ジャック・ダニエルにウイスキーづくりを教えた黒人ディスティラー【後半/全2回】

November 24, 2017


ジャックダニエル初代マスターディスティラー、ニアレスト・グリーンの生涯を追ってベストセラー作品を書き上げたファウン・ウィーバー。綿密な調査から、アメリカンウイスキー史の重要な1ページが明かされた。

文:ジム・レゲット

 

ニアレスト・グリーンの足跡を追う調査活動は、簡単なものではなかったとファウン・ウィーバーは回想する。

「想像できると思うけど、もともと奴隷だった人物のことを調査するのは、気が挫けそうになる作業だった。長い年月の間に、ほとんどの記録が失われているから。奴隷に関する記録なんかほぼ残っていないので、本当に悔しい思いもしたわ。でも最終的に、必要なすべての資料を見つけたの。ニアレスト・グリーンの名が、永遠に歴史に刻まれる決定的な証拠をね」

ファウンは夫と2人で6つの州から記録や資料をかき集めた。国中の親族を100人くらい訪ね歩くうちに、少しずつ断片がつながってくる。そしてゆっくりとニアレスト・グリーンや子孫たちの人生の物語が見え始めたのだという。

「私たちが突き止めた確かな事実。それはネイサン・”ニアレスト”・グリーンが、アメリカ合衆国史上初めての黒人マスターディスティラーだったということ。そしてジャックダニエル蒸溜所の初代マスターディスティラーとして、少なくとも1881年半ばまで仕事をしていたということ」

そして驚くべきことに、ニアレスト・グリーンはジャック・ダニエルの奴隷ではなかった。

「ジャック・ダニエルが奴隷を所有しなかったこともわかった。誰に聞いても、ジャックはニアレストとその家族たちに敬意を払っていた。南北戦争が終わった直後、ニアレストはリンチバーグ界隈でもっとも裕福な黒人だったの。個人で所有している富は多くの白人たちを凌駕して、彼の子孫たちも財産を受け継いで付近一帯の地主になっていたわ」

ファウンと一緒に車でリンチバーグ墓地を訪ねる。ここには有名なジャック・ダニエルの墓があり、たくさんのコインとともに古い「No.7」のミニチュアボトルがひとつ置かれていた。墓石の上には、乾杯の残骸のように空のウイスキーグラスが残されている。

ジャックの墓石の横には鉄製の椅子が2脚あり、我々はそこに腰掛けてしばらく語り合った。遠い昔に亡くなった人々の話。リンチバーグで黒人と白人が築いた良好な関係。その後で、私たちは近くにある黒人墓地も訪ねた。ニアレスト・グリーンの肉体は、墓碑銘もない岩のような墓石の下で土に帰っていた。

古いダンコール農場を散策しながら、急な坂道を登る。1800年代半ばから末にかけて、ダン・コールの蒸溜所があった場所だ。ファウンは語る。

「ここで若いジャックは、スチルを操るニアレスト・グリーンに初めて会ったのよ」

ダン・コールとジャック・ダニエルは、1875年に事業提携を結んで「ダニエル&コール蒸溜所」と名付けた。登録番号は16番。最終的にダニエルはコールの事業を買い取って、ジャックダニエル蒸溜所に改名したのだという。

「まさにこの地でジャック・ダニエルとダン・コールが結んだ3件の賃貸証明書を発見したの。つまりここがジャックダニエル蒸溜所の原点であるという決定的な証拠よ」

 

ニアレスト・グリーンに捧げるオマージュ

 

投資家でもあるファウン・ウィーバーは、自分で調べ上げた偉人伝を広めるため、新しいウイスキーブランドまで設立した。それが「アンクルニアレスト1856プレミアムウイスキー」である。広報を担当するキース・マイルズが教えてくれた。

「まだ新しいブランドだし、僕らのウイスキーが熟成するまでは時間もかかる。だから今はテネシー州内にある2軒の蒸溜所と協働しているんだ」

ジャックダニエルと同様に地元産の原料を使用し、『リンカーン郡行程』とも呼ばれるメロウイングをおこなう。ウイスキーをゆっくりと確実にサトウカエデの炭の中に通すユニークな濾過方法だ。このプロセスを完成させたのは、他ならぬニアレスト・グリーンであるといわれている。ニアレストはこの工程に、自分が住んだ郡の名前を付けたのだ。

テネシーウイスキー伝統のメロウイングを施した「アンクルニアレスト1856」。ジャックダニエルの知られざる歴史から誕生した新しいブランドだ。

「アンクルニアレスト1856は、市場に出回っているどんな商品とも味わいが異なるんだ。このウイスキーを生産している蒸溜所の定番品と比べてみても、はっきりと違いがわかるよ。違いを生み出す原因のひとつが最後の濾過行程。ウイスキーづくりを統括するのはテネシーウイスキーの世界で31年の実績があるベテランだ。僕らにはどうしても彼の力が必要だったんだ」

この最後の濾過工程によって、 ほとんどの100プルーフ(度数50%)のウイスキーよりも滑らかな味わいが備わるのだとキース・マイルズは誇らしげに語った。

旅から帰って、「アンクルニアレスト1856」を味わってみる。最高のフレーバー、ユニークなアロマ、スムースなフィニッシュ。有名ブランドのアメリカンウイスキーと比較してもまったく遜色がない。「うん、もう1杯!」と同僚は叫んだ。

アメリカンウイスキーに関する著書で有名なフレッド・ミニックもこう書いている。

「ウイスキーの調査中、奴隷となった人々の記録や指名手配のポスターに出くわすこともある。そのときは、彼らには叶わなかった人生について静かに思いを馳せることにしている。彼らが生まれ変われるのなら、そこで平穏を見出せるように祈りたい。彼らがつくったウイスキーレシピが後世で正当に評価されたら、生前に彼らを縛り付けていた足かせは外れ、本当の物語が伝えられるようになるのかもしれない」

新しいウイスキー「アンクルニアレスト1856」は、ニアレスト伯父さんことニアレスト・グリーンの名を改めてアメリカンウイスキーの歴史に深く刻んでくれるに違いない。

 

 

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