ウイスキーにおける「ラグジュアリー」の分析【前半/全2回】

文:クリス・ミドルトン
ラグジュアリーとは、必需品の先にあって、なお人生に必要なもの。ココ・シャネルの有名な言葉だ。
高級品市場とウイスキーの人気は、付かず離れずの関係で成長してきたといえる。そもそもウイスキー業界は、あからさまな贅沢品や虚栄のイメージからおおむね距離を置いてきた。それでも最近のウイスキー業界では、プレミアム化の流れは急速に進んでいる。
プレミアム化が、新たなウイスキーファン層の関心を惹きつけているのは間違いない。一部のブランドが発信する希少な限定品や目を疑うような価格は、ウイスキーがラグジュアリーな領域に踏み込んだことを示唆している。
ラグジュアリーの概念は、社会的、文化的、心理的な領域を横断する。そうやってさまざまな商品に、希少で、瀟洒で、高級な商品に特別な意味を付与することになる。そもそもチューダー朝時代の英国で、ラグジュアリーとは放蕩や欲望や好色を意味する言葉だった。これは語源であるラテン語の「luxus」(過剰な拡張)からも大きく意味が変化している。
現代においても、ラグジュアリーの受け取り方は幅広い。分野によっても、国や社会階層によっても、さまざまに解釈が異なってくる。
現代は、人類が歴史上もっとも繁栄を極めた時代である。ホテル、自動車、香水、ファッションなど、高級なブランドや製品の価格帯は急上昇を続け、ある種のニッチ市場を形成している。社会的地位を象徴する高級品もあれば、卓越した職人技を誇るために存在する高級品もある。美しさ、正統、希少性を体現した高級品にも注目は集まる。
経済的に余裕がある人々にとって、ラグジュアリーは強力な欲望の対象だ。そこには豊かなライフスタイル、快適さ、社会的地位の誇示といった価値への憧れがある。
かつては少数の特権層だけに楽しまれていたラグジュアリー市場は、今や世界的な巨大産業へと成長したともいえる。もし世界のラグジュアリー市場がひとつの国であると仮定するなら、その国の国内総生産(GDP)は世界15位の経済規模にも匹敵する。最大級のラグジュアリー企業であるLVMHの市場価値は、ほぼ5,000億ドル(約740億円)にも上るのだ。
ウイスキーのプレミアム化の起源は、19世紀初頭にまでさかのぼって論じられる。製造技術が向上し、政府が原材料、設備、生産工程に一定の基準を設けて規制を始めたことからカテゴリー全体の品質が底上げされ、ウイスキーの製造基準が向上したことがそもそもの背景にある。
スコットランドを旅したトーマス・ペナントは、それよりも早い1774 年にそのプレミアム化のヒントを書き記している。メーカーがスパイスやハーブを配合したウイスキーの製造をやめ、オーク樽でモルト原酒を熟成させるようになったことで一気に人気が高まった時期があったのだ。
規制の導入によって品質への信頼が担保されれば、スコッチウイスキーはラムに代わってスコットランドで最も人気のあるスピリッツとなるだろう。やがてモダンなスピリッツとして幅広い層に受け入れられることになる。ペナントはそんな予測を18世紀の段階で予測していたのだ。
海を隔てた北米でも、ウイスキーが飛躍的に普及していた。早くも1800 年までに、あらゆる酒類カテゴリーを押しのけて売上トップの座を獲得していたのだ。英国とオーストラリアでは、1870 年代になってウイスキーがラムやジンやブランデーを凌ぐスピリッツの王座に就いた。
官能評価によるウイスキーの品質も、大きく進化してきた。穀物品種、酵母株、蒸溜プロセスが改善され、何よりも樽熟成を普遍的に採用したことで劇的な香味の向上がもたらされた。
世界各地のウイスキースタイルが形成される途上では、蒸溜所の製造技術も向上していった。ブレンダーとディスティラーがウイスキーの風味を追求し、香味にうるさい消費者たちを惹きつけるためにブランドのポートフォリオを拡大した。さまざまな革新が進行し、プレミアム化の萌芽を育んだのである。
品質や価格帯によるウイスキーの分類
世の中の高級品は、生産方式によって3階層のレベルに峻別できる。最上位にあるのは、匠の技によって手造りされる「一点もの」の製品だ。その次に、職人たちが熟練の手作業によって小規模生産する工房の生産物が続く。その下位にあるのが、最高品質の製品を大量に生産する工場だ。高級品のランクにおいてウイスキー蒸溜所はこの3つ目の層に属する。
普及品はこの高級品の下位にあり、製造コストを抑えることで品質と価格が下がっている。このような高級品製造の枠組みは、あくまで供給側の論理だ。需要側から見た高級品は、何らかの意味で消費者の欲望を掻き立てる存在となり、所有や消費を望む気持ちが強くなる。その品質が商品やブランドのシンボルと結びついて、強い感情を心理面から呼び起こすのである。
供給される商品と消費者の需要との関係は、さまざまな研究機関がブランド購買行動の分析によってモデル化している。商業的区分と市場階層を定義すると、プレミアムワインおよびプレミアムスピリッツは高級消費者市場の一部として理解される。プレミアムドリンクの市場規模は世界で350億〜500億ドル(約5兆2千億〜7兆4千億円)と評価され、プレミアム以上のウイスキーセグメントは約35億ドル(約5200億円)と推計されている。
酒類市場の研究をリードするIWSR社(英国)は、ウイスキーを8つの階層に分類している。その内訳は、上から順番に「1. プレステージプラス」「2. プレステージ」「3. ウルトラプレミアム」「4. スーパープレミアム」「5. プレミアム」「6. スタンダード」「7. バリュー」「8. ロープライス」だ。この分類はカテゴリーで最も売れているブランドを「スタンダード」と定義するところから始まり、上位のセグメントは直下のセグメントよりも25~50%ほど高額な価格帯となる。
いわゆるプレミアムウイスキーの価格は、2019年の時点でIWSRが23ドル(約3,400円)と設定している。同じマーケティング調査会社のNielsenIQは16ドル(約2,400円)と設定した。米国の全国酒類貿易協会であるDISCUSの四半期ラグジュアリーブランドインデックスでは、プレミアムウイスキーをボトル1本50ドル(約7400円)からと定義している。英国などの市場では、調査会社がプレミアムのエントリー価格を35ポンド(約6,800円)前後と想定している。
このような市場調査会社が、最も重要かつ長期的な傾向はプレミアム化であると指摘している。需要の急増と緩やかなインフレ価格に牽引されて、プレミアムセグメントはすべてのウイスキー市場で最も急成長しており、全商品中で最大のセグメントとなっている。
プレミアム以上のセグメントは、ウイスキーの総売上高の 50% 以上を占めるようにもなった。これまで歴史的に支配的だったスタンダードセグメントのシェアは、高級なセグメントによって急速に侵食されている。
やや大げさな呼び名の上位3セグメント(プレステージプラス、プレステージ、ウルトラプレミアム)は80ドル(約12,000円)以上の商品群で、これが販売総額の約5%を占めている。コレクターや投資家たちは、ますます「ユニコーン」と呼ばれる希少品を求めて購入競争に参入している状況だ。その一例が、2019年にボトル1本190万ドル(約2億8,200万円)で販売が成立した世界一高価なウイスキー「ザ・マッカラン ファイン&レア」だ。
(つづく)