ダヴァル・ガンディーとイングリッシュモルトの今【前半/全2回】
文:ベッキー・パスキン
ブレンディングスタジオの中で、ダヴァル・ガンディーは楽しそうに駆けずり回っている。その様子は、まるで愛嬌たっぷりのゴールデンレトリバーが、初めて出会う友達100人に挨拶しているような快活さだ。
金色の液体が詰められた無数のサンプルボトルが、白いキャビネットやラベル付きのトレーから取り出される。意味ありげなラベルからは「スペシャルバット2016」(バットは樽のサイズ)などの秘密めいた情報が読み取れる。
手当たり次第にサンプルボトルを取り出しているようにも見えるが、ガンディーのサンプル管理法は整然としていて隙がない。どこにどんなサンプルが置かれているのか、頭の中にはすべての詳細な情報が入っているのだ。
科学実験用に設計されたピストル型の注射器を使いながら、ガンディーは並べた空のグラスにシナモン色のウイスキーを注入していく。古いワイン樽の中で長期熟成されたウイスキーは、驚くほどフルーティーで複雑な風味を放っている。土のような匂いや、年月によって磨かれたオイリーな感触もある。
これは最低でも15年以上の熟成を経たウイスキーだろう。いや、ちょっと待て。レイクスは、2014年にバセンスウェイト湖畔で開業したばかりだ。だとすれば、これはレイクス蒸溜所で蒸溜されたスピリッツであるはずがない。
だがガンディーは微笑みながら説明する。
「それはだいたい熟成期間が5年の原酒ですね。私が勝手に『偽ランシオ』と呼んでいるタイプです。使用したのは、アメリカンオークの古いソレラ樽、それにペドロヒメネスのリフィル樽とファーストフィル樽。さらに酸素処理(次号で後述)も施してから樽に戻し、湿度の高いダンネージ式の貯蔵庫で熟成しました。こうするとスパイシーで豊かなアロマを持つウイスキーになってくれるのです」
このようなアプローチに力を入れる理由についても、ガンディーは説明してくれた。
「疑似的なランシオ香を生み出すようなアプローチは、どこか旧世界のウイスキーにも似た影響をウイスキーに及ぼしてくれます。私の研究対象はシェリー樽熟成なので、あの深みや特徴をいろいろ調節するのが好きなんです。だからレイクス蒸溜所を始めたときから、シェリー熟成が主体の蒸溜所にしていきたいと思っていました」
インドからウイスキーの世界へ
レイクス蒸溜所は、イングランドのカンブリア州にある美しい蒸溜所だ。ガンディーは2016年にウイスキーメーカーという肩書でレイクスのチームに加わっている。それ以前にはハイネケンで醸造監督を務め、マッカランでウイスキーメーカーとして働いた経歴もある。
インドのグジャラート州出身で、最初はコーポレート・ファイナンスのキャリアパスを歩んでいたという。だがウイスキー愛に目覚めて方向を転換し、エディンバラの名門ヘリオットワット大学で醸造学と蒸溜学の修士号を取得した。
「ウイスキーの多様なフレーバーとアロマに魅せられてしまったんです」
そう語るガンディーだが、レイクス蒸溜所に来てすぐ壁にぶち当たった。生産しているスピリッツが、自分の理想とするスタイルにうまくマッチしないのである。
「ニューメイクスピリッツが、ウォツカみたいな感じでした。ものすごく軽いフレーバーで、スペイン産のオーク樽で熟成したら樽香に圧倒されてしまうだろうと思いました。伝統あるマッカランのように、リッチなフレーバーが私の理想。甘味があって、エレガントで、抑制も効いたグランレゼルバのスタイルです。そんな夢があったので、裏でいろいろと変革しようと努力を続けてきました」
ウイスキーづくり全体のプロセスを変えていく包括的なアプローチをとるため、ガンディーは蒸溜所を新しい方向へと導いていくリーダーに抜擢された。計画をいったんタブラ・ラサ(白紙)に戻し、ハイネケンとマッカランで積んだ経験を活かしながら、持ち前の鋭い集中力でレイクスのウイスキーを再定義した。シェリー樽熟成を主体にしたイングリッシュシングルモルトをつくるため、蒸溜所の生産プロセスを抜本的に見直したのである。それは既存の熟成樽をシェリー樽に置き換えていくという大仕事から始まった。
「最初に決断したのは、樽熟成の方針を完全に変えること。当時はバーボン樽が90%を占めていましたが、ファーストフィルのシェリー構成が90%になるようにしました。この変更によって、樽の代金だけでも11万英ポンドから160万英ポンドに跳ね上がります。小規模な蒸溜所にとっては、クレージーな決断ですね。現在のポートフォリオには48種類のシェリー樽熟成原酒があります。そのうちメインとなる3つはフィノ、オロロソ、ペドロヒメネス。この3種類の中でも樽ごとに空気乾燥の期間、トーストの度合い、樽材などを変えています。樽材に使用しているのはアメリカ産、フランス産、スペイン産のオークです」
(つづく)