イングリッシュウイスキーの最新地図【第3回/全3回】
文:ヤーコポ・マッツェオ
前回までに紹介したとおり、新興の蒸溜所による数々の発売情報を知るだけでも、イングリッシュウイスキーのユニークで自由なアプローチがうかがい知れるだろう。その一方で、すでに名声を確立した蒸溜所が増産計画を実行に移している。若いイングリッシュウイスキー業界の成功を証明するような展開だ。
今年初頭に、コッツウォルズ地方北部のシップストンオンストゥール近郊にあるコッツウォルズ蒸溜所は、大規模な増産に向けた蒸溜所の改修計画について明らかにした。改修の一部には、この夏に工事が始まるウイスキー専門蒸溜所の建設も含まれている。
この新しい蒸溜所が完成すれば、コッツウォルズ蒸溜所は純アルコール換算で年間50万リッターの生産力となる。おそらくイングランド最大のウイスキーメーカーという地位を手に入れるだろう。
イングランド北部の湖水地方では、レイクス蒸溜所が3200万英ポンド(約50億円)の巨費を投じてビジター体験の強化、貯蔵庫の拡張、スピリッツ生産量の増大に取り組んできた。レイクス蒸溜所のスティーブ・ギブソンが「ただの農家のあばら家だった」と語る古い家屋は、改修されて蒸溜所のウイスキーメーカーズハウスになった。
この建物にある新しいテイスティングルーム2室は、ビジターやゲストがツアーの途中に立ち寄って利用する。またレイクス蒸溜所は最先鋭の「ウイスキー・スタジオ」も創設した。ここはウイスキーづくりの司令塔として活躍する場所なのだとスティーブ・ギブソンが説明する。
「レイクス蒸溜所の生産プロセスは、ここウイスキー・スタジオに始まって、ウイスキー・スタジオで終わります。レイクスのウイスキーメーカーとチーム全員が 、スピリッツ製造の全段階でプロセスに積極的に関わり、いつも最終製品としてのスピリッツの理想を視覚化しています。この視覚化によって、プロセスの各段階をいつでも可逆的に検証し、細心の注意を払って望ましいフレーバーを生み出すことができるのです」
さらにギブソンは、増産計画の裏側についても教えてくれた。
「スピリッツの生産量を3倍にするという蒸溜所全体の改修にも投資しました。新たに8槽のウォッシュバックを導入し、ボトル換算(700ml)で年間1200万本のスピリッツが生産できるようになっています。これに加えて貯蔵庫のスペースも拡張し、増産したスピリッツをこれまでより遥かに多くシングルモルトウイスキー用として貯蔵できるようにもなりました。このような新しい環境は、私たちの長期的な目標に適ったものです」
最近も、コッツウォルズ蒸溜所は総額125万英ポンドの資金調達を目指すキャンペーンをCrowdcubeで実施した。このクラウドファンディングは、公開から数日間で目標額をクリアしている。
ロンドン期待の星であるイースト・ロンドン・リカー・カンパニーも、クラウドファンディングで資金を獲得しようとしている。昨年4月に75万英ポンドを調達し、蒸溜所の拡張計画に拍車がかかった。
この改修によって、2023年までに年間250本のペースでウイスキーが熟成できるようになる。イースト・ロンドン・リカー・カンパニーは、同様のクラウドファンディングで2018年に150万英ポンドを調達しており、これで2回のクラウドファンディングを成功させたことになる。
業界団体の結成でカテゴリーの地位を守る
イングリッシュウイスキーは、その歴史の短さをものともせずに急速な成長を目指している。昨年はイングリッシュウイスキーの生産者たちが結束して、イングリッシュ・ウイスキー・ギルド(EWG)という同業組合を組織した。
結成メンバーは、イングリッシュ・ウイスキー・カンパニーのアンドリュー・ネルストロップ、オックスフォード・アルティザン蒸溜所のタゴール・ラモウタール、コッパーリベットのスティーブン・ラッセル、コッツウォルズ蒸溜所のダン・ショーという面々だった。
組織は急速に成長し、現在ではウイスキーメーカー16社と、将来にウイスキーも生産する予定のスピリッツメーカー11社が加盟している。イングランドでつくられるウイスキーを高品質な産品として普及させる戦略に取り組みながら、EWGはイングリッシュウイスキーの地理的表示(GI)を法的に定義するため、英国の環境・食糧・農村地域省(DEFRA)に申請書を提出したばかりだ。
EWGの声明によると、イングリッシュウイスキーの地理的表示を定義する目的は、イングランドにおける既存および将来の全ウイスキーメーカーが、一貫してわかりやすい基準を遵守できるようにすること。地理的表示(GI)の申請をした動機について、コッパーリベットのスティーブン・ラッセルは次のように述べている。
「私たちのスピリッツが本当に美味しいものでなかったら、決して販売にまで至ることはないでしょう。高い品質は必ず維持しながらも、革新的な試みへの余地は広く残します。イングリッシュウイスキーを成長させるように、品質と革新のバランスをうまくとる必要がありました」
地理的表示の申請は、イングリッシュウイスキー業界の若さと革新への意欲を反映したものだ。そこにはイングランドならではのユニークな強みを押し出そうという意図も感じられる。規制案では、原材料の穀物が英国産であるという条件も盛り込まれているが、この点についてタゴール・ラモウタールは次のように語っている。
「実際には、ほとんどの蒸溜所が英国産よりも厳密にイングランド産の穀物を使用しています。でもやはりピーテッドモルトなどを仕入れようとなれば、国境より北のスコットランドから調達したい場合も出てくるでしょう」
原料だけでなく、熟成樽についても間口が大きく広げられている。伝統的なオーク樽を使用することは必須とせず、どんな種類の樽材でも構わないのだ。
英国は大麦の生産量において世界10傑に入る国だ。そのためイングランドの蒸溜所の多くも国内で原料を調達することにこだわっている。前述のコッパーリベット、ホワイトピーク、コッツウォルズ、レイクス蒸溜所、クーパーキング蒸溜所、ダートムーア蒸溜所をはじめ、多くの蒸溜所はすでに蒸溜所周辺で栽培された穀物も使用している。
シングルモルト「ファイリーベイ」を発売しているスピリット・オブ・ヨークシャーは、使用する大麦のすべてを近くのハンマンビーにある農場から調達している。この農場は2021年に初めてライ麦も収穫した。またロンドンのビンバー蒸溜所は、コンチェルト種とローリエト種の大麦をハンプシャーのフォーダム&アレンから調達している。
他のいくつかの蒸溜所には、もっと古い歴史的な穀物に目をつけた事例もある。オックスフォード・アルティザン蒸溜所は、植物考古学者との協働によって、古代の遺産として残されていた穀物のいくつかを現代に蘇らせた。協力した植物考古学者のジョン・レッツは、穀物のサステナビリティも主導している。
イングリッシュウイスキーの定義にまつわる規制案は、現在その内容を当局が確認中だ。EWGによると、今年中には何らかの回答が得られるだろう。原案もしくは修正案が成立すれば、イングランドの蒸溜所全体を組織的に均一な集合体として見なせるようになる。それが地理的表示のもたらす恩恵だ。
だがイングリッシュウイスキーは、地理的表示によって規定されない独自のアイデンティティもすでに確立している。地元産の穀物と実験精神が生み出す面白さと、誰にも似ていない独自性が散りばめられたカラフルな調和。それが、どこにもないイングリッシュウイスキーのイメージを決定づけているからだ。