熟成時間を大幅に短縮する鍵は、樽を容器として使用しないこと。使用する木材やエネルギーも大幅に節約できる生産工程に注目が集まる。

文:マット・ストリックランド

オハイオ州クリーブランドにあるクリーブランド・ウイスキー。この蒸溜所を創設したトム・リックスは、樽材の香味に魅了されてきた。長年にわたる実験と工夫の積み重ねによって、ユニークなプロセスと技術にたどり着いたのだという。

クリーブランド・ウイスキーでつくられるバーボンは、まず約6カ月間熟成させた後、特別に設計されたスチールタンクに入れる。このタンクにはリックスが選んだ木材も入っており、温度、酸素、圧力、液体の動きをコントロールしながら一緒に貯蔵するのだ。数日から数週間が経つと、生まれたばかりのウイスキーはもう熟成の兆候を見せるようになる。木材から付与されたニュアンスが、短期間でスピリッツに加わっているのだ。

オハイオ州のクリーブランド・ウイスキーは、樽材のチップをスピリッツに入れて加熱する手法で高速熟成の分野を切り開いた。メイン写真はロスト・スピリッツのブライアン・デイビス。

このような手法には懐疑的な人たちが多い。リックスも相応の壁にぶつかった。実際に、初期のウイスキーは自分でも納得できるものではなかったという。だがリックスには手応えがあった。自分が何かを掴みかけていることを自覚していたのだ。

リックスの技術を使えば、大きな樽を組んで試すことができないユニークな木材も加えることができる。リンゴ、ブラックチェリー、サイカチなどの木は成功だった。最近はそんな実験的なウイスキーの売れ行きも好調で、数々の権威ある賞も受賞している。

リックスよりも後に高速熟成の道を模索し始めたのが、カリフォルニアのビスポークン・スピリッツで働く人々だ。シリコンバレーでハイテク産業に携わっていた友人同士であるマーティン・ヤノシェックとステュー・アーロンによって創業された始められたビスポークンは、自然の摂理を大幅に加速させる独自の技術も開発している。

ビスポークンは自前のウイスキーを何種類もつくって販売しているが、生産者として他ブランドのウイスキーをつくる契約を結んでいる。このようなクライアントには、自社ブランドのウイスキーを生産してもらって市場に出したい企業もあれば、自社の生産設備で試してみたいさまざま実験を肩代わりしてもらうのが目的の企業もいるのだという。

つまりはビスポークンの高速熟成技術を施したウイスキーの結果を確認し、自社技術の調整に活かすというアプローチだ。ビスポークンが構築した技術によって膨大な量のデータを収集し、高精度でレシピをチューニングするのが目的である。

ビスポークンの高速熟成技術には、他にも画期的な要素がある。それはウイスキー業界のなかでも特に地球環境にやさしい生産工程だという事実だ。一般的なウイスキーの製造方法と比較して、ビスポークンで使用する木材の量は約3%ほど。エネルギーに至っては約1%というエコな生産スタイルなのだ。その結果として、ビスポークンはウイスキー業界を代表する報道機関から称賛を受け、各種コンペティションでもエコロジー関連の賞を受賞している。

ビスポークン・スピリッツは母なる自然の暗号を解き、ついに未来のウイスキー熟成を先取りするような見識を手にしたのだろうか。そんな質問に対してマーティンは答える。静かで謙虚な口調だが、その言葉は自信に満ちあふれている。

「私たちにとって重要なのは、風味をカスタマイズすること。その重要な秘密の一部は、もう手に入れたと思います。でも目標はもっと先にあるんです」
 

ワイン業界が見つけた秘密のコード

 
このような高速熟成の技術について、意見を聞いておかなければならない相手がもう一人いる。ロスト・スピリッツのブライアン・デイビスだ。ブライアンとパートナーのジョアンは、カリフォルニア北部の有名なワイン生産地で2009年頃から事業を開始。ロスト・スピリッツ開業当初より、ウイスキーの高速熟成についてさまざまな手法を実験してきた。

クリーブランド・ウイスキーが実際に高速熟成の技術を活用した商品。樽材をチップにすることで、時間と資源の大幅な節約に成功している。

だが意外なことに、その主たる目的は熟成のスピードアップではない。ナパバレー産のさまざまなワイン樽が、ウイスキーにどのような作用を及ぼすのかを見極めるのが目的だったのだという。ブライアンは次のように説明する。

「いくつかの実験を始めました。調達したさまざまな樽をばらして樽材を小さく切り刻み、ウイスキーの中に入れました。そしてウイスキーを加熱すると何が起こるか試してみたのです。そして偶然にも発見したのは、ちょうどいい温度に加熱すればスピリッツ内部のエステル化を自在にコントロールできるという事実です」

ブライアンが発見した作用は、偶然にも多くの蒸溜酒メーカーを長年にわたって悩ませてきた問題の解決策だった。複雑でフルーティーな熟成香をもたらすエステル化は、最も長い時間を必要とする化学反応のひとつ。そしてこの化学反応は、スピリッツの全体的な熟成感の造成に大きく寄与している。

この結果を受け、ブライアンはスピリッツの熟成速度を調整するリアクター「THEA One」を設計。目標とするスピリッツの特性に向けて熟成を加速させ、しばしば素晴らしい結果を残している。

ここで紹介した生産者たちの哲学には共通するものがある。それは「目的よりも手段が重要」ということ。リックス、ヤノシェック、デイビスの3人は、熟成したスピリッツを早く手に入れることが目的なのではなく、加速した時間枠の中でスピリッツの特性を微調整できるようになることが重要であると語っている。

楽しい実験と、その結果としてのデータポイントが物を言うのだ。ブライアン・デイビス氏は情熱を込めて語る。

「私はいつも失敗を繰り返します。でもその失敗から次の失敗へ、進んでいく過程はとても楽しいんです」

これこそがイノベーターの鏡といえるスピリットだ。