アイラの秘密を味わう

March 21, 2017


モルトの聖地アイラ島のなかでも、ひときわ風土にこだわり抜いたウイスキーを生産するブルックラディ。伝説のヘッド・ディスティラーから受け継いだ秘密を、若きリーダーが新たなスタンスで提示する。

文:WMJ

 

ここに1本のボトルがある。名前は「ブルックラディ ブラックアート 1992」。名称とデザインは謎めいており、漆黒のボトルに刻まれた六芒星は、錬金術において「真の知恵」を授けてくれる賢者の石を意味する。水、火、月、変化、命の水を表す文様は、あたかもウイスキーの蒸溜工程を錬金術になぞらえているかのようだ。

「ブラックアート」は、ブルックラディ蒸溜所のヘッド・ディスティラーが厳選したシリーズである。今回で5作目となるが、原酒の種類や配合は創造主たるヘッド・ディスティラーだけが知っている。詳細は誰にも明かしてはならないというのが「ブラックアート」のコンセプトなのだ。わかっているのは、1992年ヴィンテージで、24年熟成の原酒のみを使用したシングルモルトウイスキーであること。アイラでは珍しいノンピートのウイスキーで、アルコール度数はカスクストレングスの48.4%だ。

一昨年まで、ブルックラディのヘッド・ディスティラーといえば、長年ボウモア蒸溜所長も務めたジム・マッキュワン氏だった。引退する直前、マッキュワン氏は後継者と定めた若き現マスター・ディスティラーのアダム・ハネット氏に、密かに構想を練っていた5作目のブラックアートのレシピを手渡す。ブルックラディの歴史において重大な瞬間だった。

だがここからが面白い。偉大な師の思いに胸を打たれたハネット氏だが、そのレシピをついに採用することはなかった。「私がつくるブラックアートは、私自身の作品であるべきだ」と考えたのである。

 

アイラ産にこだわる反骨のウイスキーづくり

 

設立された1881年当時の蒸溜設備も引き継ぎ、2001年に蒸溜を再開したブルックラディ蒸溜所。あらゆる情報を開示しながら、本物の手づくりを実践している。

新しい歴史を生み出すべく、マッキュワン氏のレシピをあえて無視したハネット氏。こんな決断も、アイラ通のファンなら「いかにもブルックラディらしいね」と微笑んで受け入れるだろう。ブルックラディのウイスキーづくりは、そもそも既成概念への挑戦にあふれているのだ。

アイラ島の西海岸沿いに建つブルックラディ蒸溜所は、その存在自体がひとつのコンセプトである。現地を訪ねた人は、モダンなボトルデザインとのギャップに驚かされるだろう。設立された1881年当時の蒸溜設備を引き継ぎ、あえて機械化せずに多くの作業を人力でおこなっている。

1994年に閉鎖されたブルックラディ蒸溜所を、復活させた立役者はジム・マッキュワン氏だ。38年間務めたボウモア蒸溜所に別れを告げ、2000年12月19日から廃墟同然のブルックラディで働き始めた。閉鎖時に解雇された元のスタッフを呼び戻し、設備を修繕して2001年5月29日午前8時26分に蒸溜を再開した。

アイラ産のウイスキーを名乗る以上は、ウイスキーづくりのすべてをアイラ島でおこなわなければならない。これがアイラで生まれ育ち、ブルックラディを次なるライフワークに選んだマッキュワン氏のこだわりだった。だがこれを実行するのは至難の業である。当時のアイラ島では、ウイスキー用の大麦栽培が完全に廃れていた。説得の甲斐あって、数軒の農家が島では困難といわれる大麦の栽培を再開してくれた。今では蒸溜所の成長にあわせて契約農家も17軒にまで増えている。熟成もスコットランド本土でおこなうメーカーが多いなか、アイラの潮風を浴びる貯蔵庫を着々と増設している。

アイラ島内でのボトリングも難関だった。島内のメーカーは、大半が効率を優先してスコットランド本土でボトリングをおこなっている。だがマッキュワン氏には、全工程をアイラ島内で完結させるという美学だけでなく、流出している島の若者のために雇用を創出したいという願いもあった。現在、人口約3200人のアイラ島では200人ほどがウイスキー産業に従事している。そのうち小さなブルックラディ蒸溜所で80人も働いているのは驚きだ。従業員には若者が多く、全員が会社の株主でもある。大地と人をとことん大切にするウイスキーなのだ。

 

謎を解く、唯一の鍵はフレーバー

 

ジム・マッキュワン氏からマスター・ディスティラーの座を受け継いだアダム・ハネット氏。「ブルックラディ ブラックアート 1992」には、どんな秘密が隠されているのだろう。

ブルックラディのシンボルといえば、斬新なパッケージデザインである。だがあの力強いタイポグラフィーも飾りではない。ぎっしりと書き込まれたテキストには、通常のメーカーなら明かさないようなデータも掲載されている。もし手元に「ザ・クラシック・ラディ」のボトルがあれば、ボトル裏面の右隅に5桁の数字を見つけられるだろう。この製品番号は、オフィシャルサイトで入力すれば樽の詳細なプロフィルに遡れる。最近発売された限定の「10年」シリーズでも、熟成年が「10年」ならきっちり10年熟成の原酒を使用し、11年や12年の原酒はブレンドされていない。シングル・ヴィンテージとして「最上の時」を切り取ることに重きを置いているのだ。もちろんチルフィルターやカラメル着色はおこなわない。

一切のごまかしを拒絶し、出自をすべてさらけ出す丸裸の戦略。おそらく世界中でもっとも秘密の少ない蒸溜所がブルックラディかもしれない。そんな生真面目なブランドで、唯一最大の秘密が「ブラックアート」なのである。その謎を解明するには、実際に味わってみるしかない。

グラスに注ぐと、色はアンティークの銅のように輝いている。香りは時間をかけてゆっくりと開き、ブラウンシュガー、バニラ、シロップ漬けのイチジクに、ふんだんなフルーツやあたたかなオレンジのシトラス香が放たれる。

口に含むと、舌触りはベルベットのように滑らかだ。オーク由来の蜂蜜、タバコ、バニラ、スパイシーなシナモンの風味が層をなし、香りで感じたスモモやマンゴーなどのフルーツ風味が波のように打ち寄せる。

フィニッシュは、オーク、モルト、フルーツの完璧なバランス。桃やスモモなどの果物と、クリームのようなテクスチャーが残る。余韻は長く、穏やかで華やかな芳醇さが印象的だ。

偉大なる師匠の独立心を受け継いだアダム・ハネット氏は、アイラでいちばん新しく、そして素敵な謎を投げかけてくれた。「ブルックラディ ブラックアート 1992」は3月27日の発売。とっておきの秘密を自分の感性で味わってみよう。

ブルックラディ ブラックアート 1992

 
アルコール度数:48.4度

容量:700ml

希望小売価格:35,000円(税別)

発売日:2017年3月27日(月)

WMJ PROMOTION

 

 

カテゴリ: Archive, features, TOP, 最新記事, 風味