ファミリービジネスの底力【後半/全2回】

April 21, 2021

小さなスタートアップから、業界を代表するブランドまで。同じ同族経営でも、背景はさまざまある。未来への継承を重んじる価値観が、ウイスキー業界全体にも大きな影響を及ぼしている。

文:マーク・ジェニングス

 

 

ジャン=ダビッド・コステール(ランベイ・アイリッシュ・ウイスキー・カンパニーのマネージングディレクター)

 

ランベイ・アイリッシュ・ウイスキーは、2つの家族の合流によって生まれたブランドである。そのひとつは、コニャック「カミュ」で知られるカミュ家。1863年に創設され、同族経営の独立系コニャックメーカーとしては最大規模を誇る。現在のリーダーは、創業家の5代目にあたるシリル・カミュだ。ボルドリー地区に所有する広大なワイン畑や、ワインの底に沈殿した澱(おり)ごと蒸溜する濃厚な風味で知られるカミュ。つい最近も、ユニークな熟成環境の影響を表現したコニャックを発売して、大きな話題となったばかりだ。

カミュは自社のコニャックづくりから得られた蒸溜の技術と知識を駆使して、アイルランド島の沖合にあるランベイ島でウイスキーづくりを始めた。ランベイ島は、著名な銀行家として知られたアレクサンダー・ベアリングの一族が管理する小島だ。

ランベイ島を所有するアレクサンダー・ベアリング(左)とカミュの5代目シリル・カミュ(右)。異色の組み合わせが、まったく新しいアイリッシュウイスキーの可能性を切り開いた。

ランベイのウイスキーは、アイルランド産のシングルモルトウイスキーをブレンドし、カミュのセラーから調達したフレンチオーク材のコニャック樽でフィニッシュしたもの。このベンチャー事業を経営するのは、マネージングディレクターを務めるジャン=ダビッド・コステール。由緒あるファミリービジネスの一環として、アイルランド産のスピリッツとフランスの熟成技術を組み合わせている。

ジャン=ダビッドは、これまでも大規模な同族経営の企業数社で働いた経歴がある。通常の経営形態の会社と違って、ファミリービジネスの企業にはどんな特徴があるのだろうか。

「普通の会社との違いは、すべての業務に長期的な視点があることですね。株価が変動しても、私たちはいちいち動揺したりしません。同族経営の企業における重要な目標は、次世代に事業を継承することですから。私たちがよく耳にする言葉に『コニャックのオーナーは楽な仕事だ。祖父の代につくった良質なオードヴィーを大切に保管しておけばよいのだから』というものがあります。そういった意味でも、次世代に向けて反映するための礎を築いておくのが現在の重要な仕事になります。同族経営の企業には性急さが少なく、短期的な投資よりも長期的な投資を重視する傾向がありますね」

カミュのように歴史のある企業では、失敗への対処の仕方も異なってくるのだろうか。コッツウォルズのダニエルが言及したような、新規事業に特有の切実さとはどんな違いがあるのだろう。ジャン=ダビッドは答えて言う。

「失敗は受け入れることができます。大企業よりは、ずっと失敗に寛容です。研究ベースの会社なら、失敗が原因ですぐに職を追われることもあるでしょう。でも、私たちは違います。失敗を責めるより、失敗の原因を理解するほうが重要です。今でも失敗から学んでいるし、そのようなイノベーションが事業を後押ししています。私たちのアプローチは、普通の会社と違います。乗り越えるべきは、自分自身の限界なのですから」

そして対象がアイリッシュウイスキーであっても、その方針はまったく変わらない。

「アイリッシュウイスキーなら、なおさらのことです。革新的なものを生み出そうとしたら、いつも失敗の可能性があります。でも同族経営の企業には、学びの企業風土があるのです。5世代にわたって、失敗から学べる能力を培ってきました」

 

ブライアン・キンズマン(ウィリアム・グラント&サンズ・ディスティラーズのマスターブレンダー)

 

スコッチウイスキー業界で、もっとも有名な同族経営の企業といえばウィリアム・グラント&サンズの名前が挙がるだろう。グレンフィディック、バルヴェニー、グランツなど、たくさんの有名なスピリッツブランドを世に送り出してきた。この会社や創業家のビジョンが、スコッチウイスキーらしい特徴を形作ってきたといっても過言ではない。

実はこの記事を書いている途中で、家長であるサンディ・グラント・ゴードンの訃報が届いた。現代のシングルモルトウイスキーのカテゴリーを築いたのは、間違いなく彼の業績である。この点を振り返ってみても、ウイスキー業界におけるファミリービジネスの影響力がわかるだろう。会社は現在6代目の経営体制を敷いている。

マスターブレンダーのブライアン・キンズマンは、ウィリアム・グラント&サンズで24年の長きにわたって働いてきた。ファミリービジネスが隆盛する条件を定義するのに、彼以上の適任もいないだろう。まずは、他の大企業にはできないファミリービジネスの強みについて尋ねてみた。

家業としての伝統を守りながらも、新しい挑戦を厭わないのがウィリアム・グラント&サンズの社風。マスターブレンダーのブライアン・キンズマンが手掛けるグレンフィディックは、スコッチウイスキーを代表する人気銘柄だ。

「まず違うのは、仕事のペースの速さでしょうね。つまり意思決定のスピードです。たとえば、このたび完成した新しい蒸溜所。建物はありましたが、それにしてもかなり大規模な蒸溜所を1年未満で新設しました。『これが必要だ』『よしやろう』『できた』というサイクルが速いんです。このようなスピード感は、全員が事業を自分のものと考えていることから生まれています。普通の大企業だと、意思決定のプロセスにもっと多くの段階があるでしょう。社外での交渉に時間をかけ、株主の意向もうかがわなければなりません。株主の協力なしで、大型の投資をするのは難しいからです」

小さな同族経営の会社が、ある程度のリスクをとって成長を志すのはわかる。だがウィリアム・グラント&サンズは、同じ同族経営でも規模がかなり大きい。業界を代表するメーカーに成長した今でも、野心的な起業家精神は残っているのだろうか。

「コアなブランドに関していえば、リスク回避の傾向がやや強いでしょうね。これまで積み重ねてきたお客様との信頼関係を守ることは本当に大切です。ウイスキーブランドは、一人ひとりのお客様とパーソナルにつながっていますから。たとえばグレンフィディックは生産力の拡大に取り組んできましたが、創業家のメンバーから求められるチェック事項は膨大な量になりました。 細かな生産工程はもちろん、蒸溜所の景観まで厳しい要望に応えなければなりません。そこには歴史に対する本物のリスペクトが求められます。周囲の景観はどうなるのか、道路からの小道をどのように誘導するのか、などといったことにこだわり続けます。創業家を代表して自分の代でやったことが、後世まで誇れるものでなければ意味がないからです」

そのような厳しいチェックの目は、新商品の開発にも注がれるのだろうか。ブライアンによると、そこには意外なほどの自由があるのだという。

「何か実験をしたいと思って許可を求めたとき、ダメだと言われたことは一度もありません。たとえば2001年から始めた『バルヴェニー ピートウィーク』。マーケティングからの要望でもないし、ブレンダーがピートの効いたモルトウイスキーをつくりたいと思った訳でもない。ただ生産チームが、やってみたいと言い出したのです。誰のためのウイスキーかもわからないし、どうやって売るのかもわからない。でも本当にあっさりとゴーサインが出ました。正式な許可をもらった記憶すらありません。『ああ、ぜんぜんやっていいよ』みたいな感じでした」

創業家にとって大切なのは歴史を守ることなのだとブライアンは力説する。この歴史の継承という目標が、ブライアン自身のクリエイティブな意欲も掻き立てる。

「創業家のリーダーたちは、あらゆることに責任の重みを感じています。雇用している従業員もそんな責任のひとつ。創業家の誰と話しても、ある目的意識が伝わってきます。それは、自分が受け継いだときよりも、さらに良い状態で次世代に手渡したいという欲望です。事業を大きくして、品質を改善して、販売量も増やして、何でもいいから自分の代で向上させたいのです」

そんなファミリービジネスで長年にわたって雇用されるのは、どんな気持ちなのだろうか。

「雇用される従業員の立場では、プライドの違いを感じますね。他の会社から転職してきた人を見ていると、自社ブランドに対するプライドが大きく高まっていくことに気付きます。これは創業家に特有の倫理感を反映しているのかもしれませんね」

 

レナード・ラッセル(イアン・マクロード・ディスティラーズのマネージングディレクター/創業家第3世代)

 

グレンゴイン、タムデュー、スモークヘッドなどのブランドを保有し、同族経営で独立を守るイアン・マクロード・ディスティラーズ。イアン・マクロード&カンパニーや数々のウイスキーブランドを買収して、現在の事業を始めたのはレナードの祖父だった。レナードが家業に初めて関わったのは1989年。1956年から働いている父のピーターに倣ってのことだった。最近はレナードの長男であるトムが加わり、イアン・マクロード・ディスティラーズは第4世代のウイスキー会社になる準備を完了している。

ピーター、レナード、トムと3代にわたって受け継がれるウイスキービジネス。既存のビジネスを守るだけでなく、ローズバンク復活という大事業に取り組んでいる。

グレンゴイン蒸溜所とタムデュー蒸溜所では、近年さまざまな設備投資がおこなわれてきた。そして目下の大事業といえば、フォルカークで進行している歴史的なローズバンク蒸溜所の再興だ。

まずはレナードにも、他の面々と同じ質問をぶつけてみた。ファミリービジネスには、普通の経営体制と異なるユニークな手法があるのか。ファミリービジネスで働く人々にも、特有の傾向は見られるのだろうか。

「同族経営であることは、イアン・マクロード・ディスティラーズの最大の特徴です。ひとつの大きな違いは、株式市場に公開していないこと。 だから短期的な業績は追求しません。いつも中長期的な目標を立てなければならないのがファミリービジネスの養成です。ローズバンク蒸溜所の再建には、£2000万英ポンド(約30億円)以上の資金が必要。そしてこのような巨額投資へのリターンは、スピリッツの熟成が完了するまで得られません」

そのように語るレナードは、機が熟すまで焦らずに待つ心づもりのようだ。

「同族経営の会社ということもあって、3年熟成のローズバンクを慌ただしく発売したりするプレッシャーもありません。しっかりと熟成が完了して、本心から誇れるような品質が保証できるときまで、発売は待つことにしています」

ここまでのインタビューでは、ファミリービジネスの意思決定の速さについて教えられてきた。そして多くのファミリービジネスでは、自分が受け継いで次世代へと継承すべき伝統が重視されていた。だがこのような伝統は、起業家精神を抑圧してしまうことにならないのだろうか。レナードが答えて言う。

「いいえ、そんなことはありません。私たちは前進するだけです。同じ場所に立ち尽くすだけでは未来がありません。これから先も成長していけることに、かなり前向きな予測を立てています。今はじっと我慢して待つ時期ではないのだと思っていますから」

 

結論

 

一連のインタビューで学んだことは何だろう。リスクに対する考え方、長期的な視点、迅速な意思決定。そんな共通点にはすぐ気付くが、彼らと話していて感じたことにはもっと深いものがあった。

言葉にしてまとめるのは難しいが、彼らは明らかに通常の企業で働く人々とは違っていた。そこには目に見えない強い絆のようなものがあるのだ。仕事について話すときの情熱や、会社について説明するときの言葉の選択や、世界の中での自分たちの位置づけが違う。何というか、人間らしいのだ。それが共通する特徴なのだと結論づけていいのかもしれない。

ファミリービジネスで働く人には、どこか共通の空気がある。実の息子や娘が、必ず親の仕事を継ぐとは限らない。みな自分の意思によって、ファミリービジネスで働くことを選んでいるのだ。

 

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