大陸から遠く離れ、氷河に覆われた火山島。アイスランド唯一のウイスキー蒸溜所を訪ねる2回シリーズ。

文:ヤーコポ・マッツェオ

 
レイキャビク中心部から、車でわずか10分ほど。フラウンショルト地区はこぢんまりとした閑静な地区だ。アイスランド唯一のウイスキー蒸溜所は、漁具メーカーの裏手にひっそりと佇んでいる。エイムヴェルク蒸溜所は、アイスランドだけでなく世界で最も前衛的な蒸溜所のひとつである。

エイムヴェルク蒸溜所のスピリッツ製造は、まず2010年代初頭にジン製品「ヴォール・ジン」の発売で幕を開けた。それから10年が経ち、今ではヤングモルトとシングルモルトからなるウイスキーのポートフォリオも確立している。どの商品も、アイスランド産であることを誇らしげに表現したラベルが目印だ。

ジン製造を足掛かりに、独自のシングルモルトウイスキーづくりを確立したエイムヴェルク蒸溜所。穀物、燃料、水などの原料は世界的にみても極めてユニークだ。

エイムヴェルクでは、全商品に地元産の大麦品種(特にクリア種)を使用している。この品種をウイスキーの原料にしている地域は珍しく、アイスランドの気候を考えるとさらに驚きだ。アイスランドの夏の平均気温はわずか12℃。スコットランドやイングランドよりも降水量が多く、日照時間もかなり短い。エイムヴェルクの蒸溜所長を務めるエヴァ・マリア・シグルビョルンスドッティルが説明する。

「地球温暖化で気温が上昇するにつれて、アイスランドでもフィンランド北部やスウェーデン北部の大麦品種を栽培できるようになりました。この地で大麦栽培が試みられたのは1850年代に遡りますが、当時はうまくいきませんでした。栽培の努力が再開されたのは1980年代になってから。科学者のみなさんが、アイスランドの気候に適した約35種類の品種を開発しました。現在では、春まき大麦が4種類ほど食用に栽培されています」

エイムヴェルク蒸溜所は、原料の大麦を自前で栽培している。農場があるのは、蒸溜所から東に約90キロ離れたヘラ近郊だ。気候が温暖化したとはいえ、アイスランドでの大麦栽培にはまだ難題がつきまとうのだとシグルビョルンスドッティルは言う。

「私たちの農場がある場所は、すべて湿地帯の中なので、雨がたくさん降ると収穫できません。今年の春は特にひどく、自分たちの農場からは何も収穫できませんでした」

天候に恵まれない場合、蒸溜所チームは他の栽培農家から大麦を調達することになる。あるいは蒸溜所が政府から借りている別の農場から手に入れることもあるのだとシグルビョルンスドッティルは語る。

「これらの畑は砂質なので、雨天時にも浸水しにくい土壌なんです。幸いなことに、今年は45ヘクタール分の大麦を確保できました」
 

サステナブルな国の伝統燃料

 
このような困難にもかかわらず、蒸溜所は海外に原料の供給を求めることはないのだという。

「アイスランド以外の国から、もっと安価な大麦を手に入れることもできます。でもエイムヴェルクの目的は、あくまでアイスランディックウイスキーの持続可能な未来を築くこと。私たちはウイスキー用の大麦にプレミアムを支払うことで、農家が利益を得られる機会を提供しています。自前の大麦も栽培しながら、エイムヴェルクのために大麦を栽培してくれる農家を増やすことで、より多くの大麦を確保できるように積極的に取り組んでいるところです」

アイスランド唯一のスピリッツ蒸溜所として2010年に創業を開始。エイムヴェルクはあらゆる意味でユニークなアイスランドの風土をそのまま製品に反映させている。

エイムヴェルクとアイスランド国内の農業界は、大麦以外でも緊密な関係を築いている。蒸溜所チームが麦芽を燻すのに使っているのは、アイスランドの伝統燃料である羊の糞だ。この糞はアイスランド北部の農場から供給されているのだとシグルビョルンスドッティルは説明する。

「地熱発電の技術を利用できるようになるまでは、アイスランドでも石炭、ガス、石油などの化石燃料を輸入しなければなりませんでした。古くは鯨の肝臓から油を作っていましたが、それだけでは不足だったので羊の糞を燃料に使ってきたのです」

羊の糞から燃料を作るためには、寒い時期(つまり1年の大半)に羊を室内で飼うことになる。室内に溜まった糞を集めて2〜3年乾燥させ、可燃物に変えるのだ。羊の糞の煙は、今日でも食品を保存する方法として広く使われている。燻製される食品としては特に鱒の燻製が有名だ。羊の糞で燻すことで、独特の灰味が醸し出されるのである。

この極めてユニークな燻製技術について、エイムヴェルク蒸溜所のオーナーであるハラルドゥル・トルケルソンが説明する。

「羊の糞の燻製は何百年も続くアイスランドの伝統なので、それ自体は私たちにとって目新しいものではありません。でもウイスキーづくりのために大麦をどの程度まで燻したらいいのか、その塩梅についてはまだ検討を重ねている段階です。燻香が強すぎず弱すぎず、ちょうどいい程度のスモーク度合いを突き止めているところです」

エイムヴェルク蒸溜所のチームは、その気になれば簡単に海外からピーテッド大麦を輸入できる。またはアイスランド国内でピートを採掘することも可能だ。だがそれよりも、アイスランドならではの方法でサステナブルなウイスキーづくりを追求することが重要なのだとシグルビョルンスドッティルは言う。

「アイスランドでスコッチウイスキーをつくりたい訳ではありません。だから輸入されたピーテッド大麦モルトには興味がないんです。地元産のピート(泥炭)も確かにあるのですが、それを収穫するのは環境にまったくやさしくない。アイスランドはとにかく寒すぎるし、堆積した植物の層も薄いので、採掘してしまったら他の地域ほど再生が簡単ではないのです」
(つづく)