名門モリソン家の復活【前半/全2回】
文:マルコム・トリッグス
私たちは今、スコッチ黄金時代のひとつを生きている。後世の人々が未来から現代を振り返ったとき、間違いなくそんな評価を下すはずだ。だがそんな喧騒の片隅で、ひっそりと生まれた事業体もある。スコッチウィスキー業界への伝統と信頼を背景にして設立された、モリソン・スコッチ・ウイスキー・ディスティラーズ(MSWD)だ。
モリソン家といえば、これまで5世代にわたってスコッチウイスキーの世界に関わってきた名門である。ウイスキーづくりのあらゆる側面を知り尽くした人々と考えてもいいだろう。そんなモリソン家の新しい話題が、2017年にパース近郊で創設したアバラーギー蒸溜所だ。
オーヘントッシャン、ボウモア、グレンギリーなどの蒸溜所を所有するモリソン・ボウモア・ディスティラーズが、日本のサントリーに売却されたのは1994年のこと。アバラーギー蒸溜所の設立は、久しぶりにモリソン家がウイスキーづくりの世界に戻ってきた記念すべき出来事でもあった。
モリソン家は、アバラーギー蒸溜所以外にもウイスキー事業への本格的な再参画を志向している。MSWDの設立(2020年)に合わせ、将来を見通してビジネスを前進させるために有力な人材をたくさん雇い入れてきたのだ。
インターナショナル・セールス・マネージャーのニール・ヘンドリクスもその一人である。モエ・ヘネシーに務めていた2018年、当時のモリソン&マッカイに移籍した理由を次のように回想している。
「当時のモリソン&マッカイで、すぐにやりたいことがあった訳ではありません。でもロンドンのヴィクトリア駅の外でジェイミー・モリソンと落ち合い、ビールを飲みながら話をするうち、ぜひとも彼らと一緒に働きたいと思うようになりました。モリソン家の一員であるジェイミーの知識は驚くべきもので、ウイスキーづくりの伝統や業界を熟知し、ビジネスを拡大していくビジョンを持っていました。私はその大きな可能性に惹かれたのです」
そのビジョンは、ニールの入社から3年後に現実のものとなった。モリソン家はウイスキーづくり、在庫の原酒管理、ブランド事業をMSWDに統合したのだ。ニール・ヘンドリクスは言う。
「すべてをひとつ屋根の下に収め、完全に統合されたウイスキービジネスを実現したい。そのためには、すべての事業を100%所有する必要がありました。そうすれば意思決定が容易になり、新しいビジョンを推進することができるからです」
原点回帰のような新しいウイスキー事業
このビジネスを代表する実在的な主体は、もちろんアバラーギー蒸溜所が担うことになる。つまり本拠地はモリソン家がパースシャーで所有する300エーカーの農場だ。アバラーギーのシングルモルトは、2017年から樽詰めが始まった。だが最初のリリースがいつになるかは、まだ決まっていないのだとニールは言う。
「個人的に、まだあと数年はないだろうと思っています。急ぐ必要などありません。私たちは、そう言えるとても幸運な立場にいるのです」
ウイスキーの熟成中に、どんなジンをつくっているのか? そんな質問にも慣れている。MSWDはジンをつくる必要がない。純粋なほどスコッチウィスキーのビジネスに注力できる状況なのだ。このようなウイスキーづくりへの集中は、モリソン家にとって意外なくらい大きな変化だったのだとニールは語る。
「以前のモリソン家は、リキュールをたくさんつくっていました。でも現在は、ウイスキーリキュールのブルアダーだけ。モリソン家は歴史的にスコッチウイスキーで知られた一族なので、品目を整理したのです」
現在まだ熟成中のウイスキーは、典型的なローランドのスタイルよりもリッチでフルーティな酒質になる。蒸溜所内の農地で栽培された大麦品種が、ゴールデンプロミス種であることもリッチな酒質の一因だ。熟成には、さまざまな種類の樽が使用されている最中だとニールは説明する。
「今はできるだけ多くの異なる変数を用意して、徐々にアバラーギーらしさを形作っていこうという方針です。蒸溜を始めたのは4年前ですが、現在地点をしっかりと把握しながら、3年後、4年後、5年後に消費者がどんなウイスキーを求めているのかを見据えなければなりません。流行というものは、あっという間に変わってしまうものですから」
アバラーギー蒸溜所の生産力は、年間で最大75万リットル(純アルコール換算)に達する。だがそのすべてをアバラーギーのシングルモルトに使用する訳でもない。むしろ蒸溜所は、ビジネスの重要な資産である原酒の供給者として重要な役割を担おうと考えている。
食料品店として開業して以来、モリソン家のビジネスは取引と在庫管理を根幹としてきた。そのため現在でも、スコッチウイスキー業界全体に大きな影響力を持っているのだとニールは説明する。
「蒸溜所とシングルモルトのブランドを持つことは、私たちにとって本当に重要なこと。でもそれ以外のブランドで使用する原酒も必要になります。そんな原酒は他の大規模な蒸溜所から買えばいいという考え方もあるでしょう。でも手元に自前の原酒があれば、それはまったく別のゲームになり、ビジネスもかなり有利に運べます。これはジェイミーが私に語ってくれたことでもあります」
(つづく)
カテゴリ: 風味