フロアモルティングと直火式スチル。あえて過去の生産スタイルを復興することに、グレンギリーは未来へのイノベーションを見出した。アフリカ生まれの蒸溜所長がその真意を語る。

文:ガヴィン・スミス

 

1994年、モリソン・ボウモア・ディスティラーズ社は、日本を代表するウイスキーメーカーでもあるサントリー(現ビームサントリー)の傘下になる。サントリーは1989年よりモリソン・ボウモア・ディスティラーズ社の株式35%を保有していた。

グレンギリーは1995年10月から1997年11月までの休業期間を経て、総工費70万英ポンド(約1億円)の改修で再稼働した。2006年にはかつて樽工房だった建物に新しいビジターセンターがオープンし、現在も数種類の蒸溜所ツアーが用意されている。

シングルモルト「グレンギリー」の大胆なブランド変更も2009年におこなわれた。タータンチェックと牡鹿のイメージを打ち出したかつてのパッケージは、モダンでクールなデザインに生まれ変わった。現在の主要なラインナップは、「グレンギリー 1797 ファウンダーズリザーブ」、「グレンギリー12年」、「グレンギリー ルネッサンス 15年」、「グレンギリー バージンオーク」、その他の各種ビンテージ商品だ。

「グレンギリー バージンオーク」やビンテージ商品の一部は、1978年に蒸溜された原酒まで使用しているので当時のピート香が強いグレンギリーを味わえるものもある。

21世紀にあえてフロアモルティングを復活させるグレンギリー蒸溜所。ビームサントリーの狙いは、スピリッツの特性を豊かにすることだ。

このような変遷を理解すると、最近のグレンギリーが敢行した大きな方針転換が、いっそうドラマチックに思えてくるだろう。現在の蒸溜所長は、ジンバブエ出身のクワニリ・マドルイだ。前職はディアジオで、4年以上にわたってグレンエルギン蒸溜所の施設業務部長を務め、エルギンの技術サポート部門に出向した後、バーグヘッド・モルティング、ローズアイル蒸溜所、ローズアイル内の製麦所で18ヶ月経験を積んだ。ビームサントリーに入社して、グレンギリーに来たのは2019年5月のことだという。

「ディアジオではウイスキーづくりについて多くのことを学び、モルティングについても学びました。またグレンエルギンでの大規模な改修に関わったので、ここグレンギリーでの業務にも役立っています」

ビームサントリーは、グレンギリーがフロアモルティングと直火蒸溜(熱源はガス)に回帰する決断をした。マドルイによると、これはスピリッツの特性にこだわった上での判断だったのだという。

「かつて1970年代には、ボイラーによる間接式の加熱へ各メーカーがこぞって移行しました。そのときに、直火式加熱による利点のいくつかが失われていったと考えています。グレンギリーが再び直火式加熱を採用してから、ニューメイクスピリッツには明らかな違いが見られるようになりました。キャラメルの風味が強まり、ボディがしっかりしてきたんです」

大きな変化は、スチル内の環境に起こっているのだとマドルイは説明する。スチームによる間接的な加熱では、温度が130〜140°Cでわりと均一に保たれる。 だが直火式では、場所によって温度が1,000°Cを超えることもある。

「とにかく火力で熱を加えることが重要です。たった10℃だけ温度が上昇しただけでも、化学反応の速度が倍増します。それによって、さらに多くの香味要素が生成されることになるのです」

ウォッシュスチルを直火式に戻したのは、グレンギリー改修計画における第1段階だった。この第1段階は、時期でいうと2020年後半にあたる。同時期に、使われていなかった第3のスチルを撤去し、蒸溜棟を外郭だけの状態にまで削ぎ落としてから建物全体を再建した。ロセス村のフォーサイス社が、設備の自動制御システム自動を設置。同社が新しい直火式のウォッシュスチルも製作した。これによって蒸溜工程が、糖化工程よりも早く自動化される形になった。他の蒸溜所では、大半が糖化を先に自動化することから、この逆転現象は面白いのだとマドルイは言う。

直火が当てられるウォッシュスチルの釜(底)部分は、銅の厚みが40mmもある。これは通常のスチルと比べて2倍の厚さだ。グレンファークラスなどにある他の直火式スチルと同様に、スチルの釜の中にはラミジャーと呼ばれる攪拌装置が内蔵されている。これはスチルの底を回転する銅製のアームで、液体の中に固形物ができて焦げてしまうことを防ぐためのものである。

新しい熱回収システムが導入されたことで、スチルは蒸溜前に予熱される。これによって、蒸溜開始までの時間が短縮できる。スピリットスチルでは、これまで55分だった予熱時間が10〜20分に短縮された。マッシング中に予熱することで、エネルギー消費量も同様に削減できるのだという。
 

直火式スチルの次は、フロアモルティングの復興

 
グレンギリー改修計画の第2段階には、4箇所あるモルティングフロアのうち3箇所を改修する計画も含まれている。この改修と同時に、モルティングを担当するスタッフも雇用しなければならない。スタッフの事前研修に使われるのは、ビームサントリーが所有するアイラ島のラフロイグ蒸溜所とボウモア蒸溜所だ。グレンギリー蒸溜所では週に72トンのモルトが必要になるが、そのうち24トンを蒸溜所内のフロアモルティングで賄うのだという。

「フロアモルティングで製麦したモルトは、製麦業者から購入するモルトと品質が異なります。専門の製麦業者のほうが、発芽や窯焼きなどのあらゆる面で均一な品質が期待できます。そのため品質の一貫性が保てるのです。 一方のフロアモルティングでは、同水準の一貫性は保てません。つまり潜在的にたくさんのバリエーションが生じる可能性もあるのです」

ジンバブエ出身のクワニリ・マドルイ蒸溜所長。フロアモルティングと直火式スチルは、スピリッツのフレーバーを濃厚に変えたと断言している。

ビームサントリーがそれでもあえてフロアモルティングの再開を決めた理由は、蒸溜所内で製麦されるモルトが、スピリッツに新次元の特性を加えてくれるという見通しからなのだとマドルイは語る。

またマドルイによると、このフロアモルティングの導入によって、一定の「不確実性」が生じることになり、生産工程で生成されるタンパク質の量も増える。タンパク質が分解されるとアミノ酸にあるので、ウォッシュスチルの中にあるアミノ酸類の量が増すことになる。

ここで起こるのが、アミノ酸と糖を加熱すると褐色に変性する「メイラード反応」だ。ステーキの表面を焼いたり、マシュマロを網焼きしたりすると茶色くなるあの現象である。このメイラード反応がウォッシュスチルの内部で起こり、個性的な揮発性の香味成分が生成されてニューメイクスピリッツまで持ち越される。

メイラード反応の素になるのは、アミノ酸類と発酵しきれなかった残存糖である。タンパク質は糖化工程中に酵素で分解され、発酵の終盤でも同様に分解される。つまり酵母細胞が崩れて、内部の物質(タンパク質分解酵母など)がもろみ(ウォッシュ)に放出されるのだ。

「そんなさまざまな作用によって、最終的なスピリッツのフレーバーが濃厚になります。フロアモルティングと直火式蒸溜は、相互に作用して新しいグレンギリーの酒質に寄与するのです」

マドルイの説明は、そんな結論に至った。

このように極めて珍しい歴史回帰的なプロジェクトの現場として、グレンギリーが選ばれた理由は明白だ。なぜならフロアモルティングが1990年代まで実践され、ウォッシュスチルも1980年代まで直火式だった蒸溜所は少ないからだ。マドルイは言う。

「当時のスピリッツのサンプルが残っているので、現在つくっているスピリッツとも比較できます。これもまた、ビームサントリーが伝統回帰の場所にグレンギリーを選んだ理由のひとつです。 時間を遡ってみる喜びもあり、しかし同時に未来を見据えてエネルギー効率を最大化しなければなりません。故きを温めて新しきを知る。そのちょうどよいスイートスポットのような解決策を見つけるプロジェクトでもあるのです」