ウイスキーの殿堂「ホール・オブ・フェイム」2019年度表彰者発表

April 8, 2019


ウイスキーマガジンアワードの一環として2004年にスタートし、今回で16回目を迎える「ホール・オブ・フェイム」。2019年度はスウェーデンと日本でウイスキーの振興に尽力した2名が殿堂入りを果たした。その素晴らしい功績をプロフィールとともにご紹介。

 

アンジェラ・ドラツィオ

(マスターブレンダー/マクミラ・スヴェンスク・ウイスキー)


アンジェラ・ドラツィオは、マクミラの名声を世界的に広め、数多くのアワードをもたらした影の立役者である。ウイスキー業界で輝かしい経歴があり、古い伝統にチャレンジする情熱にもあふれている。男性優位の世界として知られるウイスキー業界のなかで、その存在感はひときわ鮮やかだ。

スウェーデン国内ではウイスキー業界の著名人として認識されているが、国外では飲料関係の審査員や審査委員長として長く知られてきた。審査を担当したコンペティションには、インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)、スーペリア・テイスト・アワード(STA)、インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)、などの世界的アワードも含まれる。1996〜2011年には、ストックホルム・ビア&ウイスキー・フェスティバルのウイスキー部門を審査した。

スウェーデンとイタリアで育ち、ストックホルムのレストランアカデミーでソムリエコースを修了したのを機に27歳でスウェーデンに永住帰国。イタリアでの生活から料理とワインへの関心を高め、高級食材を生み出す自然の摂理についても理解を深めた。

ウイスキー業界でのキャリアは25年以上。グレンモーレンジィのブランドアンバサダーに始まり、バーンストンではワインとスピリッツの輸入を担当した。ストックホルムにある世界的に有名なパブ「アクルアット」で、ウイスキーバーとクラブのマネージャーも務めている。また限定シングルカスクボトルの販売で知られる独立系ボトラー、スコッチ・シングルモルトウイスキー・ソサエティ(SMWS)のスウェーデン支部を数年にわたって運営した経験もある。

2004年には、マクミラのマスターブレンダーおよびチーフ・ノーズ・オフィサー(CNO)に就任。マクミラのウイスキー生産における原酒構成やブレンディングを管轄し、貯蔵庫での熟成を監視しながら品質を厳しく管理している。ウイスキーの官能評価や、テイスティングの研修なども業務範囲だ。

プライベートでの目標は、ダンスを取り入れたフィットネス「ニア」の講師になること。現在すでに茶帯を取得しているほどの腕前である。夏季になると、マクミラ・ウイスキー・ビレッジの村内にあるグラビティ蒸溜所前の芝生でダンスを教えているアンジェラの姿が目撃できるだろう。その優れたバランス感覚が、ウイスキーとダンスからもたらされているのは間違いない。

 

 

宮本博義

(グローバルブランドアンバサダー/サントリーウイスキー)


宮本博義がサントリーに入社したのは1978年。山崎蒸溜所で働き始めたのは、もうかれこれ40年以上前のことになる。以来、同社でさまざまな部署で働き、貴重な体験を積み重ねてウイスキーに関する知識の幅を広げてきた。豊かな知見を活かすべく、近年はアンバサダーとして活躍。ジャパニーズウイスキーの魅力について解説し、観客を魅了しながらさらなる普及に努めている。

1980年、宮本博義は米国に渡って樽工房の世界に飛び込んだ。サントリーのウイスキーづくりに欠かせない樽の調達を担当しながら学びを得るためである。1985年になって日本に帰国すると、すぐ白州蒸溜所に配属。ブレンダー室で3年間勤務した後、1990年に再び海を渡ってロンドンへと赴いた。英国での勤務は4年に及び、1994〜1999年にはモリソン・ボウモア・ディスティラーズの生産部門を統括することになった。

この時点で宮本博義は東京に拠点を移し、主席ブレンダーを経て生産推進部部長の業務を開始。2001〜2002年に白州蒸溜所工場長となった後、再びスコットランドに渡ってモリソン・ボウモア・ディスティラーズ副社長を2年間にわたって務めた。

日本に再帰国後は、2004から2010年まで山崎蒸溜所工場長に就任。2010年よりウイスキー部で品質担当ジェネラルマネジャーを務め、2014年からはグローバルアンバサダーとして活動を続けている。

 

 

 

カテゴリ: Archive, features, TOP, アワード, 最新記事