イタリアンウイスキーに注目【後半/全2回】
文:シモーネ・サルキ
イタリアのウイスキーメーカーは、2023年だけで4社から9社に増えた。イタリアンウイスキーの世界ではグラッパの伝統が強い存在感を示しており、これまでにウイスキーをリリースした蒸溜所9軒のうち、6軒が既存のグラッパメーカーだ。
トレンティーノ州にあるヴィラ・デ・ヴァルダ蒸溜所も、170年の伝統があるグラッパメーカーだ。そのスピリッツづくりへの情熱は、今や4種類の個性的なウイスキーに傾けられている。
ウイスキー商品の内訳は、スプルース樽で追熟したシングルモルト「ドロミティ」、アマローネ樽で仕上げたシングルモルト商品、シチリア島の酒精強化ワインとして知られるパッシート・ディ・パンテレッリアの熟成樽で仕上げたシングルモルト商品、そしてライ麦100%のライウイスキーである。この他にも、イタリアとヨーロッパのイータリー(Eataly)で限定発売されているライウイスキーとシングルモルトもそれぞれ1銘柄ある。
ヴィラ・デ・ヴァルダ蒸溜所を創業した一族の6代目で、現在はマスターディスティラーを務めるマウロ・ドルツァンが説明する。
「私たちは農場蒸溜所を自認しているので、大麦もライ麦も自前で栽培します。ライ麦を使用するのは不思議な選択に見えるかもしれませんが、地元の伝統でもあります。高地栽培で育てた大麦やライ麦、そして蒸溜酒づくりの長い伝統。この2つの強みを組み合わせ、私たちの土地とイタリアの山々を表現したウイスキーをつくりたいと思っています」
ヴィラ・デ・ヴァルダ蒸溜所は農業、ワイン醸造、グラッパ蒸溜に使用されていた17世紀の道具コレクションを見学者向けに展示している。ウイスキーづくりは、この地方が誇るべき伝統の延長線上にあるのだ。
地元産の穀物だけでなく、ヴィラ・デ・ヴァルダ蒸溜所の強みはブレンタ・ドロミテ山脈の湧き水にもある。また樽材に使うイタリア産の赤トウヒは、17世紀後半から18世紀初頭にかけて名工アントニオ・ストラディヴァリがバイオリン用の木材を調達していた森から伐採されている。
同じく2023年に発売されたイタリアンウイスキーに「TERリグナム」がある。発売元はトレンティーノ・アルト・アディジェ州のロナーだ。やはりグラッパなどの果物を原料としたスピリッツメーカーだが、イタリアの有名なビールメーカーであるフォルストから大麦モルトのもろみを取り寄せている。ロナーが蒸溜したスピリッツは、バリック樽で5年間熟成される。樽材にはヘビーにトーストされたオーク材が使用され、天板はサクラ材とカラマツ材でできている。つまり3種類の樽材による熟成が特徴だ。
ロナーのシモン・シュヴァイクコフラー(マーケティング部長)は、次のように語っている。
「このユニークな樽熟成から、私たちの歴史とヨーロッパアルプスを象徴する豊かな風味と香りが生まれます。樽材はみな地元トレンティーノの森林から伐採したもので、他のスピリッツの熟成にも使用しています」
サルデーニャでワインとスピリッツを生産するシルヴィオ・カルタも、昨年に初めてのウイスキーをリリースした。このシングルモルトウイスキーのスピリッツは、1985年にトスカーナで製造された銅製の蒸溜器で2回蒸溜されたものだ。この蒸溜器はシルヴィオ・カルタの特注仕様である。オーナーのエリオ・カルタが次のように説明する。
「私はオーク樽があまり好きではありません。だからサルデーニャ産の栗材でできた非常に古い樽でスピリッツを熟成しています。この栗樽は、ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノというサルデーニャ名物のワインを熟成するためだけに使用されてきました。だからこのウイスキーは、私たちの歴史を反映した味わいなのです。独自の個性が際立ったユニークなウイスキーだから、私たちが参入したいニッチ市場にもぴったりです」
グラッパ蒸溜所だけでなく、クラフトビール醸造所もイタリアンウイスキーづくりに参入している。サルデーニャのビール醸造所からスピリッツ蒸溜所に転身したエクスムは、2023年に2種類のシングルモルトウイスキーを発売した。ひとつはオーク新樽、もうひとつは元バーボン樽で共に3年間熟成させたウイスキーだ。ヴィラ・デ・ヴァルダと同様に、エクスムも地元産原料にこだわっている。オーナーのアレッサンドロ・コッスーが内情を説明してくれた。
「私たちはビールとウイスキーの製造に使う穀物を自前で栽培しています。伝統を守るため、ビールの発酵に使用してきた酵母と同じ酵母をウイスキー用にも使っています。上質な原料を使って新しいウイスキーをつくれば、おのずとウイスキーの品質も高まっていくでしょう。スコッチウイスキー、アメリカンウイスキー、ジャパニーズウイスキーなどとの差別化を図るには、私たち自身の資源を活用する必要があります」
同じくビール醸造所では、トスカーナ州にあるクラークも2023年12月に初のシングルモルトを発表した。ナンノーニのオッキピンティと共同でつくられたシングルモルトは、オーク樽で3年間熟成されてアルコール度数42%と55%の2種類でボトリングされた。
本格的なイタリアンウイスキーの時代が到来
今後の2年を先取りすると、まだまだ新しいイタリアンウイスキーが登場する予定だ。特に注目を集めているのが、ロンバルディア州のアルベドが生産するウイスキーブランド「ストラーダ・フェラータ」だ。アマレット「ディサローノ」で有名なイルヴァ・サローノは、アルベドの増資に伴って2024年1月に株式の20%を取得している。これはイタリアンウイスキー業界全体を勇気づけるニュースとして歓迎された。最初期に蒸溜された「ストラーダ・フェラータ」が2024年4月までに熟成3年の節目に達すことから、年内に商品がリリースされる可能性も高い。
同じく2024年にウイスキーがリリースされる可能性があるメーカーは、トスカーナ州キャンティ地方のワインスティラリー、トレンティーノ・アルト・アディジェ州のピゾーニ(ワイナリー)、ピエモンテ州のマツェッティ・ダルタヴィッラ(グラッパメーカー)などである。
スパークリングワイン、スピリッツ、リキュールなどの多様な商品を生産するヴェネト州のボッテガや、グレーンスピリッツを「ムーンシャイン(密造酒)」の名でボトリングしているリグーリア州のムリーノ・ディ・サッセッロも、数年後にはウイスキーのボトリングを始めるはずだ。
今さらイタリアでウイスキーをつくる意味などあるのか。そんな懐疑的な目で見られてきた時代もあった。たがイタリアンウイスキーが勃興するのは時間の問題だ。まさに機は熟しているのだとポーリ蒸溜所のヤコポ・ポーリは言う。
「グラッパの蒸溜は、ウイスキーの蒸溜に比べて工程も複雑です。だからグラッパの蒸溜で培ってきた経験は、成功への保証になるでしょう。みんなグラッパのブランドで有名になった企業としての矜持もあります。市場の需要をただ追いかけるだけに、平凡なウイスキーをつくって評判を落としたくないという気持ちが強いのです」
新しい蒸溜所にとって、国際的に注目されるウイスキーをつくるのは本当の挑戦になるだろう。もちろん簡単なことではないが、ロナーのシモン・シュヴァイクコフラー(マーケティング部長)は静かな自信を持っているようだ。
「イタリアで新しいウイスキー生産者が増えるほど、私たちのことを話題にする人も増えるでしょう。だから競争は助けになるし、国内外におけるイタリアンウイスキーの一般的な評価も高まっていくと予想しています」
イタリアが従うべきEUの規制では、シングルモルトウイスキーのポットスチル蒸溜を義務付けていない。また熟成樽もオーク材に限定するような制限がない(ただし容量は1本700リッターまで)。このような自由度も味方につけながら、スピリッツメーカーがウイスキーにおけるイタリアンスタイルを確立し始める余地は十分にあるだろう。
ヴィラ・デ・ヴァルダの当主でマスターディスティラーを務めるマウロ・ドルツァンによれば、ワイン醸造におけるテロワールの概念をウイスキーにも援用することは、イタリアンスタイルを定義する上で極めて重要だ。イタリアンウイスキー、イタリア産ワイン、イタリア産ビールといった生産者同士のコラボレーションも等しく重要である。
すでに国際的な認知を得ているプーニ蒸溜所の貢献は、イタリアンウイスキーの発展を支える土台になっていくだろう。基本的なものとなるだろう。ブランドアンバサダーを務めるルカ・ルッソは、イタリアンウイスキーを世界的な規模で確立するというチームの決意を語った。
「美食の国イタリアの伝統に根差し、高品質でエレガントなイタリアンウイスキーの名声を確立しようと覚悟を決めています。メイド・イン・イタリーのウイスキーが、単なる目新しさだけでなく、確固たるカテゴリーになった未来を夢見ています」
イタリアンウイスキークラブの共同設立者、ダヴィデ・テルツィオッティは地元産の穀物原料とイタリア産ワインの熟成樽が高い品質の基盤になると見ている。
「すでに販売されているイタリアンウイスキーは、それぞれに特徴が異なります。でもイタリアらしさを打ち出した製品であることで共通点もあります。私が期待しているのは、国内国外の消費を同時に増やしていく仕組みを作ること。他国の例にならって、イタリアンウイスキー協会の設立を検討するべき時かもしれません。規制を強化することではなく、国際舞台における統一された力強いコミュニケーションを確立するのが協会設立の目的になるでしょう」