ファイフ州のクラフトディスティラリーを巡るミニシリーズの最終回。リンドーズアビー蒸溜所から車を東に走らせ、世界的なゴルフコースのそばにある地域でキングスバーンズ蒸溜所を尋ねる。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

この地でゴルフとウイスキーのつながりを発見するのは驚くべきことではない。ゴルフのキャディーとして働くダグ・クレメントには不満があった。「このあたりにウイスキー蒸溜所はあるのかい?」と尋ねてくるゴルファーたちに「それが、ひとつもないんです」と答えてがっかりさせることに疲れてしまったのだ。

ダグ・クレメントは、この蒸溜所不毛の地域に何か変化を起こすべきだと感じ始めていた。キングスバーンズ・ゴルフリンクスは、英国内でも十傑のひとつに数えられ、世界でもトップ100にランキングされるゴルフコースだ。スコットランドが誇る2つの伝統を、ここでひとつにしてもいいじゃないか。そして、ダグ・クレメントは2008年に蒸溜所の設立を決意する。キングスバーンズ・ゴルフリンクスからわずか2分の場所に土地を見つけ、長く骨の折れる蒸溜所開設までの道のりをゼロから歩み始めたのである。

蒸溜所の建物は、2世紀以上もの歴史がある。鳩小屋で飼われていた鳩はもういないはずだが・・・

ダグ・クレメントは自己資金で蒸溜所を建設しようとしたが、運良く欧州食品加工販売機構から64万ポンドの交付金を調達できた。しかしすぐにそれだけでは足りないことがわかり、もっと大規模な投資をしてくれるパートナーが必要になった。

そこで14世紀以来ファイフ地域にルーツがあるというウィームス家の登場だ。ウィームス家は18世紀に地域を代表する炭鉱の所有者でもあった。2005年にウィームスモルツを設立して独立系ウイスキーボトラーとなり、自社経営の蒸溜所を所有することが次なる目標であったと考えるのは合理的だろう。ウィリアム・ウィームスが追加で4百万英ポンドを蒸溜所に投資したことで、2014年1月から実質的な主導者となった。

蒸溜所の公式オープンは2014年のセントアンドリュースデイ(11月30日)。だがスピリッツの生産と樽詰めは2015年3月から始まった。我々は心地よい11月初旬の午後に蒸溜所を訪ねることにした。

古い諺に「名は体を表す」とあるが、キングスバーンズ蒸溜所はまさにそんな場所だ。キングスバーンズの「バーン(barn)」とは、古期英語の「bere(大麦)」と「aern(蔵)」を合わせた言葉。ファイフはスコットランドの穀倉地帯として知られ、高品質な大麦が栽培されてきた。だから地元産の大麦だけを使用するという蒸溜所の方針に驚きは感じない。蒸溜所周辺にある3箇所の農場で大麦を栽培し、イングランドのマントン社に送って製麦してから再び蒸溜所に送り返す。この原料の移動はいかにも手間とコストがかかるものの、蒸溜所は十分にその価値があると考えている。

蒸溜所の設備が入っている建物は、1800年頃に建てられたものだ。その中心にあるのが、スコットランド語で鳩小屋を意味する「ドゥーコット」(英語でダブコット)だ。イタリア製のテラコッタタイルで鳩の巣箱を600室も作っている。もちろん今ではこのドゥーコットに鳩はいない。(と思ったら、ちゃんといた!)

 

フルーティーな酒質を目指す

 

生産工程のすべては、ひとつ屋根の下で進行する。スタッフもみな手慣れたものだ。昨年は50週間の生産期間を週7日稼働で回し、夏季休暇2週間、クリスマスと元日に各1日の休日を設けただけだった。バッチごとに1.5トンの大麦モルトを使用し、糖化に使用する仕込み水は3億年前の砂岩地層を100m下に掘った水脈から採取している。

セミラウタータンでおこなわれる糖化工程では、なるべく透明な麦汁を目標にしている。これはエステル香に富んだフルーティーなスピリッツをつくるためだ。お湯の投入回数は一般的な3回である。1回目が64°Cで6,000L、2回目が76°Cで2,200L、3回目が87°Cで5,800Lだ。

フォーサイス社製のランタン型スチルが2基。文化遺産の建物に合わせて背の高さを妥協したが、その代わりなのかラインアームは長い。

ステンレス製の発酵槽が4槽あり、1槽あたり約7,500Lの麦汁が入る。ここに酵母70kgを加え、80〜120時間の発酵をおこなう。いたって普通だと思われるかもしれないが、実はそうではない。酵母はウイスキー用酵母とベルギー産のビール用酵母を半々で混ぜたものを使用している。スタッフによると、ベルギー産のビール用酵母は、ペアドロップキャンディー、果樹園の果物、赤いベリーのアロマといったフルーティーなトップノートを得るためである。

もろみはアルコール度数約8%で蒸溜工程に送られる。フォーサイス社のポットスチルが1対あり、どちらもランタン型だ。もともとは背の高いスチルを希望していたが、建物が文化遺産に指定されているため自由にリフォームできず、天井高に収まる高さまでに限られてしまった。ラインアームはほぼ並行でとても長い。ウォッシュスチル(初溜釜)の容量は8,000Lで、還流を最大限にまで促しながらクリーンなスピリッツを得るためにゆっくりと初溜がおこなわれる。初溜でできるローワインはアルコール度数24%程度だ。

スピリットスチル(再溜釜)の容量は4,500Lだ。フォアショッツの8分間を経てハートを採るが、カットはアルコール度数75%~69%と細かくて狭い。あとのフェインツはアルコール度数1%まで。ひとつのバッチから平均度数73%のスピリッツが850L得られる。週ごとの生産量はバレルで約34本分だ。

 

クラフトジンも楽しめる蒸溜所訪問

 

小規模な蒸溜所にはありがちなことだが、熟成は蒸溜所とは別の場所でおこなっている。貯蔵庫がないのはビジターにとって少し残念だが、その代わりに美味しいパンや菓子が味わえるカフェとテイスティングルームを併設している。すべてのスピリッツはタンクローリー車でインチデアニー蒸溜所に運ばれる。そこで樽詰めして熟成される限りは、原酒がファイフ地域を出ることはない。

ニューメイクスピリッツは、アルコール度数63.5%で樽詰めされる。これはごく一般的な度数である。大多数の樽(85〜90%)はバーボンバレルで、その内訳は常にヘブンヒルである。いちばん最初の樽詰めもヘブンヒルのバーボンバレルだった。それ以外の樽は、シェリー樽とポルトガル産赤ワインのバリック樽である。2019年1月に発売された公式リリース第1号の「ドリーム・トゥ・ドラム」は、バーボン樽原酒とポルトガル産赤ワイン樽原酒10%をヴァッティングしたハウススタイルを提示している。

ジンづくり教室で使用される小さなポットスチル。ボタニカルを選んでジンをつくり、持ち帰れるのが蒸溜所観光の目玉でもある。

キングスバーンズ蒸溜所に貯蔵庫はないが、その代わりにユニークなお楽しみがある。ウイスキー蒸溜所の隣にある農家の小屋を改装した建物にはダーンリーズ蒸溜所があり、そこで年間40〜50日はジンもつくっているのだ。このジンはもともとイングランドのテムズ蒸溜所でつくられていたが、経営陣の熱心な意向で生産地をスコットランドに移したのである。イタリアのフリーリ社製のスチル(容量300L)が、2018年初頭に設置された。

このジン蒸溜所では2時間半のジンづくり教室も開催しており、自分で選んだボタニカルから小さなポットスチルでつくったジンを持ち帰れる。ウイスキー蒸溜所、ジン蒸溜所、テイスティングルーム、カフェなどを総合すると、キングスバーンズまで足を伸ばす価値は十二分にあるといえるだろう。

長年にわたって蒸溜所不毛の地として知られていたファイフ地方にも、ウイスキーが嬉しいカムバックを果たした。このシリーズでは3軒しか紹介できなかったが、ファイフにはまだまだ多くの新しいメーカーが誕生している。ファイフのウイスキー地図を広げるため、近いうちにまた訪ねることにしよう。