさないか、非常に慎重におこなうのが理想であると考えています。
さらに厄介な質問をさせてください。熱狂的なウイスキーファンのなかには、古いボトルが好きな人も少なくありません。何十年も前に発売された70年代や80年代のウイスキーが、現在のウイスキーよりも優れていると主張する人がいます。これは現代のウイスキーメーカーとしては聞き捨てならない不愉快な意見だと思いますがいかがでしょうか。
本当にそうですね。
そこでうかがいたのは、継続性についてのご意見です。バッチごとの一貫性や、年ごとの一貫性ではなく、10年単位の継続性をどのように考えていますか?
まず言いたいのは、人は過去の人生を振り返るときに、往々にしてバラ色に美化しがちだということ。昨日も東京に向かう長時間の飛行機でワインを1〜2杯飲みながら、ぼんやりと学生時代のことを思い出していました。なんて素晴らしい時代だったんだろうって。まあ人間にはそう思いたがる傾向があるということです。
かつてのシングルモルトは、今よりもずっと少ない生産量でつくられていました。おそらく、傑出したスモールバッチのウイスキーをつくるチャンスにも恵まれていたのだと思います。でもそれにはコインの裏表があり、当時はひどい代物も堂々とボトリングされていたし、一貫性がまるでない製品だって珍しくはありませんでした。
現在、私たちはかなり一貫した品質を手に入れています。でも全体として一貫性のあるウイスキーが、ことさら素晴らしいとも思っていません。バッチごとのバリエーションがあるほうが面白いですから。
複数のグループで、アードベッグ10年を正直に比較する実験をしたことがあります。正直に、というからには、ブラインドテイスティングです。普段から「ほう、これは97年ものか。当時のほうが美味かったよね」などと言っている2つのグループに投票させると、どちらも最新のアードベッグ10年をより高く評価していました。だから昔はよかったという話はあまり信じません。
一貫性についても逸話があります。スコットランドには「レアウイスキー101」という会社があって、そのパートナーのひとりがデーヴィッド・ロバートソンという私の友達です。彼らが7~8銘柄のブランドで大実験をしました。マッカラン、グレンリベット、ジョニーウォーカー、それにグレンモーレンジィ10年も含めた各時代のボトルを60年代、70年代、80年代、90年代、00年代、現行品で比較したところ、グレンモーレンジィ10年がいちばん一貫した品質を保っていることがわかったのです。
だから私たちは、一貫性についてはうまくやっているはずです。「昔のほうが美味かった」というタイプの人は、当時ひどい品質のウイスキーを飲んだのに忘れているか、おぼえているのに決して話さないかのどちらかだと思っています。
消費者たちの間で激論されている問題についてもお尋ねします。どんどん高騰を続けるウイスキーの値段はどうなってしまうのでしょう。この上昇はまだまだ続きそうですか?
ウイスキーの値段が、すぐ下がることはないと思います。でもそんなに急激に上がることもないでしょう。
おなじみの現象がふたつあります。まずは生産者が市場にへつらうことがなくなりました。モエヘネシー時代には私たちもだいぶ経験しましたが、大手スーパーマーケットに対して平身低頭になり、大幅な値引きを受け入れるメーカーはもういません。そしてウイスキーが高い価値を持つ商品であると考える人が増えています。ただつくるだけでも大金がかかり、在庫を抱えながら何年も耐えるためにコストがかさむことが理解されています。
もうひとつの現象は、希少なウイスキーの高騰です。でも今の段階で、そんなにウイスキー全体の値段が釣り上がるとは思っていません。ことさら政治の話をするつもりもないのですが、あの恐ろしいスコットランド国民党が2度めの国民投票でよもやの勝利を収め、スコットランドが独立するようなことになったらどうなるでしょう。そのとき市民はこの国が完全に行き詰まって破産状態にあると初めて気づきます。何とかして金をかき集めなければならないというとき、すぐ手に届く枝にはスコッチウイスキーという大きな果実がなっている。そのような状況で、スコッチが急激に値上がりすることは考えられないでしょう。
1年半前、「ゴディスグード」という秘密のプロジェクトが進行中だとうかがいました。数年後には結果がわかるだろうということでしたが、現在どのような状態ですか?
先月あたりに「プロジェクト・ゴディスグード」のテイスティングをリクエストしますので、これから進捗状況を確かめてみます。でも今の感覚では、まだ3〜4年はかかるでしょう。まだあまり多くは話していないので大丈夫だと思いますが、他社にアイデアを盗まれるのは避けたいところです。
こんな逸話もあります。あるアイラ島のイベントで、ジム・マキュアンが 「スコッチウイスキーの世界で初めて、シャトーディケムのソーテルヌワイン樽で熟成されたウイスキーが生まれる」と高らかに宣言したことがありました。それが私の耳にも入ったとき、「嘘っぱちもいいところだ。こっちは3年も前から樽詰めしているのに」と思いました。
それで21年物の「ソーテルヌウッドフィニッシュ」を計画前に発売することにしたんです。せっかくの目玉商品の話題を盗まれたくはありませんでしたから。あれ以降、似たような話は聞かなくなりました。
「プロジェクト・ゴディスグード」に関していえば、まだあと数年はかかるというのが答えです。
他にも「KGB」というプロジェクトが進行しているという噂も耳にしました。まだ秘密だとは思いますが、何かヒントぐらい教えていただけませんか?
素晴らしい諜報網をお持ちのようですね。そんな質問に、うっかり答えてしまったら私の評判も台無しですよ。でも先週、誰かが「今年のアードベッグ・デイ」の目玉は「プロジェクトKGB」だとインターネットでバラしているのを目にしました。漏らしたのは私ではありません。
このプロジェクトは、結局「ケルピー」という名前で呼ばれることになるでしょう。「KGB」というネーミングには当然こだわりがあったので、元マーケティングディレクターと私でいろいろ画策しました。自分で思いついた最良の案は、KGBを「キルダルトン・グランド・ボトリング」の略だと言い張ろうというものでした。でもボスの答えは「絶対にダメ」。この政治状況だからしようがないですね。
もし改めて「ケルピーというのは、スコットランド神話に登場する水生動物ですよね? このウイスキーとどんな関係があるのでしょう?」なんて聞かれたら、「関係なんかあるわけないよ」と答えるつもりです。
ロシアとのどんなコネクションを表現するつもりなのですか?
教えません。その手には乗りませんよ。でも勘が鋭い人だったらわかるでしょう。考えてみてください。ロシアから買えるものといったら何ですか? ウォツカではありません。ロシアには広大な森があって、樽造りも盛んです。
このプロジェクトは、かなりヤバいレベルにまで到達してしまっているんです。本当にびっくりするようなスタイルですよ。近年、アードベックの愛好家が悪口を言っているのも聞こえていたんです。「アードベッグ・デイで発表される製品も退屈になったな。アリゲーターなんかに比べたら臆病な企画だ」なんて。だからKGBいやケルピーで、またガツンと言わせてやる。そんなプロジェクトです。
常にクリエイティブな博士でも、やはりスコッチウイスキー協会の細かいルールには従わなければなりません。そのような制限は逆に刺激になったりしますか? それともただの邪魔な存在ですか?
ときには議論をしていてうんざりすることもありますよ。「シグネット」のときは、「モルトウイスキーを名乗ることは認められない」なんて言われました。でも深煎りしたチョコレートモルトは、もちろん大麦麦芽だから正真正銘のモルトなんですよ。その一件では私が勝ちましたけれど。
ときには厄介なルールもありますが、全体のバランスを考えると、規制を失ってしまえばひどいことになるでしょう。他の分野で起こっているような、あらゆるナンセンスに巻き込まれます。
フレーバーを入れたブラウンスピリッツが増えてきていることにも驚いています。あんなものが本当に売れているんですか? フレーバーの種類はどれだけ入れられるんでしょう? そんな有象無象がウイスキー界にも侵入してきます。だから厳しい規制には、ここではっきりと賛成しておきます。
もしスコッチウイスキー協会の有力者になったら、規制を緩和したい分野はありますか?
蒸溜所が、新しい種類の木材を試せるようになったら面白いでしょうね。この部分を自由化しても、怒涛のようにたくさんの木々が使われ始めることはないと思いますので。なぜなら香りが豊かな木でも、樽造りに適したチロースを多く含む木材は少ないのです。オーク以外の木材で樽を造ったら、たいがいはスピリッツが漏れ出してしまいます。
使用できる木材は他に数えるほどしかありません。それでもブラジリアンチェリー材などで実験して、成果に賭けたこともあります。ちなみに散々な結果でした。でもアカシア、クルミ、カエデなどの木は試してみる価値がありそうです。余裕があったら、そんな方向性も開拓してみたいですね。