開業直前レポート(2):三宅製作所で、津貫蒸溜所のスチルが完成間近【後半/全2回】
バーナーで熱して、ハンマーで叩く。滑らかな曲面が生まれ、パーツが完成していく。日本のウイスキーづくりを支えてきた三宅製作所高崎工場で、津貫蒸溜所に納品する主要な設備の製造に立ち会った。
文:ステファン・ヴァン・エイケン
群馬県高崎市の三宅製作所には、さまざまな製造用機械も備え付けられている。しかしかなりの部分で、人力を交えた1回勝負の成形や、手でハンマーを振るう伝統的な工程も必要となる。人間の手による作業、つまりはクラフトマンシップが、スチルなどを製造するプロセスで決定的な役割を担っているのである。
津貫蒸溜所が依頼したポットスチルの製造工程を垣間見るだけで、その複雑さと難しさが伝わってくる。ポットの底は、銅板を集めて円錐台を逆さまにしたような形状。その上辺の縁は、つば出し機で内側に曲げられる。またポットの中腹部のふくらみは、平らな長方形の銅板に球状の丸みをつけるため、津貫蒸溜所専用に造られたモールド(型)の曲面に板を合わせて、2人の男性が巨大なパワーハンマーで成形していく(メイン写真参照)。曲面をつけた銅板を組み合わせて、ちょうど上下をちょん切った球体のような形状ができあがるのである。
ポットのショルダー部分をスワンネックに連結する葱花状のパーツは、ゲージで精確に計測しながら手でハンマーを打ち付け、成形された銅板を組み立てる。さらにカブトと呼ばれる最上部は、パイプが鋭角的な屈曲した複雑な形状だ。これも専用のモールドがあらかじめ鋳造され、銅板をモールドに巻きつけるようなかたちでハンマーを打つ。そうやって成形されたいくつかの銅板を溶接して、ようやくパーツが完成するのである。ポットスチルの他の部分も、だいたい似たような方法で成形されていく。
ひとつのポットスチルを製造するために使用されるモールドは、すべてがカスタムメイドであるため基本的に使い回しできない。三宅製作所の工場の奥には、草に覆われた「モールドの墓場」がある。ちょっとサルバドール・ダリの絵画を思わせる不思議な光景だ。錆びついたモールドに書かれた文字から、ここを巣立ったスチルの行き先が知れる。余市、宮城峡、白州、駒ケ岳……。あの素晴らしいスチルたちも、このモールドからハンマーで造り上げられたのだ。
巨大なスチルは深夜の道を鹿児島へ
津貫蒸溜所のポットスチルには、ステンレス鋼のパーコレーターが取り付けられることになる。間接加熱(蒸気式)用のスチームコイルは銅製で造られることも多いが、ステンレス鋼のパーコレーターのほうがエネルギー効率に優っており、メンテナンスも容易なのだという。このような選択もまた、依頼主の決断で詳細に決定される。
三宅製作所が製造するウイスキー蒸溜設備は、銅製のものばかりではない。マッシュタン、麦芽汁用バッファタンク、酵母タンク、発酵槽(5槽)、お湯用のタンクなど、他の主要な設備はすべてステンレス製だ。
現在、三宅製作所は多忙な毎日を送っている。しかし過去には安泰と呼べない日々もあり、会社の将来がまったく見えない時期もあったという。だが今はウイスキーブームのおかげで、従業員たちにもたくさんの仕事が舞い込んでくる。工場の現場では34人が働いており、16人が運営、設計、セールス、経営部門を受け持つ。海外からの引き合いもあるが、現在のところ日本国内の顧客だけで手一杯の状態だ。同様の理由で、三宅製作所はハイブリッドスチルや連続式スチルも製造していない。ただし過去には、コラムスチルを製造したり、他社製コラムスチルのメンテナンスを依頼されて請け負っていたことがあるという。
津貫蒸溜所のポットスチルは、8月中に完成する予定だ。その後は、鹿児島までの遠い道のりが待っている。設備の大きさを考えると、これもまた容易な仕事ではない。巨大な荷物が交通の妨げにならないよう、移動は深夜におこなわれる必要がある。すべてが計画通りに進んだとして、津貫蒸溜所のスチルに火が入るのは今年の11月。そこから約30年にわたって、新しいウイスキーを生み出し続けるのである。
真新しい蒸溜所の本格的な稼働を目指し、三宅製作所の人々はハンマーを打ち鳴らしながら仕事を続ける。津貫蒸溜所のために、これからペアとなるもう1基のスチルも造らなければならない。あの「モールドの墓場」にも、ほどなく新しい仲間が加わることになるのだろう。我々のようなウイスキーファンにとって、それはいいことづくめの吉兆なのである。