ウイスキー新勢力【4. 西オーストラリア 前半/全2回】
新しいウイスキー隆盛の地をレポートするシリーズ、第4回はオーストラリア西部の西オーストラリア州の蒸溜所を訪れる。南半球の大陸の、さらに南部でつくられるウイスキー…その姿に迫る。
「パティオに座り、湿った空気を吸い込み、サトウキビ畑の向こうに走る稲妻を見る・・・これがオーストラリアだ」
埃を被ったカーラジオのスピーカーから、定番オーストラリアン・ソング「This is Australia」(WMJ註:GANGgajangという1984年に結成されたオーストラリアのポップロックバンドが85年にリリースした「Sounds of Then」、別名「This is Australia」)が途切れ途切れに聞こえてきた。
地表からなんとか芽を出した植物も焦げ尽きてしまったような、焼けつく大地。暑さに包まれて1日中車を走らせている。村々の名前が目に入るたびに、母音を2音節に引きのばす地元のゆったりしたアクセントで発音してみる − マンジマップ、カタニング、ナロジン。
時折、乳牛が放牧場で炎熱を避けてユーカリの木の下に群れたり、すっかり錆び付いた空の水桶の周りに集まったりしているのが目に入る。道路は地平線の辺りで陽炎のように揺らめき、両側には低木林しか見えない。焼けるような陽射しの中で目を細めながら、もうひとつサングラスをかければましになるだろうかと考える。全てが乾いて静止し、空気には熱が重くたちこめている。
1時間ほど走ると、フロントガラスの前に純白の砂浜が開けた。全く人けがなく、私は陽射しのせいでついに正気を失ったのだろうかと思う。海の息吹が車の中に快い風を送り込み、空気は少し涼しくなって湿気を帯びた。あり得ないほど鮮やかな変化。
オイスターベイのきらめく水面の彼方を見つめると、風車の輪郭がかろうじて見分けられる。あの下が、目的地だ − 西オーストラリア州唯一のウイスキー蒸溜所、「グレート・サザン・ディスティリング・カンパニー」。空は真っ青なのだが、この場所の何かがスコットランドの沿岸にある蒸溜所を思い出させる。オーナーのキャメロン・サイムがライムバーナーズ・ウイスキーをつくる場所として、州都パースから南東に約400kmのアルバニーの町を選んだ理由が分かり始めた。
蒸溜所では、ボードショーツ姿でフォークリフトに乗っていた男性が、手を振って陽気に迎えてくれた。ベン・カジ、ここのチーフ・ディスティラーだ。彼の案内で向かった蒸溜所は大きな波形板の小屋で、マッシングの匂いが鼻をくすぐってきた。
グレート・サザン社は、今年で創立10年目を迎える蒸溜所だ。みな、自分たちの職場を誇りに思って働いていることがよく分かる。蒸溜所のタンク類の多くは、酪農産業からの再利用品で造られ、ベンがそういったものをよく知っているという感じがする。パイプやホースが機械類の回りで渦巻き、ベンは時々会話を中断してはバルブをひねり、レバーの位置を慎重に動かす。
「ここにはコンピューターがありませんからね!」と笑う。彼の説明によると、シングルモルト原酒の生産には麦芽 300kgと水1200Lを使用する。発酵は長く、特注スチルに移す前に5〜7日かかる。
作業のかたわら、ベンはいろいろと話してくれた。彼が自分の仕事に情熱と喜びを持っていることは直ぐに見てとれる。
「ここでは驚くような品質の地元産の穀物が手に入ります。まさしく‘ウィートベルト地域’(WMJ註:直訳すると小麦地帯だが、実際に西オーストラリア州の行政区分名のひとつ)ですよ」とベンは、穀物が実る地元一帯の土地を指して言う。
「私たちはピートも焚いているんですよ!」 その言葉に私が好奇心をそそられたのは彼にも分かっただろう − 周囲には多くのスペースがあるが、フロアモルティングを行う設備らしきものは何もなかったから。
ベンに連れられて裏庭に出ると、この地域特有の植物の間に、面白い外観のスチルがたくさん置いてあった。彼は「時にはこういったスチルにも手を出します」と謎めかしく言いながらさらに進む。
そして裏庭の中央にある、オフィス用ファイリングキャビネットほどの大きさの四角い箱に案内した。屈み込んで中を覗くと、紛れもないピートの匂いがしたが、その芳香はスコットランドのものとは全く違っていた。それは乾いて湿気のないピートで、粘度と土、草の匂いがしながらもミーティだった。
ベンは、既にモルティングされた麦を水に浸した後、近くのデンマークという町でとれるピートを使って乾かしながらピートを焚きこむ方法を説明してくれた。味見させてもらった麦芽は甘く、スモーキーで、はっきりと西オーストラリア州のものだった。
【後半に続く】