キャッシュフロー確保のボトリングには背を向け、ただ理想のウイスキーができるのを待つ。光酒造鴻巣蒸溜所のスタンスは、クラフトブームのなかでも異彩を放っている。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

光酒造鴻巣蒸溜所のシーズンは、10月末に始まって翌年6月半ばまで続く。それ以外の時期は、単純に暑すぎるから休業しているのだという。発酵の条件でも妥協が必要になるし、あらゆる工程での冷却作業が大変すぎるのだ。

「夏は日本でいちばん暑いといわれる熊谷市の隣ですからね。蒸溜所施設は、室内でも42°Cくらいになります。このあたりは住宅地でもあるので、通年で生産するのは最初から諦めていました」

手前のウォッシュスチル(初溜器)はランタン型で、奥のスピリットスチル(再溜器)はボイルボール付き。主要設備はスコットランドのフォーサイス社に依頼した。

蒸溜所で使用する地下水は、敷地内に120mの深さまで掘った掘削孔から採取される。バッチは1回で大麦モルト1トン(1,000kg)分 だ。通常は1週間で4バッチ分のスピリッツが生産される。大麦モルトは輸入で、大半がノンピートだ。ときどきヘビリーピーテッドのモルト(50ppm)が使用され、今年はミディアムピーテッド(24ppm)も使ってみる予定だという。

糖化工程には、銅製の天蓋がついたステンレス製セミラウタータンが使用される。麦汁は温度調整なしで6槽あるステンレス製の発酵槽のひとつ(容量は各7,500L)に送られる。ノンピートモルトからの生産にはウイスキー用酵母が使用されるが、一部でビール用酵母も組み合わせる。ピーテッドモルトに使用するのはウイスキー用酵母のみだ。

発酵時間は90時間が標準で、それより長めの時間や短めの時間も試している。発酵工程を終えたもろみはアルコール度数が約8.2%になるが、これを7%まで下げてから初溜器に送る。初溜器は容量5,500Lのランタン型で、再溜器は容量3,600Lのボイルボール付きだ。蒸溜所の天井が高くないのでネックはかなり短めで、蒸気で間接的に加熱する。ラインアームは上向きで、多管式(シェル&チューブ)のコンデンサーが付いている。

蒸溜はじっくり時間をかけておこなわれ、初溜と再溜で平均10時間ほど。すべてがフローラルでフルーティーな酒質を得るための工程だ。

蒸溜されたスピリッツは、アルコール度数63.5%で樽入れされる。熟成に使用する樽の約85%はバーボン樽だ。現在までにオロロソ樽、マンサニージャ樽、焼酎樽(パンチョン)も使われてきた。熟成中の樽は約500本で、すべて第1貯蔵庫(左側の建物)に置かれている。貯蔵庫は4段積みのダンネージ式。これより大きな貯蔵庫の新設工事が、敷地内で2021年10月から始まっている。

「新しい貯蔵庫が完成したら、樽3,000本を収納できるようになります。あと6〜7年分の原酒が収められる計算ですね」

 

既存の枠にとらわれない実験精神

 

生産スタイルだけを列挙すると、わりと月並みな蒸溜所に思われるかもしれない。だがここ光酒造鴻巣蒸溜所では、独自のユニークな試みもおこなわれている。

「クリエイティブな自由を確保するのが重要。私も正雄さんも、個人的な実験プロジェクトを進めています」

最近エリックが試したプロジェクトは、ニュージランドから輸入したマヌカ材でスモークした大麦モルトだという。

社内で「スペシャル」と呼ばれている実験的なプロジェクト。さまざまな原料から蒸溜したスピリッツを、焼酎用の瓶でマリッジさせる。多彩な酒造経験がある奥澤正雄さんのアイデアだ。

「マヌカ材でスモークした大麦モルトは、昨年末に20トンほど取り寄せました。今年の1月上旬から蒸溜を開始しています」

そのニューメイクスピリッツを試飲させてもらったが、確かに魅力的な味わいがある。リコリスの香りが前面に出て、心地よいスパイスのキックと穏やかな木のスモーク香が背後に感じられるのだ。

「このスピリッツは『ウッドフォードリザーブライ』の樽で熟成しています。私たちが大好きな樽なので、ニューメイクの特性がうまく絡み合ってくれることを願っています」

奥澤正雄さんのプロジェクトは「奥澤スペシャル」としてチーム内でも愛されており、さらに野心的な内容だ。奥澤スペシャルの第1弾は、3種類のモルト(クリスタルモルト、チョコレートモルト、ヘビリーピーテッドモルト)を別々に蒸溜し、ヴァティングしてから10カ月間にわたって陶器の瓶(容量1,000L)に寝かせておく。この瓶は麦焼酎の貯蔵に使われていたのものだ。10カ月が経ったら、その瓶から栗材の樽へ移し替える。フィニッシュに使用する樽は、天板に桜材をはめこむ。

奥澤スペシャル第2弾は、ライ麦モルトと小麦モルトを原料にしたもの。これも同様に陶器の瓶で10カ月寝かせ、バーボン樽で熟成する。さらに奥澤さんは最近スモールバッチのグレーンウイスキーづくりにも挑戦し、大麦モルト65%と米(山田錦)35%というマッシュビルから2回蒸溜のスピリッツをつくった。

「一般のグレーンウイスキーよりは、だいぶ原価の高いグレーンウイスキーになりますね。でも大麦モルト以外のグレーンは、どうしても試してみたかったんです」と奥澤さんは言う。第1貯蔵庫の外に、初めてのグレーンウイスキーを入れる予定の樽が14本並んでいる。もちろん樽自体も特注だ。材質はヨーロピアンオークで、容量225L。そのうち1本は、天板を日本のヒノキ材に替えてある。どんな結果になるのか、乞うご期待だ。

 

寡黙に独自路線を貫く

 

光酒造のチームにみられる自己完結型のアプローチは、ある意味で新鮮に感じられる。日本の他のウイスキーメーカーとの親しい交流は見られない。コロナ禍への対応として定めた独自の規制により、近隣の蒸溜所からいただいた招待もまだ保留にしてあるのだとエリックは言う。

貯蔵庫は4段積みのダンネージ式。シングルモルトウイスキーを主力に、世界市場で勝負する路線は確定している。

「自分たちだけで考えることにより、既存の枠にとらわれない発想ができます。それが私たちにとって大事なことですから」

そして光酒造は、最初のウイスキーを発売する時期についても事を急いではいない。エリックは言う。

「少なくとも2025年までは、どんな商品のボトリングも計画していません。その後は、ただ準備が完了する時を待つだけです」

小さなビジターセンターを敷地内に建設する計画も浮上したが、これも同様に先延ばしされている。ビジターセンターだけ開業しても、そこで売る商品がまだ用意できないからだ。

「ここでつくるウイスキーの90%は輸出用にしようと考えています。輸出先は英国、欧州本土、香港、シンガポールが中心になるでしょう。そもそも年間60,000本以上を売るだけの生産量がありませんから、国内市場に充てるだけの余裕がほとんどないのです」

そんな将来への不安は抱えつつ、目の前には今やるべき仕事がたくさんある。発売までの長い準備は、まだまだ続いていく。