ファイフ州のクラフトディスティラリーを巡るシリーズの第2回。ニューバーグ郊外にある真新しいリンドーズアビー蒸溜所を目指そう。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

リンドーズアビーは新しい蒸溜所である。だが同時に、スコットランドでも特に長い歴史を背景とした蒸溜所という横顔も持っている。

その歴史を紐解く鍵は、リンドーズアビー蒸溜所の所在地にある。フランス北部に起源を持つティロン修道会の修道士たちが、1191年にリンドーズ修道院(「アビー」は修道院の意)を設立した場所なのだ。修道士たちは持ち前の知識と技術でこの新しい土地を有効利用し、自給自足の生活を成立させた。その技術のひとつとして磨きをかけたのがスピリッツの蒸溜なのである。

リンドーズ修道院のジョン・コーズ神父は、ジェームズ4世の依頼で1494年にアクアヴィータを蒸溜した。これを公式なスコッチウイスキーのルーツと考える人は多い。

史料によると1494年にスコットランド王ジェームズ4世が、リンドーズアビーに住むジョン・コーズ神父に大麦モルト原料のアクアヴィータを注文した。これが記録に残されたスコットランドで最初のウイスキーづくりとされている。リンドーズアビーがウイスキーの「心の故郷」と呼ばれる所以である。

修道院は1560年に廃墟となったが、ウイスキーづくりは長大な年月を経て復活したばかりだ。現在の地主であるドリュー・マッケンジー・スミスと妻のヘレンは、生前のマイケル・ジャクソン(ウイスキー評論家)に会ったことがある。そのとき、500年越しにウイスキーづくりを復活させる夢のような計画を想像して心を踊らせたのだという。

旧修道院の敷地を見下ろす場所には、500年にわたって使われてきた古い農家と馬小屋があった。その一角で、リンドーズアビー蒸溜所は2017年12月にウイスキーの生産を開始したのである。

 

ウイスキーの「心の故郷」への巡礼

 

雨の降る11月の午後、我々は蒸溜所への巡礼を果たした。メインホールから出発するツアーは、とてもよく考え抜かれた内容である。この敷地の歴史に加え、修道士たちの技術や仕事について説明が始まった。

説明が終わると、ビジターはウイスキーづくりの各工程をたどる。蒸溜所には3週間半ごとに28トンの大麦モルトが届けられる。大麦はすべてファイフ州産で、2019年6月からは蒸溜所の敷地に接する2つの地元農場から大麦を調達するようになった。この農場がある場所は、かつての修道院の敷地でもあったと考えられている。今年からは地元産の大麦だけでウイスキーをつくるのが目的だ。

銅製の蓋がついたフォーサイス社製のマッシュタン。大麦も水も地元産のみを使用している。

バッチごとに2トンの大麦モルトが使用され、毎週4バッチのペースでスピリッツがつくられる。大麦の粉砕は蒸溜所内でおこなわれる。セミラウター式のステンレス製マッシュタンはフォーサイス社製で、銅製の蓋がついている。糖化に使用されるお湯はバッチごとに16,000Lだ。

使用する水は、ボーリングで75m掘り下げたホーリー・バーンという名の地下水脈から採取している。お湯の投入回数は一般的な3回で、1回の糖化工程から約9,500Lの麦汁が得られる。麦汁はなるべく濁りのない透明な状態を目指しており、絞りかすは地元の農家に還元することで地域内の循環が完結している。

麦汁は4槽ある発酵槽のひとつに送られる。この発酵槽を制作したのは、ダフタウンのジョセフ・ブラウンだ。蒸溜所にはあと4槽ほど置けそうなスペースがあるので、建設するときに将来の需要拡大も見込んだのであろう。だが現在のところ、この空きスペースも有効利用されている。結婚式やチェスの世界選手権など、民間のさまざまな用途に貸し出されているのだ。

発酵槽の麦汁が約32°Cとなったところで、ウイスキー用酵母が加えられる。フルーティーな酒質を得るには、32°Cが最適温だと考えているからだ。この温度を特定するため、有名な日本の蒸溜所も参加して研究がおこなわれたらしい。酵母が加えられると麦汁は18°Cまで冷やされ、96〜114時間にわたる発酵工程に入る。ダフトミル蒸溜所と同様に、発酵時間を長くとることでエステルの風味が強まってくる。これが蒸溜所の求めるウイスキーの特性に貢献するのだ。

 

フルーティーな酒質を目指して

 

さあ次は蒸溜だ。修道院の遺跡を見下ろすように、3基のポットスチルが配置されている。ウォッシュスチル(初溜釜)は1基で、ドリューの母親にちなんで「ドードー」と名付けられている。スピリットスチル(再溜釜)は2基あり、ドリューとヘレンの娘たちにちなんで「ポピー」「ジー」と命名された。

ウォッシュスチルには発酵槽1槽分(9,500L)のもろみが投入され、ローワインが蒸溜されるとパイナップル、洋ナシ、ココナッツ、マンゴーなどの極めてトロピカルな香りが立ち込める。ローワインのアルコール度数は平均で28%程度だ。

2基あるスピリットスチルは、形状も容量もまったく同じである。スピリッツと銅の接触率をできるかぎり高くして、軽やかでクリーンなスピリッツをつくろうという設計意図が感じられる。スピリットスチルにはそれぞれ3,500Lのローワインが満たされ、同時に稼働する。約20分のフォアショッツが終わると、約2時間の蒸溜でアルコール度数75%〜67%のハートを採取して、最後のフェインツに切り替わる。銅との接触を増やすため、2基のスチルは意図的にゆっくりと加熱される。

2基のスチルは形状も容量も同じで、しかも同時に稼働する。それでも各々のスチルから得られるスピリッツを比べると明確な違いが感じられる。運が良ければ、両方のスチルで蒸溜されたばかりのスピリッツをノージングできるかもしれない。だが2つのスピリッツは同じスピリッツレシーバーのタンクに入れられるので、すぐに違いはわからなくなってしまうのだとスタッフが説明する。

2基あるスピリットスチルは完全な同型だが、蒸溜されたスピリッツの香りは明確に違う。窓の外には修道院の遺跡が見える。

「スピリッツの特性はとてもフルーティーで、度数がもっとも高い部分ではリンゴや黒っぽい果皮のフルーツを感じさせます。そこから中程度の度数にかけては、さざなみのようなラズベリーの香り。ミドルでは甘みが強く、キャラメルやバタースコッチの要素が際立ちます。もっとも度数が低い部分ではモルト香が顕著で、シリアルのような風味を感じさせます」

毎週、純アルコール換算で約3,200Lのスピリッツが生産される。これをアルコール度数63.5%に希釈して樽入れだ。1週間あたり約26本分の量になるという。すべての蒸溜所業務を2人のオペレーターで回している。

蒸溜所が重用している樽は、主に3種類ある。オールドフォレスターのバーボンバレル、オロロソシェリーのバット、スペインのミゲル・マルティン社から仕入れるSTR樽だ。だが貯蔵庫に入ると、ありとあらゆる種類の樽が貯蔵されており、サイズも出自もさまざまである。

貯蔵庫は半分がダンネージ式で半分がラック式だ。リンドーズアビー蒸溜所は、間違いなく蒸溜の分野で楽しい実験をたくさんおこなっているようだ。貯蔵庫には6本の面白い樽も転がっていた。フランスのティロン地方で採れたオークの新樽。つまりリンドーズ修道院を創設したティロン修道会ゆかりの地である。リンドーズアビー蒸溜所は、他の蒸溜所の貯蔵庫も借りてあちこちで熟成をおこなっている。

リンドーズアビー蒸溜所で、まだウイスキーを味わうことはできない。原酒が最低の熟成期間と定められた3年に達していないからだ。だがその代わりに、五感を満足させる素晴らしい体験が待っている。蒸溜所内に昔ながらの薬草屋さんが用意され、そこでアクアヴィータを試飲することができるのだ。これは何世紀も前に飲まれていたウイスキーの原型というべきスピリッツで、地元産の野草、果実、花などで香り付けされたものだ。この薬草屋とアクアヴィータをつくったのは、ヘリオットワット大学を卒業したティム・フォスター。蒸溜所を訪れるビジターたちには大好評である。ウイスキーファンではないものの、この蒸溜所の歴史に惹かれてやってきた人も存分に楽しめるだろう。

ファイフはエディンバラからわずか1時間のドライブでたどり着ける。だからウイスキーの心の故郷と呼ばれるこの地に日帰り旅行をしない手はない。このミニシリーズも、あと残すところ1回。リンドーズアビー蒸溜所から東に車を走らせて、キングスバーンズ蒸溜所を目指す。ここもまたスコットランドに誕生した新進の蒸溜所で、素晴らしいウイスキーとホスピタリティーで知られる場所である。
(つづく)